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『追放された全属性魔法使い、実は料理が最強でした ~奈落の深谷で“おいしい魔法”を極めたら、世界がひっくり返った件~』

作者:かおるこ
最終エピソード掲載日:2026/05/19
奈落の底に、
小さな火が灯っていた。

誰にも期待されず、
誰にも必要とされず、
「無能」と呼ばれた少女は、
冷えた両手で鍋を抱く。

ことこと。
ことこと。

弱すぎると笑われた火は、
けれど優しかった。

荒れた肉をほぐし、
濁った水を澄ませ、
苦い野草から毒だけを取り除く。

壊すことはできなくても、
救うことならできた。

湯気が立つ。
深い谷の闇へ、静かに溶けていく。

その香りに、
古き竜が目を覚ます。

「……うまい」

たった一言。
けれどその言葉は、
少女の凍えた心を溶かした。

強い火はいらない。
世界を焼く力もいらない。

必要なのは、
焦がさない温度。
誰かを想う手。
丁寧に、生きること。

やがて谷には灯りが増える。

追放された者。
傷ついた者。
居場所をなくした者。

みんな同じ食卓を囲み、
温かなスープに頬を緩める。

奈落だった場所は、
いつしか“帰る場所”になった。

少女は今日も、
エプロンの紐を結ぶ。

湯気の向こうで、
黒竜が待っている。

「リーネ、次の飯はまだか?」

少女は笑う。

世界でいちばん優しい火を、
フライパンへ灯しながら。

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