第5話-A13 Lost-311- 贈ってはいけない花
今回はほのぼのチックにしてみました。
「それじゃあ、私はちょっと買い物に行ってきますからね」
その日の夕方。
リンは食料品を買いに、普段と変わらない様子で出掛けていった。
もちろん、俺は一人で店番。
俺は皿洗いはするが、この世界の食材については全くの無知だから、
料理はリンに頼りっぱなしである。
そんなことより、俺の頭の中は今日のリンの言動のことで一杯だ。
あれから俺は店の仕事をしながらあの言動について考えていた。
ネコのように鋭い目つき、わずかに見せる影のオーラは、いつものリンではなかった。
その後の俺に対する振る舞いは普段と変わらないものだったが……
なぜ、リンは俺が悩みを持っていると分かった時点で豹変したのだろうか。
なぜ、リンは知るはずのない俺の心配事に答えることができたのだろうか。
……謎。謎すぎる。
リンは悪ふざけじゃないと言った。
確かにリンの雰囲気には、ふざけているような様子はなかった。
まさかリンは……人の思考が読める?
俺は店のカウンターに置いていた魔法書を広げ、
そのような能力、もしくは魔法があるという記述を探した。
――あった。人の思考を読む魔法。
しかしそこには、
“魔力を異常に多く消費するため、通常の人間が一人で発動することは困難であり、
発動には複数人数の協力が必須である。
また、発動時のリスクも高いため、魔術師の監督の元、実行することを推奨する”
と書いてある。
つまり、思考を読む魔法はあることはあるが、リン一人では発動できず、
なおかつハイリスクで危険な魔法だということだ。
恐らくこれは国とかが誰かを尋問する時に使うもので、一般人が使うような魔法じゃない。
つまり、魔法説は成り立ちにくい。
よって、リンは人の思考を読むことができるのではないかという説は潰れたも同然だ。
じゃあ一体どうやって!?
……分からん。
俺には想像がつかない。
一体どのようなマジックを使えば、
口外していないはずの俺の悩みにずばりと回答できるのか?
これは恐らく世界中の知識人を一カ所に集約して大規模なサミットを開いても、
この謎の答えは出ないだろう。
俺がカウンターの椅子に座って魔法書を眺めながら解けそうにない謎を考えていると、コンコンコン、と誰かがカウンターをノックした。
顔を上げると、それは見た目8〜9歳ぐらいのクソガk……ではなく、
見た目8〜9歳ぐらいの男の子と女の子の客だった。
「……ああ、いらっしゃい。いや、気がつかなくて悪かったな」
前々から言うように、ガキは俺の苦手分野だが、花屋として商売をやっている以上、
こんな客も相手にせにゃならんのは覚悟の上だ。
普段ならばこういうちびっ子はリンが受け持ってくれるのだが、
彼女が外出している以上、俺以外に応対する人はいない。
カウンターを回って俺がちびっ子の前で中腰の姿勢になると、
男の子が恥ずかしそうに言った。
「えっと……お花、ください」
男の子はそういうが、二人の手に花はない。
商品はまだ選んでないらしい。
「ん、どんな花が欲しいのか、持ってきてごらん」
そうだ、ガキの扱いは慎重にしないと、
少しでも荒く扱うと美羽のようにすぐ泣き出したり、機嫌を悪くしたりするからな。
口調は優しく、丁寧に、が大事だ。
男の子が花を選ぼうとすると、その隣の女の子が男の子の腕を掴んで引き止めた。
そして女の子は俺に小さな巾着袋を手渡してきた。
「これは?」
「えへへ……お金」
ニコニコしながらその女の子も恥ずかしそうに言う。
……なーるほど。この二人は連れで、しかも二人揃ってシャイなんだな。
「この袋の中にあるお金で花を買って来いって言われたのか?」
すると女の子は首を横に振る。
「お母さんが風邪引いちゃったから、お見舞いに一緒にお花買ってあげよって」
「つまり、お花をプレゼントしたいということ?」
女の子はうん、と頷く。
ELVESに存在を消されるかもとか、リンの恐怖のお悩み回答とか、
心理的にハードなプレッシャーがかかっている中で、
こういう平和を見ると、マジ羨ましくなってくるんだが。
「じゃあ、このお金は君達のお金?」
「二人で、一緒にためてた」
「そうか」
俺は失敬して巾着袋をひっくり返し、中のお金を確認すると、300レルが入っていた。
300レルだと、確かに買えない花はそこそこ多くなってしまうのは仕方ないが、
これしか買えないというわけではなく、ある程度の選択肢は確保できる値段だ。
「このお金で買えるのは、この辺りの花かな」
俺は二人のチビを引き連れて、その予算で買える花の置いてある場所に誘導した。
300レルで花を買おうと思うと、やはりどこにでも売ってるような安価な花しか買えないが、
この年齢のチビからもらうプレゼントなら、母親はどんなものでも、
極端な話、道ばたに生えてる雑草の花をプレゼントしたって喜ぶだろう。
要はプレゼントの中身より気持ちである。
「この中で好きなのを探してごらん」
俺がそういうと、二人であれがいい、これがいい、と相談しはじめた。
花選びは特にオススメを聞かれない限り、
二人が何を選ぼうとも、俺が介入するところじゃない。
気が済むまでじっくりと探せばいい。
「じゃあ、またカウンターのところにいるから、決まったらその花を持ってきて」
二人の相談が長くなりそうだと直感的に感じた俺は、
二人に断ってカウンターの会計の椅子に座った。
「よっこらしょ、痛ててて……」
……老人臭いとか言うなよ。
毎日の井戸の水汲みで若干筋肉痛なんだよ。
リンは軽々やってるが、それは重労働に身体が慣れてるからで、
前の世界で給水ポンプに頼ってた俺とは違う。
普段使ってなかった筋肉を使うとなれば、筋肉痛になるのも頷けるってもんだ。
喉が渇いたので重い腰を上げて一階の井戸に向かい、ティーカップに水を注いだ。本当は一度沸騰させたほうがいいんだろうが、
わざわざ二階に上がって湯を沸かして飲むのは時間がかかりすぎるし、何よりだるい。
その場で一杯水を飲み、もう一杯ティーカップに注いでカウンターの上に置いた。
しばらくチビ共を眺めていると、商品選びが終わったようで、
花を持って二人揃ってカウンターの前にやって来た。
そして、どっちが商品をカウンターに置くか、そこでコソコソ声で譲り合いが始まる。
「男の子なんだから、やってよ」
「えー、恥ずかしいよぉ。お姉ちゃんがやってよ」
「お姉ちゃんがちゃんと見ててあげるから、一人でやっちゃいなさいよ」
「僕、こういうの苦手だもん……」
……不覚にも萌えた。
いや、まさか俺にロリコン属性があるとは思ってないが、
これはほほえましい光景の一つとして認定できる。
扱いの面倒なガキの唯一の武器の一つだろう。
これをそっくりそのまま大の大人がやってたら、
「お、お前ら頭大丈夫か?」とキモがるのは確実だ。
ちなみに、二人が持ってきた花はカウンターに隠れてしまって、
何を選んだのかは俺には見えない。
「これ……くださぃ……」
「ブフッ――――!」
結局、女の子がはにかみながら欲しい花をカウンターの上に置く。
それを見た瞬間、飲もうとしていたティーカップの水を盛大に噴いてしまった。
噴くときに俺がギリギリのところで横を向いたため、幸いなことに俺にもチビにも被害はなかった。
「……いや、その花はやめといた方がいいぞ、多分。多分じゃない、絶対だ」
「……え?」
何でよりによってチビが選んだ花が葬儀用の花なんだよ!!
チビが持ってきたのは葬儀の時の装飾や墓場に眠る死者に供えるのに慣習的に使われる花で、
家で飾ったりプレゼントしたりするための花じゃない。
分かりやすく言えば、仏花を親にプレゼントするようなものだ。
さっき俺はかわいい我が子からくれるプレゼントならどんなものでも喜ぶだろうと言ったが、前言撤回だ。
これはさすがに例外。
風邪で寝ている母が、かわいい子供達が自分のお見舞いに花を買ってきたと聞いて、
受けとってみればなんと葬儀用の花だったなんて、笑えない話だ。
風邪で寝ているところに葬儀用の花をプレゼントされちゃ、
渡すときに言うであろう「早く良くなってね、お母さん」の言葉の裏に、
「早く死んでね、お母さん」の意が含まれているとも取られかねない。
母が顔をピクピク引き攣らせながら、
「わー、綺麗なお花、ありがとうね。お母さん、元気になったかも〜♪」
なんて心にもないことを子供達に言う姿が簡単に想像できる。
「このお花はね、プレゼントしちゃいけない花なんだ。
だから、これじゃないやつを探して来てごらん」
そういうと、女の子はやっちゃった、というような顔をしてカウンターの花を再び手に取り、
男の子の手を引いて花を元の場所に戻し、また花を探しはじめ、
またしばらくすると別の花を持ってカウンターにやって来た。
「これ……(下さい)」
今度は男の子が花をカウンターの上に置いた。
うん、今度はプレゼントしても大丈夫な花だ。
俺はそれを受けとって値札を外し、値段を確認する。
≦200レル≧
ふむ200レルか……予算範囲内だな。
「それにしても、君達、家は近いのか?」
俺は包装用の布で花を寿司巻きにしながら何気なく聞いてみる。
すると、二人のうちしっかり者の方の女の子が答えた。
「羽根なしのお兄さんのいるお花屋さんは安いって街の人に聞いて、ちょっと遠出しちゃった」
女の子はそういってスマイル。
街の人――二人のはにかむ様子を見ると、恐らく近所の顔見知りの人だろう。
「そうか……」
やっぱ、街の中では俺はちょっとした有名人的な存在なのかもしれん。
だが、“羽根なし”という言い方が、何となくだが語感的に引っ掛かるな。
まあ、俺の特徴を表現するには、俺がもしその街人だったとしたら、
羽根なしの別の言い回しが思い付かずに、同じく“羽根なし”と言うだろうが。
「お袋の為に遠出か……偉いな」
俺は飛行機に一人で乗った美羽には遠く及ばないがな、と心の中で付け足し、
巾着袋の中から200レルだけ取り出し、お釣りの100レルを袋に入れたまま女の子に返した。
「これはサービスだ。もらって行け」
寿司巻きに包装した花に、もう一つ、商品の花を差し込んだ。
サービスの花の価格はおよそ130レル。これぐらいのサービスはやってもいいだろう。
俺はサービス付きの花を男の子に渡す。
「あ、あ……ありがとう」
男の子が言った。
「また来てくれよな」
二人は嬉しそうな顔をして店を出て行った。
これが、俺がごく稀に見せる赤の他人に対する優しさだ。
次、この優しさを発動させるのは何ヶ月後になるのか、それは俺の気分と状況次第である。
次回はコウが一線をこえる……かもしれません