第二十五話 解散しませんように
『ここで鳴らす』が配信された。
前みたいに、日付が変わる瞬間を待って、三人でグループチャットを開いた。
『出た』
シズク。
『出たね』
俺。
ヒロキ。
『明日聞く』
『今聞いて』
シズクの返信も。
『眠い』
ヒロキの返事も。
前とほとんど同じだった。
「……変わらないな」
一人で笑う。やり取りは同じなのに、曲も俺たちも同じではない。同じことを繰り返しながら、少しずつ変わっている。
それでいいのだと思う。
◇
配信から一週間。
ライブハウスから、次のイベントの連絡が来た。
出演バンドの一覧。
一番下。
雨音クラブ。
その名前を見て。
少し笑った。
「やっぱダサいかな」
誰もいない部屋で言う。
返事はない。
最近、ミョンはほとんど来ない。ライブで姿を見ることも、神社で声を聞くことも減った。
それでも、もう毎日探すことはなくなった。忘れたわけではない。ただ、いない時間も普通に過ごせるようになった。
◇
その日のスタジオ。
「次のイベント、出る?」
俺が聞く。
「出る」
シズク。
「いつ?」
ヒロキ。
「来月の十二日」
「空いてる」
「即答珍しい」
「シフトまだ出してないから」
「じゃあ空けといて」
「うん」
決まる。
早い。
「前こんな簡単だったっけ」
俺が言う。
「アキが悩まなくなったからじゃない?」
シズク。
「俺そんな悩んでた?」
二人がこっちを見る。
「何」
「悩んでた」
シズク。
「かなり」
ヒロキ。
「二人して」
「事実」
「はいはい」
ギターを繋ぐ。
「今日何やる?」
「新曲」
シズクが言った。
「また?」
「また」
「この前出したばっかりだぞ」
「だから次」
「早くない?」
「曲作る人がいるから」
「俺?」
「他に誰」
「簡単に言うなよ」
言ってから。
三人とも少し止まった。
シズクが笑う。
「久しぶりに聞いた」
「何が」
「簡単に言うな」
「あ」
ヒロキも笑う。
「最近言ってなかったね」
「別に封印してたわけじゃない」
「じゃあ作って」
「簡単に言うな」
「二回目はもういい」
「ひど」
◇
休憩中。
スタジオのドアが開いた。
「おつかれ」
聞き慣れた声。
「……何でいるの」
レンだった。
「近く来たから」
「連絡しろよ」
「した」
スマホを見る。
十分前に、
『今近く』
と来ていた。
「気づいてなかった」
「知ってる」
レンが中へ入る。
シズクが少しだけ止まった。
でも。
「久しぶり」
普通に言った。
「久しぶり」
レンも普通に返す。
ヒロキは、
「おつかれ」
だけ。
「薄くない?」
レンが笑う。
「元メンバーだし」
「冷た」
「何しに来たの」
「顔見に」
「暇人?」
「それもある」
レンが俺のマイクを見る。
「もう完全にそこアキの場所だな」
「まあ」
「認めた?」
「何を」
「ボーカル」
「……ギターボーカル」
「認めてるじゃん」
「うるさい」
レンが笑った。前なら、その笑い方だけで少し戻ってきてほしいと思ったかもしれない。
今は、そう思わなかった。
「新曲聞く?」
俺が言う。
「あるの?」
「まだ途中」
「聞く」
「じゃあ」
ヒロキが立ち上がる。
「休憩終わり?」
「ごめん」
「いいけど」
シズクもベースを持つ。
三人で位置につく。
レンは。
壁際に座った。
そこ。
前はミョンがよくいた場所だった。
「……何」
レンが言う。
「いや」
「そこダメ?」
「別に」
「何その顔」
「何でもない」
ヒロキのカウント。
新曲。
まだ歌詞も途中。
途中で止まる。
もう一回。
少し変える。
三人で話す。
また鳴らす。
レンは何も言わずに聞いていた。
◇
「どう」
俺が聞く。
「何が」
「曲」
「まだ途中だろ」
「途中だから聞いてんだよ」
「いいんじゃない?」
「雑」
「アキっぽい」
「それ褒めてる?」
「かなり」
「お前までそれ使うなよ」
シズクが笑う。
レンは少し黙ってから。
「前と全然違うな」
と言った。
「曲?」
「雨音クラブ」
少しだけ。
空気が止まる。
「悪い意味じゃなく」
「うん」
「俺いた頃と」
「うん」
「別のバンドみたい」
それを聞いても。
嫌ではなかった。
「でも」
レンが続ける。
「雨音クラブなんだよな」
「……うん」
「変なの」
「何が」
「メンバー変わって、歌うやつまで変わってんのに」
「バンド名はそのまま」
「それ」
「変えようかって話もあったけど」
「え、あったの?」
シズクが聞く。
「俺とミョンの中で」
「ミョンか」
レンは名前だけ知っている。
姿は見えない。
結局。
一度も説明しきれなかった。
「で?」
「ダサいけど合ってるから変えるなって」
「神様に?」
「本人は神って言ってない」
「まだそこ?」
「そこは最後まで」
レンが笑った。
「じゃあいいじゃん」
「何が」
「雨音クラブ」
「お前、最初からこの名前だっただろ」
「アキが決めたんじゃん」
「お前も賛成した」
「若かった」
「今も若いだろ!」
◇
レンは一時間くらいで帰った。
「じゃあ」
「うん」
「次のライブ、予定合えば行く」
「来れば」
「偉そう」
「客だから」
「元ボーカルなんだけど」
「今は客」
「はいはい」
レンがドアを開ける。
一度振り返った。
「アキ」
「何」
「続いててよかった」
一瞬。
何も言えなかった。
「……うん」
「じゃ」
ドアが閉まる。
静かになる。
ヒロキが言った。
「ラーメン行く?」
「余韻ないな」
「腹減った」
「まだ練習残ってる」
「そうだった」
シズクが笑う。
「続きやろ」
「うん」
ギターを持つ。レンは帰った。追わないし、戻そうとも思わない。
それでも元メンバーで、今も知っている人だ。それくらいの距離で、たぶんいい。
◇
練習が終わったあと。
一人で神社へ行った。
久しぶりだった。
最近は。
何かあるたびに来るのをやめていた。
「……久しぶり」
鳥居をくぐる。
返事はない。
境内。
賽銭箱。
小さな社。
全部。
最初の日と同じ。
でも。
俺は違う。
財布を出す。
百円。
「最初も百円だったな」
百円を賽銭箱に入れ、鈴を鳴らして二礼二拍。手を合わせたところで、何を願えばいいのか分からなくなった。
解散しませんように。
最初はそれしかなかった。四人のまま、何も変わらず、ずっと続けばいいと思っていた。でもレンは辞め、俺が歌い、シズクは別のバンドでも弾き、ヒロキは相変わらずだるそうで、ミョンは消えたり戻ったりする。
何ひとつ、最初に想像した通りではない。
「……願うことないな」
思わず言った。
続いてほしい。
それは思う。
でも。
神様に頼むことではない気がした。
続けたいなら。
俺たちが続ければいい。
だから。
「ありがとうございました」
それだけ言った。
手を下ろす。
◇
小さな社へ行く。
コンビニで買ってきた赤い袋。
「これ」
置く。
「一応」
返事はない。
「配信もした」
「ライブもやってる」
「新曲も作ってる」
静か。
「レンも来た」
風が吹く。
「三人で続いてる」
少しだけ待つ。
「だから」
社を見る。
「もう心配すんな」
自分で言って。
笑った。
「逆か」
心配していたのは。
たぶんずっと俺だった。
「じゃあ」
立ち上がる。
「またな」
歩く。
鳥居へ。
一度も振り返らない。
今日は。
声も。
鈴も。
聞こえなかった。
それでもいいと思った。
鳥居を出る。
一歩。
二歩。
「アキ」
止まった。
振り返る。
ミョンがいた。
鳥居の下。
いつもの服。
いつもの顔。
「……お前」
「なんじゃ」
「いるなら最初から出てこいよ!」
「今来た」
「嘘つけ」
「本当じゃ」
「菓子置いた瞬間からいたんじゃないの?」
「知らぬ」
「絶対そうだろ」
ミョンが俺の横まで来る。
「一つだけか?」
「何が」
「菓子」
「……一つ」
「もう一つは?」
「ない」
「なぜじゃ!」
「何で二つ前提なんだよ!」
「久しぶりなのに!」
「だから一袋買っただろ!」
「足りぬ!」
「知らねえよ!」
ミョンが不満そうな顔をする。
俺は笑った。
「何じゃ」
「いや」
「何がおかしい」
「別に」
「嘘じゃ」
「うるせえ」
歩き出す。
ミョンもついてくる。
「コンビニ」
「行かない」
「行く」
「帰る」
「途中にある」
「知ってる」
「では寄れ」
「嫌だ」
「けち」
「お前それしか言えないの?」
「ダサい」
「何が」
「雨音クラブ」
「今関係ないだろ!」
「ずっと思っておる」
「もう変えねえよ」
「知っておる」
ミョンが笑う。
「似合っておるからな」
「……」
「何じゃ」
「いや」
前を見る。
「それ、最初に言えよ」
「最初は本当にダサいと思った」
「今もダサいって言っただろ」
「ダサいものはダサい」
「どっちだよ!」
夜道には、ミョンの声と俺の声、遠くの車、足音が混ざっていた。
雨音クラブは四人には戻らない。これからも曲もメンバーも、俺自身も変わっていくのだと思う。
「アキ」
「何」
「菓子」
「まだ言ってんの?」
「赤いやつ」
「一袋置いた!」
「もう食べた」
「早っ!」
「もう一つ」
「ない!」
「買え!」
「神様が命令すんな!」
「神とは言っておらぬ!」
「もう無理あるだろ!」
ミョンが笑う。
俺も笑う。
結局。
コンビニへ向かった。
解散しませんように。
あの日は、それだけを願った。願いは思っていた形では叶わなかった。
それでも、雨音クラブは今日もまだ鳴っている。
――第一部・完――




