第五話 黄金炒飯
第五話 黄金炒飯
「リーネ」
「はい?」
「腹が減った」
「さっき食べましたよね?」
「減った」
真顔だった。
深谷の朝靄の中、アッシュは岩へ座り込みながら真剣な顔で頷く。
リーネは呆れたように息を吐いた。
「竜って燃費どうなってるんですか……」
「知らん」
「知らないんですか」
「気づいたら腹が減る」
「赤ちゃんですか?」
「なんだそれは」
リーネは笑った。
洞窟で暮らし始めて数日。
最初は恐ろしかった古竜も、今ではすっかり“大食いでちょっと面倒な同居人”になっていた。
もちろん強い。
とんでもなく強い。
昨日も巨大な魔獣を片手で吹き飛ばしていた。
なのに。
「飯」
「はいはい、今作りますから」
食べ物が絡むと、急に子供みたいになる。
そのギャップが少し面白かった。
リーネは背負い籠を抱え、洞窟の外へ出る。
深谷の朝は冷たい。
岩肌を撫でる風には湿った土の匂いが混じっていた。遠くでは見たこともない鳥の鳴き声が響いている。
深谷は恐ろしい場所だ。
けれど同時に、美しかった。
地上では見られない植物。
青白く光る苔。
魔力を含んで淡く発光する花。
その中を歩いていると、ふとリーネの足が止まる。
「あれ……?」
岩陰に、小さな穂が揺れていた。
白銀色。
朝露を受けて、きらきら光っている。
リーネは目を見開いた。
「うそ……」
駆け寄る。
そっと穂を撫でる。
指先へ、濃密な魔力が伝わってきた。
「アビス・ライス……!」
伝説級の魔力米だ。
地上では絶滅したと言われている幻の穀物。
一粒だけでも高級魔石並みの価値がある。
「なんでこんなところに……!」
興奮しながら周囲を見る。
ある。
こっちにも。
あっちにも。
谷の一角一面に、白銀の稲穂が広がっていた。
風が吹くたび、さらさらと優しい音を立てる。
リーネの胸が高鳴る。
「すごい……」
その時だった。
茂みが大きく揺れる。
グルルルルル……!!
巨大な魔獣が飛び出した。
牙だらけの口。
真っ赤な目。
全身を黒い毛に覆われた熊型魔獣だ。
「ひっ!?」
リーネが後ずさる。
魔獣が飛びかかった。
だが次の瞬間。
ごっ。
鈍い音とともに、魔獣の姿が消えた。
遥か遠くの岩壁へ突き刺さる。
土煙が舞った。
リーネはぽかんと口を開ける。
「……え?」
隣では、アッシュが指を軽く払っていた。
「邪魔だった」
「デコピンで!?」
「弱いな」
「基準がおかしいんですよ!」
アッシュは興味なさそうに魔獣を見たあと、籠の中を覗き込む。
「それ、食えるのか」
「食べられます!」
「うまいか」
「最高に美味しくできます!」
その瞬間、アッシュの目が輝いた。
「採るぞ」
「急にやる気がすごい」
結局。
二人は夢中で稲を収穫した。
洞窟へ戻る頃には、籠いっぱいのアビス・ライスが積まれていた。
さらに途中で見つけた霊鳥の卵まである。
アッシュが腕を組む。
「で、何を作る」
リーネは少し考え――にやりと笑った。
「炒飯です!」
「ちゃーはん?」
「お米料理の王様です!」
「ほう」
アッシュは期待に満ちた顔で頷いた。
その顔が完全に“餌を待つ大型犬”で、リーネはちょっと笑ってしまう。
まず米を炊く。
アビス・ライスは炊き上がった瞬間、甘い香りを放った。
つやつや光る白銀色の粒。
湯気だけでお腹が空きそうだ。
「うわぁ……」
リーネは感動しながら米をほぐす。
その間に、石鍋を用意。
【地】魔法で形を整え、【火】で一気に熱する。
ごおっ、と炎が鍋底を包んだ。
熱い。
だが、この瞬間が好きだった。
鍋へ油を落とす。
じゅわり、と音が鳴る。
そこへ卵を投入。
鮮やかな黄金色が広がった。
次の瞬間、米を入れる。
リーネの目が真剣になる。
【風】。
ふわり、と鍋の中で空気が踊った。
米粒が舞う。
一粒一粒が離れ、黄金の卵を纏っていく。
アッシュが目を見開いた。
「浮いてる」
「風で持ち上げてるんです」
リーネは鍋を振る。
カンカン、と心地よい音が響く。
香ばしい匂い。
卵の甘い香り。
米が焼ける音。
すべてが混ざり合い、洞窟いっぱいへ広がっていく。
アッシュの喉が鳴った。
「まだか」
「まだです!」
「遅い」
「炒飯はスピードと火加減が命なんです!」
リーネは集中していた。
火を入れすぎれば硬くなる。
弱すぎれば香りが出ない。
だから一瞬。
ほんの一瞬だけ、極限まで火力を上げる。
ぱあっ、と鍋の中で黄金色の火花が散った。
最後に塩をひとつまみ。
香草をぱらり。
完成。
皿へ盛られた炒飯は、まるで黄金そのものだった。
湯気が立ち上る。
香ばしく、優しい匂い。
アッシュは無言で匙を掴んだ。
一口。
その瞬間。
ぴたり、と動きが止まる。
「……アッシュさん?」
返事がない。
ただ静かに、肩が震えていた。
ぽろり。
雫が落ちる。
リーネはぎょっとした。
「えっ!? なんで泣いてるんですか!?」
「知らん……」
アッシュが震える声で呟く。
「うますぎる……」
「炒飯で!?」
「米が……っ」
さらに一口。
「なんだこれは……!」
アッシュは本気で泣きながら食べ始めた。
匙が止まらない。
ぱくぱくぱくぱく食べ続ける。
「うまい」
「香りがやばい」
「米が消える」
「卵が甘い」
「なんだこの食感は……!」
完全に理性が飛んでいる。
リーネは目を丸くしたあと、とうとう吹き出した。
「あははっ!」
「笑うな!」
「だって炒飯でそんな感動する人初めて見ました!」
「仕方ないだろう!」
アッシュは真剣だった。
「これは危険な食い物だ」
「危険?」
「永遠に食える」
「それは嬉しいですけど!」
アッシュは夢中で炒飯を頬張る。
その幸せそうな顔を見ていると、リーネの胸まで温かくなった。
こんなふうに。
誰かが美味しそうに食べてくれる。
それだけで、こんなに嬉しいなんて。
リーネはそっと笑う。
深谷の冷たい風の中。
洞窟の中だけは、今日も温かかった。




