第5話-A23 Lost-311- コミカルな店
投稿が遅くなって申し訳ないです。。。
目が覚めたのは、それから大体六時間ほど後のことだった。
起き上がって周囲に目を向けると、部屋全体が窓から差し込む夕日で朱に染まっている。
「ふう、寝心地の悪さは相変わらずだな……」
床と接点になっていた肩と腰が痛む。
ベッドはまだ買えないにしても、どっかから干し草を貰ってきて、
敷いてみたら少しは楽になれるかもしれんな、と思ったものの、
「街じゃ入手できんだろうな……干し草の需要なさそうだし」
と呟いて、結局諦める。
さて、起きたはいいが、やることがない。
今日の店の売り上げの集計をしなきゃならんのは分かっているが、
今はそういう気分じゃない。
……そういえば、今日の夕飯はどうしようか?
ファンタジーな世界にはふさわしくない、実に家庭的に問題だが、
腹が減っては戦はなんちゃら、かなり重要なことだったりする。
俺は今起きたところだが、
疲れが完全に抜け切っているわけではなく、正直なところまだ眠い。
しかしここで寝てしまうと、次起きるのはいつになるか分からない。
それに、俺は眠くもあるが空腹でもある。
この二つの原始的な欲求のどちらを優先すべきか。
このまま寝てしまっては、恐らく空腹感が邪魔をして熟睡は難しいだろう。
眠るなら快適に眠りたいものだ。
ここで飯を作ったことはないが、
台所に行けばもしかしたら似たような材料で何か料理を作れるかもしれん。
独り暮らしで培った料理の腕が鈍ってなけりゃいいが。
台所へ向かって何か使えそうな食材がないか、ありそうなところを適当に探ってみる。
しかし、出てきたのは使いかけのヨレヨレにしなびた2,3種の野菜と保存食のサンの実ぐらいで、
他にめぼしいものは見つからなかった。
しなびた野菜だけで料理できないことはないが――食中毒になりそうで怖い。
見た限り、これらは少なくとも三日以上常温で保存された無農薬野菜。
虫や雑菌が湧いていてもおかしくはない。
野菜はここに置いたままにしてても何の利益にもならずただ腐れるだけ。
勿体ないが、こいつはゴミ箱行きだろう。
そう思ってゴミ箱を探すが、
台所の木製のゴミ箱はすでに満タン山盛りになってしまっている。
「ゴミ捨てか……面倒くせえな」
そうそう、これはちょっとした豆知識なのだが、
元いた世界の中世ヨーロッパでは、そもそもゴミ箱がなかったらしい。
ではゴミはどう処理していたかというと、窓からポイ捨てしていたとか。
ポイ捨てをゴミ処理の方法というのかは少し怪しくはあるが、
とにかくちょっとしたゴミからトイレのブツまで何から何までポイ捨てしていたらしい。
中世ヨーロッパの時代にタイムスリップしたなら、
街中臭くて生活なんてやってられないだろう。
ともかく、ゴミ箱のゴミはいつか処理しなきゃならんのなら、
早いとこやっておいた方がいい。
ここにはゴミ袋という概念はない。
重いゴミ箱を抱え上げ、一階へ降り、裏口のドアを開け、表通りまで出る。
店の横に据わっている高さ1メートル、縦横1.5メートル蓋付きの箱を開け、
そこにゴミ箱のゴミと生ごみの野菜を流し込む。
この大きな箱は各家庭に一つはあるもので、
この箱にゴミを捨てると、行政指定の回収業者が回収してくれる。
この箱の横に小さな箱が据え付けてあり、
業者は回収を終えると、回収したごみの量を査定し、
ゴミが少なければ少ないほど高い額のお金がその小箱に入れられる仕組みになっている。
ゴミを減らす仕組みとして行政が始めたらしく、結構高い効果があるらしい。
小箱の中身を確認すると、50レルが入っていたので、回収しておく。
空になったゴミ箱を持って二階の台所まで上り、元の場所に置く。
井戸水をくみ上げてその水で手を洗って一仕事完了。
さて、本題の食事なのだが、どうしたものか。
緊急用、旅の保存食であるサンの実を食べるわけにはいかない。
まずは食材の買い出しから始めるか。
「昨日、今日と出費がかさむな……」
俺は財布の残高を確認し、買い物できそうだということを確認する。
この世界で料理したことがないから、
どの食材がどんな味でどんな調理法が適しているのかが分からない。
料理本を買って、それを参考にしながら食材を買っていこう。
俺が一人暮らしを始めて、初料理に挑戦するときに参考にしたのは、
市販の料理本と、「QP3.5分クッキング」という中途ハンパな題名のテレビ番組だった。
3.5分クッキングは毎日欠かさず録画して、
料理の手順に合わせて再生したり一時停止したりして一つ一つ確認しながらやってた。
最近の3.5分クッキングは、
「これを冷蔵庫で一晩寝かせておきます」とか意味のわからんことを言い出して、
放送時間が3.5分なわけでもなければ料理が3.5分で出来るわけでもない、
形だけの番組になってしまったし、
挙句には解説者が「ここで赤ワインを少量加えます」と言い出す始末。
赤ワインを料理に使うとか全然庶民的じゃないし、
そもそも未成年者には赤ワイン売ってくれねえし。
大体の料理は使えるものなのだが、そこらへんが残念だ。
そう思いながら階段を降りる。
「そういえば、リンはまだ寝てるのか?」
ふと気になって、裏口から出かけようとした足をリンの部屋へと向けた。
リンの部屋のドアをコンコン、とノックしてみる。
……返事がない。もう一度ノックしてみる。
…………応答なし。
「リン? 起きてるか?」
「…………」
「リン、起きてるなら返事をしてくれ、もしもーし」
「…………」
「リン、入るぞ」
そっとドアを開けて中に入ると、リンはまだベッドの上で寝ていた。
リンが寝始めたのは昨夜の深夜からだから、
少なく見積もっても14時間以上は連続で寝ている。
14時間て、どんだけ寝るんだよ。
まあいい、こんだけ寝てりゃそのうち起きてくるだろうし、
自然と起きてくるまでこのままにしておくか。
俺は部屋のドアをそっと閉めて退室した。
裏口から外に出た俺は、まず第1ステップとして書物屋に向かうことにした。
書物屋とは、もちろんのあのおばさんの店のことだ。
高価な魔法書をタダで譲ってくれたんだから、小さくても恩返しにはなるだろう。
あの店は確か、こっちだったな。
しばらく歩き続けると、あの書物屋が見えてきた。
最初に会ったときは店に閑古鳥が鳴き、
通りで暇潰しに客引きをやっていたあのおばさんの姿はない。
今日はもしかして休みか?
店の前まで来ると、店はちゃんと営業していて、
おばさんは店の入り口の横の会計カウンターに座っていた。
中に入ると、数人の客が中で本を立ち読みしている。
「いらっしゃい」
おばさんは店に入ってきた俺を見つけると、声をかけてきてくれた。
どうやら顔を覚えていたらしい。
「この間はありがとうございました」
「どう? あの本役に立ったかしら?」
「えーっと、まあ単純な魔法の一、二個は覚えましたけど、まだまだですね。
暇なときにちょくちょく読んでます」
「そう、それは良かった。
あの後ね、あなたの言う通り、本をジャンル別に整頓したんだけど、効果バツグンね。
見ての通り、結構お客さんが入ってきてくれて、大助かりよ」
「良かったじゃないっすか」
本をジャンル別に分別するのは基本中の基本だろーが、
という二度目のツッコミは心の中ですることにして、
料理本を探していることをおばさんに伝える。
「ああ、その本ならあっちよ」
おばさんはカウンターから見て店の右端よりの棚を指差した。
その棚の横には「料理・菓子」と平仮名で彫ってあった。
「わざわざ彫ったんすか……」
「ええ、恥ずかしながら私の字は汚くてお客さんには見せられないから、
知り合いの彫刻師に頼んでやってもらったの。なかなか立派な字でしょ?」
「まあ……そうっすね」
たった50文字ちょっとの平仮名が下手って、それぐらい頑張って練習しろよ……
ひらがなカタカナ漢字合わせて数千文字を一つ一つ練習していくわけじゃねえんだから。
「それにしても、男の人が料理本を買いに来るなんて珍しいねえ。
なに? 将来料理人でも目指すの?」
「いや、一人で料理ができるぐらいにはなりたいと思って。
ほら、外食するより家で作ったほうが安上がりじゃないっすか」
「なるほど、分かってるわね」
そこに、一人の青年が3,4冊の本を抱えてカウンターまでやってきた。
おばさんはそれを受け取って会計を始めたので、俺は料理本をあさることにする。
「レスターの誰でもできる料理術」
「王宮料理の味を家庭で味わう」
「徹底解剖! 食材の秘密」
「子供に食べさせたい手作りお菓子」
「保存食を作るには」
「これでもう医者要らず!? 調味料の薬効と使い方」
参考になりそうな本が多数並んでいて、どれを買うかで迷いそうだ。
まあ、王宮料理についての本は食材が高そうなので除外対象ど真ん中だが。
お菓子作りなかなか面白そうではあるが、今回はそれが目的ではないのでこれも除外。
本棚を眺めながら、使えそうな本をパラパラと流し読みして吟味する作業をしていると、
なかなかインパクトの強い題名の書籍を発見。
その名は「出汁」。
そいつを手にとって読んでみると、ダシについて延々と語った本で、
本の内容を一言で言うと確かに「出汁」なのだが、これでは少しわかりにくい。
分かりやすくまとめると、「いろんな食材でダシをとってみた」。
ありとあらゆる食材でダシをとってみて、その成果を淡々と載せている。
中には生肉をダシにとってみるという斬新な実験も載っている。
というか、それってただ肉を水に浸して茹で上げただけだろ。
だが、生肉でとった出汁を真剣に分析して結果を載せていることから、筆者は真剣らしい。
確かに、料理のダシのとり方は料理の味を決定づける重要なポイントの一つではあるが、
生肉をダシにとって料理が美味しく出来上がるかと聞けば、誰もが首を傾げるだろう。
というか本に「生肉は出汁を取るにはどうやら向いていないようだ」と書いてあるし。
こんなしょうもない事する暇があっって
他にためになりそうな実験は思いつかなかったのかね?
著者は相当なヒマ人であると見た。
まあとりあえず、レスターだかオイスターだか知らんが、
この「誰でもできる料理術」とかいう本を買ってみようか。
ざっと読んでみた感じ、これが俺のニーズに合ってるような気がする。
で、この本はいくらなのかと気になって値札を探す。
この店の本の値付け方は特徴的だ。
本の一番最初のページに書籍名と値段の書かれた値札を栞のように挟んでいる。
出汁とか保存食の本にはちゃんと正しく挟んであったのだが、
この本にはどこにも見当たらない。
知らないうちに落としちまったか?
足元を見ても、それらしきものは見当たらず、
もしや床と本棚の隙間に入り込んじまったか、と覗き込んでみる。
だがやっぱり見つからない。
値札がないといくらか分かんねえから、買うに買えねえじゃん。
「お兄さん、どうしたの? 落し物?」
土下座スタイルで覗き込んでいる俺の背後から突然おばさんの声が聞こえ、
特にやましいことはないが、本能的にぎくっと振り返る。
……みっともねえ姿を晒しちまった。
背後から見た俺の姿はケツを突き出し完全にバカ丸出しの格好。
この近くには人がいないからと思って油断した隙に――くそっ!
「何か本棚の下に入り込んじゃったの?」
「い、いや、あのですね、この本の値札がないもんですから、どっか近くに落ちてないかと」
しかも慌ててまるで何かを隠すかのような説明の仕方までする始末。
恥ずかしさを抑えながら、俺は立ち上がって一応その本をおばさんに渡す。
おばさんはその本をパラパラとめくって値札を探すが、やっぱり出てこない。
「整理したときにどこかに紛れ込んじゃったのかしら……」
本の表紙を見て題名を確認すると、
ちょっと待っててねと俺に言い残して店の奥の部屋へと消えて行った。
かと思うとすぐに戻ってきて、
あっちじゃなかった、とさっきのカウンターまで戻っていく。
コミカルな動きのおばさんである。
「そうそう、ここに置いてたのよね」
おばさんは、何やら書類を持ちだして何かを探し始めた。
おそらくあれは店の仕入れ値か何かを記した紙で、
あの本の仕入れ値を探して定価がいくらか計算するつもりなのだろう。
「あっ、あった、あった! お兄さん、ちょっと来てちょうだい」
「見つかったんすか?」
なんか色々あったがようやく本が買えそうだ。
俺は懐の財布を手にかけた状態でおばさんに近寄る。
「えっと、仕入れ値が750レルだから、定価は900レルね」
「900っすね、分かりました」
ということで、いろいろありながらも本は購入することができた。
しかしまたなんで本を一冊買うのにわざわざ喜劇をやらなきゃならんのだ。
そりゃ、まあ人生常にシリアスモードじゃ面白くはないが。