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マジで俺を巻き込むな!!  作者: 電式|↵
Lost-311- PartA
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第5話-A22 Lost-311- 「疲労」との戦い

「おかえり。うふふ、何かと忙しいわね、あなた」


「人生で最も疲れたといっても過言じゃないっすね」


「あたしも、長年居酒屋やってて明け方まで延長して営業したのは初めてだわ。

 全部あんたのせいよ?」



居酒屋に戻ってくるなり、姉さんにそう言って笑われた。

店内を見渡すと、ほかの客は全員帰ってしまったらしく、店の中はがらんとしていた。

なんか、姉さんと厨房にいるじいさんには悪いな、なんか巻き込んじまって。

というかあまり面倒事に巻き込まないでくれと常日頃から思っている俺が……

最低だよ、まったく。



「もうクタクタ。

 みんな気が付いたら床に倒れてるやら、

 営業時間の大延長やら、勇者さんの登場やらで、また風邪をこじらせちゃいそう。

 事件も一段落したみたいだし、

 今日はこの辺で店じまいにしたいんだけど、そこの眠り姫様がね……」



さて眠り姫こと、リンはカウンターに突っ伏して、すやすやと寝息を立て続けていた。



「おいリン、起きろ、閉店の時間だとさ」


「…………」


「リン!! グッモーニーング!! 朝だ! 起きろ!」


「…………」



俺がいくらリンを揺すりながら起こそうと声をかけても起きてこない。

姉さんもリンを起こそうといろいろ声をかけてくれるのだが……反応なし。

これは困った。

……最終手段、「耳元でビックボイス」を使う他ない。



「リン!!

 グッモォォォォォニィィィィング!! コォォォォケコッコォォォォォオオ!!」


「ちょっと、あんた、頭大丈夫!?」


「ハァ、ハァ……大丈夫っすよ……俺は至って正常です」



姉さんに俺の思考回路を心配されるほどの迫真のニワトリの演技にも関わらず、

一向に起きる気配なし。

だがな、普通コケコッコーっていう鳴き声はニワトリだというのが常識……

まさか、この世界にはニワトリはいない?

だとすると、今の「コケコッコー」は、

姉さんにはただの意味不明な奇声にしか聞こえなかったということに……

なんかいろいろとやっちまったな、俺。



「困ったねえ……あたしも長年この店やってきてるから、

 閉店まで寝てしまう客はそれなりに対処してきたし、

 起こすのには自信があるつもりなんだけど……

 耳元で大声を出されても起きないほどに深く眠っちゃった客には、

 申し訳ないとは思いつつだけど、

 調理器具で頭をガツンと、文字通り叩き起こしてるのよね、普段は。

 でも、今回はこの子がずっと命からがら逃げ回ってたってことも知っちゃったし、

 どうも叩き起こす気が起きないのよね……

 なんか、起こすのが申し訳ないというか、なんというか――

 そっとしてあげなきゃいけないような、そんな気がするのよね」


「でも、これ以上の営業の延長をするわけにもいかない」


「うん……困ったねえ」



あちらが立てばこちらが立たず……

これがいわゆる二重拘束(ダブルバインド)とかいうやつか。

姉さんが腕組みをして唸っていると、奥の厨房からじいさんが出てきた。



「しばらくウチで寝かせておけ。

 だがウチは居酒屋で宿屋をやってるわけじゃねえ。

 気が済むまで寝て、起きたらとっとと帰ってもらう、それでいいんじゃねえか?」



うお……なかなか言葉使いの荒いじいさんですな。言ってることは優しいけど。

しかしこれ以上迷惑をかけるわけにもいかない。

薄々こうしにゃならん気はしていたが……仕方ない。



「もうこれ以上迷惑かけるわけにもいかないですし、もう“これ”は背負って帰ります」


「一晩中動き回って、そんな体力あるの? ウチで休ましときなって」


「いや、ホントこれ以上手間をかけさせるのは気が引けるというか、

 俺が納得いかないんで」



俺の予想通り、姉さんは俺を引き留めに入ったが、丁重にお断りさせて戴いた。

寝ている人間を背負うのは生まれて初めてのことで、

途中でリンがカクン、と横に傾いて、

俺もろともバランスを崩してしまうのではないかという懸念も捨てきれないが、

その時はその時だ。

どうにでもなるさ。

姉さんとじいさんに手助けしてもらいながら、

カウンターで寝ているリンを何とか俺の背中に乗せることに成功した。

いや、力の抜けている人間を背負うって、結構難しいんだな、これが。

起きている人間なら手で落ちないようにしっかりつかまるのだが、

寝ている人間はそれがない。

少しでも体を後ろに傾けようものなら、簡単にひっくりかえってしまう。

いっそのことリンがバランスを崩さないように、

縄か何かで俺の体にくくりつけておこうかと思ったが、

人通りが増えてきた通りをその状態で歩くには恥ずかしすぎて、

実行する気にはなれなかった。



「なんか今回は色々と迷惑かけてすみませんでした」


「今度来るときは厄介ごとなしでお願いするわ」


「はい、そうします」



そういうわけで老人の如く腰をくの字に曲げた状態で挨拶をした俺は、居酒屋を後にした。


朝のナクルの街は、いつもと変わらない、賑やかな日常が広がっていた。

とはいっても、

俺はここに来てまだ1月ぐらいしか経ってないよそ者(ストレンジャー)だが。

食料品などを売る店など、一部の店はすでに商いを始め、

入荷したての新鮮で質のいい野菜や肉を手に入れようと、

ナクルの主婦たちが商品を手にとって品定めをし、

別のところでは店主と客の白熱した値引き交渉が行われている。


この世界には冷蔵庫に当たるものが存在しないため、

生ものはその日のうちに必要な分だけ買って、

その日のうちに使い尽くすという生活タイプが主流のようだ。

だから買ったはいいが、食材に使わず腐らせてしまう、なんてことはあまりないらしい。

もちろん、万一のための保存食は各家庭で常備してあるが。

冷蔵技術が未発達のため、

農産物、特に傷みやすい野菜・果物は消費地で栽培される方式が主流。

いわば元の世界で話題の「地産地消スタイル」が常識になっているわけだ。


また、店頭には季節の旬の食品しか並ばない。

というか、それしか陳列できないといった方が正しいか。

元の世界で、旬の季節に関係なく食材が店頭に並べていたのは、

冷蔵と輸送手段の発達の賜物である。

その恩恵を当たり前のように享受してきた俺たちは(少なくとも俺は)、

どの食品がいつの季節が旬なのか、すべてを言い当てることはできない。

今思い返せば、贅沢な弊害だ。

まあ、旬の時期に採れる食材が、

その他の時期に採れた食材より栄養価が高いことは義務教育で習ったと思うが。



後ろから甲高い声とともに誰かが駆け寄ってくるのが聞こえ、

足を止めて背後を振りかえると、お金の入った小袋を片手に鳴らしながら、

お使いを頼まれた、と小さな男の子が、

張り切りながら通りを滑走路代わりにして飛び去って(テイクオフして)いくのが見えた。

まだ飛べないのであろう弟と思わしき子供が空を舞う兄を見上げながら追いかけ、

前方不注意、買い物を済ませた主婦と激突して怒られる。

これには思わず笑ってしまった。


こんな光景を見てふと思ったのだが、

日本ではこのような自由と開放感のある朝はとっくに絶滅してしまったに等しい。

遅刻しないか時計を気にしながらすし詰めの満員電車に飛び乗り、

人波に流されながら目的地に急ぐようなせっかちな世の中に変わってしまった。

現代人として生まれた俺が知りもしない過去のことを持ち出して、

「昔はよかった」などと言うつもりは毛頭ないが、

社会の進化の方向がどこか間違っているのではないかと思うことはある。

最終的に人間を感情抜きで働く、

いわばロボットに仕立て上げようとしているのではないかと思えてならないわけだ。

ロボットみたいに働いてきて、死に際に満足した人生だったと言って死ねるだろうか?

こっちの世界の人間は、確かに腐った奴はいるが、

多くの人が自分の仕事に誇りと楽しみを持って生きているように見える。

その点において、この世界の住人を羨ましく思う。



それにしても、さっきからリンを背負っていて感じていることなのだが、

リンがものすごく軽く感じる。

発泡スチロールを持ち上げたような、とまではいかないが、

10才の子供を背負っているような、そんな感じ。

疲れで感覚がマヒしているだけかもしれないが、

気のせいだけで済ませるには引っかかることがある。

砂漠で遭遇した盗賊から逃れるために俺ごと空に飛翔したリンと、

本部まで空輸されたときに元警邏隊隊員に言われた共通の言葉。


それは、俺が「重い」ということだ。


俺は特別おデブなわけでも、背が高いわけでもない。

どこにでもいるただの中肉中背の男子である。

リンが軽く感じるということは、一体どういうことだろうか?

地球とこの星との重力の差があまりないことは、井戸水のくみ上げから分かっている。

水の重さが地球とあまり変わらないからだ。


本来ならば、背中に翼がついている分だけ重くなってもおかしくはない。



「翼……か」



そういえば、飛行機は重すぎるとなかなか飛んでくれないから、

機体を軽い材質で作ってるというのを聞いたことがある。

もしかしてこれと同じ理由でリンが軽いのか?

……あり得る。

となると、この世界の住人と俺との体の構造は、違っているということになる。

翼のある時点で体の構造が違っているのは明らかなのだから、

他の場所が違っていても何ら不思議ではない。

とまあ、俺なりの仮説を立てたのはいいが、それを証明する方法は俺にはない。

解体新書的な本が書物屋で販売されていれば、

それを買って確認することができるだろうが、

もしあったとしてもそんなグロ本、読みたくもない。

体の構造が違ってるのを知ったところで、

別に俺に何か変化があるわけでもなんでもないし、

ただのトリビアで終わってしまうのは分かりきっている。

知的好奇心の浅い俺にとっては、そんなことははっきり言ってどうでもいい。



そんなことを考えていると、リンと俺の家が見えてきた。

俺の家の前には、たくさんの人だかりができている。

花屋開店前はいつもこんな感じだから、別にどうってことはない。

ただ、今回は開店時間が大幅に遅れているので、

いつもの倍ぐらいの人が開店を待っていた。

……さて、どうしようか。

リンはこのまま寝てしまってしばらくは起きてこないだろうから、

店は俺一人ですることになる。

でも俺ももう体力的に限界だし、店の仕事をきちんと最後までやり遂げる自信はない。

本日は臨時休業ということにしておこうかとも考えるが、

客からすりゃ、散々待たされた挙句に臨時休業を告げられるのは怒りを覚えるに違いない。

今後のことを考えると、やっぱ俺一人で店をやらにゃならんのだろうな……きついが。



「ああ、お待たせしてすみません! すぐ店を開けますんで!」



俺はそう叫んで客に伝え、力を振り絞って駆け足で店の裏口に回り、

リンを背負ったまま裏口の鍵を曲芸的に開け、まずリンの部屋に向かった。

部屋には、ベッドが置いてある。

ベッドの上にリンを降ろしてそっと寝かせた。

疲れたらベッドで寝れるリンとは違い、

疲れても床で雑魚寝するしかない俺は、

「金が溜まったらまず最初にベッドを買おう」と心に誓った。

床で寝てると体のあちこちが痛くなってくるし、疲れが癒された気がしないしな。


俺はボロボロに裂けたナイトローブを脱ぐ暇もなく、大急ぎで開店準備を始めた。

ローブは暇ができたらその時に脱ごう。

一晩寝てないせいで、頭の回転がものすごく遅くなっているのが自分でも分かる。

何か特大のヘマをしてなけりゃいいが……

店の商品の陳列と数の最終確認を終え、何とか開店までこぎつけることができた。

店のシャッターを開けた瞬間、どやどやと客が流れ込み、

すぐさま会計のカウンターに行列ができた。



「会計がスムーズに行えるよう、前もってお金の準備を、

 できるだけお釣りのない様にお願いします!」



後続の会計待ちの客に大声で伝えながら、

トロい脳みそに鞭打ち、会計処理を一つ一つ、ミスのないように注意して進めていく。



「あれ、ちょっとこれお釣りが多いんじゃない?」


「ああ、すみません!」



それでもやはりこんなミスが多発。

つり銭を間違えて多く渡してしまっても、

それを訂正してくれるこの街の人々は素晴らしい。

俺なら絶対「よっしゃ、ラッキー!」と思って持ち帰ってるね。


延々と同じ作業をくり返すが、

あとからあとから次々と客が入ってきて、なかなか順番待ちの列が減らない。

それどころか、かえって増えてきてしまい、

挙句の果てには順番待ちの列が店の外に飛び出してしまう始末。


「繁盛してるねえ」なんて、ある客から言われたが、今はそんなのちっとも嬉しくない。

その人には、「こっちは早く休みたいんだよ!」という本音を隠し、

「繁盛しすぎるのも考え物ですがね」と笑って返したが、

恐らく目しか笑ってなかったと思う。しかも目の下にクマができた状態で。



そろそろもう体力的にも精神的にもギブアップがかかりかけた頃に、

ようやく最後の順番待ちの客の会計が終わり、店内には数人の客を残すまでになった。

地獄の朝のラッシュがやっと終わったのである。

朝のラッシュと言っても、既に時刻はお昼前、腹の虫も鳴ってくる。

俺は店のカウンターの下に積んである無地の羊皮紙を一枚取り出した。

サイズは大体A4ぐらい。

これは値札を作るのに使う紙で、

この羊皮紙をナイフで小さくカード状に切って、それに値段を書いて、商品に括り付ける。

今回はその紙に羽ペンで大きく、

「本日は昼までの営業です」と平仮名で書き、それを店の入り口に掲げた。

特別身体が強化されたわけでも、

特殊な力が備わったわけでもない俺のスペックは高くはない。

一日フルでの営業ははっきり言って無理、昼までがせいぜい俺が頑張れる限界だった。


最後の客の会計を済ませ、店の中に俺以外誰もいなくなったのを確認すると、

新しい客が入ってこないうちに、すぐさま店のシャッターを閉めた。



「あー……やっと終わった」



今日の売り上げの計算は――また今度でいい。

二階の自分の部屋に上がり、

暇ができたら脱ごうと思って脱ぎ忘れていたナイトローブを脱いで、

部屋の隅に放置された、この世界にとってはオーバーテクノロジーな代物、

つまり壊れたパソコンの上に投げ掛けた。



「ふう……」



特に意味のないため息をついて、木の板の上に寝転がると、すぐに睡魔が襲ってきた。

やっと休息ができる。

この疲れが取れるにはどれぐらいの睡眠時間が必要なのかは分からないが、

自分への褒美、好きなだけ寝させてもらおう。


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