第5話-A18 Lost-311- 屋敷へ
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また、ダメだったね。これで何人目だった?
……2836人目。
やっぱり、彼しかいないんじゃないかな――
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それから、俺は持っていた武器装備を返してもらい、リンとともに警邏隊本部を出た。
リンはまだフラフラの状態で、一応一人で歩けてはいるが、
その足取りは俺の心を心なしか不安にさせる。
「今日はとんでもなく長い一日だったな」
俺は呟いて、空を見上げる。
空はまだ夜の闇に包まれているが、時間的には夜3時半辺りのだと俺の体内時計が告げている。
今晩の出来事に関しては、さほど後悔はしてない。
まあ、第6部隊の一斉解雇についてはちょっとやりすぎたかなとか、
今更になって思ってたりするのだが、あんときはあんときで半ば怒り心頭だったし、
なによりも過ぎてしまったことはどうしようもない。
「……あ」
そのまま家路につこうとしていた俺だったが、
周囲から一際そびえ立つ教会らしき建物を見てまだやることがあったことを思い出す。
そうだ、まだ屋敷に監禁されている人がいたんだった。
今から本部に戻って通報しておくべきかとも思ったのだが、
ここから戻るよりも、教会の方が近い。
監禁されている人のことを忘れるなんて、俺もなかなかの冷血だな、と自嘲する。
「リン、一人で、家に帰れるか?」
「……え?」
「いや、まだあいつらに監禁されている人がいる。
あの時俺が尋問した時に一人が吐いた。
教会を見て思い出したんだよ。あれはイーカ教会、だよな?」
「え、はい……」
俺が教会を指差すと、リンは答えた。
「やつらから情報を聞いたからには助けに行かにゃならん。
というか、最初からそうするつもりだったんだがな。
あいつらが来なかったら」
「で、お前は明らかに体力が消耗してるし、
俺には寄り道をする分だけの体力があるようには見えない。
先に帰ってゆっくりしていた方がいいんじゃないか?」
俺がそういうと、リンは小刻みに首を横に振った。
それとこれとは関係ないが、どこからか食べ物のいい匂いがする。
あー、腹の虫が騒ぎだしてきた。夕べから何も食ってねえし。
「嫌、やめてください……一人にしないで」
「怖いのか?
やつらはしばらく拘留されて出てこないだろう。大丈夫だ」
「それでも……怖いです」
「もしかしたら俺が行く場所には残党がいるかもしれんぞ?
せっかくお前を助け出したのに、また危険に晒すことになりかねん。
そっちの方が問題じゃねえか?」
「…………。」
「先に帰った方がいいと思うんだがな……」
「……コウさん、一緒にいてください。
誰か人がいないと、私、怖いんです」
「はあ~、参ったな……」
俺は手で髪の毛をくしゃくしゃにしながら、どうしたものかと辺りを見回す。
すると、暗闇の中にぽつりと、明かりがついている店を見つけた。
どうやらさっきの匂いはここの店から出ているらしい。
「リン、腹減ってないか?」
「食欲、ないです……」
「まあとりあえず、あの店で一旦休憩しよう。
ここから帰るにしても、結構な距離があるし、
助け出すにしても、腹が減っては戦はできぬというし、な?」
「…………」
俺はリンの手を引き、その店に入って行った。
「いらっしゃい……常連、じゃないわね」
カウンター型の店内で店番をしていたのは、渋い顔のじいさんとその娘らしいひとだった。
娘といっても見た目三十代前半の成人で、まあ美人、というほどでもないが、不細工でもない。
髪は行動しやすいようにするためか、それとも職業柄、髪が食品につかないようにするためか、肩の辺りまでしかない。
背は、何か悔しいが俺よりもわずかに高い。
特徴というとそれぐらいで、言い方が悪いかもしれんが、どこにでもいそうな地味な人である。
店を見渡すと、俺達の他に二、三人、顔を真っ赤にしながら酒を片手に盛り上がっている男がいた。
どうやら居酒屋らしいが……気にしない。
「で、注文は決まった?」
「あー……、じゃあ店オススメのやつで。
それと、俺達、酒はムリなんで」
「居酒屋に来て酒を頼まないのはあたしとしてはどうかと思うんだけどね。
……まあ、分かったわ。……それと、ちゃんとお代は払ってよね?」
「大丈夫っすよ、何なら前払いでも」
俺は懐から金を出してその姉さんに3000レルを渡した。
すると、姉さんは苦笑して、これはちょっと貰い過ぎかも、と言い、
後ろを振り向いてお父さん、例のアレ二人前出して、とじいさんに言う。
あいよ、というしわがれた返事をしたじいさんは、奥の厨房へ入って行った。
「それにしても、こんな時間帯に外をうろつくなんて、どうしたの?」
「まあ、ちょっと事件がありましてね」
事件?と姉さんは言いかけ、咳き込んだ。
「コホッ――ごめんなさいね、ちょっとまだ風邪が治ってないみたい」
「風邪っすか」
「ええ、まあちょっとね。
ここのところ体調が悪くてね、今日の夕方までは寝てたんだけど。
子供達から頑張ってって、最近できたっていう花屋まで行ってあたしのために花買ってきたのよ。
そんなのもらったらあたしも頑張らなきゃって」
「子供――」
俺の脳裏に浮かんだのは、今日の夕方花を買いに来たあのチビ二人。
確か、母親が風邪寝込んでいてとかなんとか言ってた気がする。
もしかしてその母親がこの人なのか?
「その子供って、これぐらいの身長で、姉と弟の二人だったりします?」
「えっ……まあ、そうだけど、どうしてそんなことを?」
「その花屋、恐らくウチの店っすね。
子供、知らない人に話し掛けるの、苦手なんじゃないっすか?」
「そうそう!人見知りが激しくて……ってちょっと待って、
もしかしてあなた、ちまたで噂の『羽無し』の人?」
「羽無し……まあ、そうっすけど……」
「そう、あなたが!
ウチの子が『羽無しの兄ちゃんの店で買ってきた』って、
それはもうニコニコしながら嬉しそうに言ってたのよ」
「ああ、そうっすか」
別に喜ばれるようなことをした覚えは特に……ない。
花のサービスぐらいしかしてねえし。
俺に興味を持って店に来たのか、それとも安いから店に来たのか……
真意は不明だがおそらく前者だろう。
「で、なんだっけ、事件? 詳しく聞かせてもらえるかしら?」
そう聞かれて俺は隣に座るリンに顔を向ける。
無表情に近い、暗い顔でぼんやりとカウンターを見つめている。
今俺が話すことでリンが体験した恐怖をフラッシュバックさせるのではないか。
どちらにしろ事件はリンにとっては衝撃的な出来事であり、今は彼女の気持ちを察するのが一番だろう。
そんなことを俺は思った。
「今は……その、ちょっと言えるような状態じゃないんで」
「そう」
姉さんは察したように何も言わず、はいお待たせ、と、
出来上がった料理を俺達の前に置いた。
出てきたのは居酒屋には不似合いな肉料理、何の肉かは知らないが、ステーキだった。
「肉料理……ですか」
「自慢じゃないけど、うちのお父さん、以前は有名な料理店の料理長をしていてね、
退職して料理長を後輩に任せてからは、ここでこんな風に居酒屋を始めたんだけど、
どうもあの頃作ってた料理が忘れられないみたいで。
今もこうやって要望があればこんなのも出してるのよ」
「へえ、そうなんすか。
ところで、これのお代はさっき払った分でまかなえますよね?」
「もちろん! まだお釣りが出るわよ?」
「そうですか。ではでは、いただきます」
リンは姉さんからナイフとフォークを受け取りはしたものの、一向にそれを使う気配はない。
それを見て心配そうな顔をした姉さんがリンに話しかけるが、
彼女ははうつむいたまま何も言わない。
「リン、食欲がなくとも一口は入るはずだ。
残した分は俺が食うから、手をつけな。夕べから何も食ってねえんだろ?」
「…………。」
俺がリンの顔を覗き込むと、リンは泣いていた。
どうしてこんな時に泣くのかね、君は。
俺には全くもって女心というものが分からん。
事件は(監禁の件を除いては)一段落したし、隣には一応(弱小野郎だが)俺がついてるし、
何も怖がることなんてないはずだ。
なのに、なぜ……
リンの声はすすり泣きから嗚咽に変わっていく。
「ち、ちょっと、いきなりどうしたの!?」
驚いた姉さんが声を上げ、近くで騒いでいた酒呑みの客もその声に驚き、視線をこっちによこす。
「ねえ、この子、どうしちゃったの?」
「さあ、何なんでしょう? 俺にも皆目見当が付かないっすよ……」
「おいおい兄ちゃん、そんな若い娘を泣かすなんて罪な野郎だな」
「黙らっしゃいっ!!」
野次を入れてきた酒呑みの客に姉さんがぴしゃりと、まるで母親が子供を叱るように言う。
「ねえ、今回の“事件”っていうの、やっぱり教えてもらえないかしら?
もしかしたら、彼女の理解の手助けが出来るかもしれない」
「そうっすね……話せば長くなるんすけど、いいっすか?」
「ええ、聞かせて」
それから俺は夕べから今までの出来事を、できるだけ詳細に、リンにも注意を払いながら説明した。
リンの帰りが遅いのを不審に思って捜しに出掛けたこと、
男五人組に追われていたリンを助け出したこと、
そして、俺が警邏隊に誤認逮捕されたこと――俺が見聞きしたことすべてだ。
「そう。それでそんなドロドロの服装をしてるのね」
「まあ、クサイ言い方っすけど、こうして無事にいられて、それが一番っすよ」
「あなた、見かけによらず勇敢なのね」
「いやいや、助け出すときも内心ビビって足ガクガクでチビりそうでしたからね」
「それでもあなたは立派よ、本当に。
もしそれがあたしとうちの夫だったら、多分尻尾を巻いて逃げてるんじゃないかしら?」
「いやいや、見た目によらず、ってこともあるっすよ。
――で、どうっすか、リンがなぜ泣いているのか、分かります?」
「ここに来て安心したんじゃない? ほら、ここ明かりついてるし、人もいるし」
「ああ、そうかもしんないっすね」
「……それにしても、とうとう第6部隊は解雇になったのね」
「知ってるんすか? 第6部隊」
「ええ、この辺じゃ有名よ、“はやとちりの第6部隊”ってね。
逮捕する人みんな事件とは関係のない無実の人間でね、
それに隊長が事情をよく聞かずに連行しちゃうものだから、誤認逮捕して当然なんだけど。
あんまりにもひどいから、そのうちやめさせられるって、噂になってたのよ」
「へえ」
俺はステーキを切り、口に運ぶ。
こうすれば、リンも食べてくれるのではないかと思ったからだ。
「そういえば、さっきのあなたの話を聞いてると、
監禁されている人が残ってるんじゃないの?」
「え、あ、はい」
「どうするの? 警邏隊の人にはちゃんと言った?」
「それが、第6部隊の怒りで頭がいっぱいになっていて……
言うのを忘れてきてしまったんすよ。ハハッ、ホント、薄情な人間っすよね、俺」
「もう過ぎたことは仕方ないわ。で、どうするの?」
「俺が助けに行きます。なんか、やっぱ警邏隊に任せんのもしゃくですし」
「大丈夫? あたしは我慢してでも警邏隊に頼んだ方がいいと思うんだけど」
「まあ、この事件に足を突っ込んだのは仕方ないことですし、
話は最後まで見届けたいじゃないっすか。多少面倒でも」
ここはめんどくさがりの俺の野次馬精神といったところか。
ふと横のリンを見ると、
食事には一切手をつけないまま、カウンターに伏して寝てしまっていた。
マジで女心って理解しがたいものだ。
「あらあら、寝ちゃったわね」
「参ったな……こんなとこで寝られちゃ、助けにも行かれねえじゃねえか」
「ところで、監禁されている人達って、確かイーカ教会の近くの屋敷って言ってたのよね?」
「え、はい。ここからどれぐらいの距離があるか、分かります?」
「ええ、あの辺りにある屋敷っていったら、多分廃屋敷の事だと思うんだけど」
「ちょっと、リンのこと見ててもらえないっすか?
このまま監禁された状態にしておくのもなんか後ろめたいっすし。
救助したらすぐ戻ってくるんで」
「ええ、いいわよ、勇者さん」
「いやいや、勇者だなんて……」
この人は俺の事をよいしょし過ぎだと、俺は心の中で思ったね。
俺は店の姉さんから屋敷の場所までの行き方を教えてもらうと、すぐに店を飛び出した。
なぜかは分からんが、心臓は高鳴り、足は本能的に移動手段に駆け足を要求している。
「帰ってきたら、好きなもの食わせてやるわよ~!」
後ろから店を飛び出してきたらしい姉さんの声が聞こえてきた。
空がしらみ始めている。夜明けは近い。
走れメ○スのパロかよ、俺は。
いや、別に日が昇ったからってどうってこと……あるか。
店を開ける時間には家にいたい。
営業するにしても臨時休業するにしても、客に迷惑をかけるようじゃ評判がた落ちだ。
ビバ、世間体ってやつだ。
居酒屋の姉さんの教えられた通りに行くと、結構大きな屋敷にたどり着いた。
ここに、監禁されてる人がいるわけだな。
周囲は高い塀で囲まれており、正面出入口には鍵がかかっていた。
出入口の門は錆びていたが、鍵だけは不自然に新しい。
門の向こうには、昔は花壇だったんだろう、
今は雑草が生い茂る植え込みがあり、その奥に馬鹿みたいな大きさの3階建ての屋敷本体がある。
「はあ、いくか」
俺は筋肉痛の身体に鞭打って、思い切って一度にその門をよじ登った。
そもそもここのI can fly!!な人々は、いくらこんなに高い塀やら門をつけたって、
やすやすと上空から侵入できるわけで、こんなものを設置する理由が分からん。
門の頂上に上がったところで、足元を見下ろすと地面からかなり高いことにハッとする。
……下見るんじゃなかった。
やべ、落ちたらただじゃ済まねえぞ、これ。
まあ、あん時零雨と麗香がバスタブの中に作った、
例の《世界の終焉を連想させるほど黒々とした穴》に飛び込んだ時に比べりゃ恐怖感は小さくはある。
門を降りる途中でバランスを崩して落ちそうになるというスリリングなイベントが起き、肝を冷やしたが、
何とか持ちこたえて敷地内に潜入した。
「……こんな事するなんざ、ガラにもねえな、俺」
今や切り裂かれてずたずたになってしまったナイトローブのフードを被る。
周囲が次第に明るくなってきてるので、時間とともに迷彩効果は薄れていくだろう。
屋敷の建物の入口の扉は蹴破られており、既に役目を果たしていない扉が床に横たわっている。
とりあえず、特に苦労することもなくいとも簡単にエントランスに潜入できた。
いくら空がしらんできているとはいえ、外はまだ暗く、屋敷の中は完全に暗闇が支配している。
ハハハ……まるでお化け屋敷だ。
「さてと……どうするかな」
いや、監禁されている人達を捜しに行くのは分かってる。
俺が言いたいのはどこから捜しに行こうかって意味だ。
もし俺があいつらなら……考えただけでヘドが出そうになる。
だが考えなければならない。
もし俺があいつらなら、どこに監禁するだろうか。
左右の俺の出来損ないの脳が議論した結果、導き出された答えは、地下室だった。
考えた末の答えがが超古典的なんだが……
まず、監禁するなら窓のない部屋じゃないと逃げられる。
この時点で、一階はないと考えていい。
それから、屋根裏という答えも浮かんだが、
この世界の人間はファンタジックに空を飛ぶことが出来る。
地上からの高度は脱走防止の抑止力にはならない。
つうことは、残されるのは地下室だけ、ということになる。
ポッ、と手元に小さな火を魔法で起こさせると、エントランスの全体像が浮かび上がる。
エントランスの両端には二階へと続く階段、正面には奥へと続くと思われる通路。
エントランスを少し歩き回ると、燃料式のランタンが転がっているのを発見したので、それに点火する。
さて、地下室へはどうやって行くのだろうか。
もっとも手っ取り早いのは、
今俺が立っている床に地質調査のボーリングよろしく穴を開けてしまうことなのだが、
当然ながらドリル技は持ち合わせていないし、そんな珍技、習得したくもない。
とりあえず、地下に行くのにわざわざ二階に上がる必要があるなんてことはまずないだろうし、
行くとしたら正面の通路だな。うん。
剣を取り出し、構えながら中央の通路を進む。
もしかしたら屋敷にはあの五人の他に、逃走監視用に待機している敵がいるかもしれん。
いつでも戦闘に入れるようにしておく必要があるだろう。
だが、片手はランタン、もう片手は剣、と手が塞がってしまっている状態のため、
敵の存在に細心の注意を払いつつ、地下への通路を探らねばならない。