第十話 食の都アビス
第十話 食の都アビス
「元S級パーティー『暁の牙』――ギルド資格剥奪を正式決定する」
冷たい声が、王都ギルドへ響いた。
ルファスは顔を引きつらせる。
「……は?」
高い天井。
白い石造りの大広間。
そこに並ぶギルド幹部たちの目は、ひどく冷たかった。
机の上には、大量の報告書が積まれている。
辺境村からの証言。
調査書。
過去の遠征記録。
その全てに、同じ名前が記されていた。
――リーネ。
ギルド長が重々しく口を開く。
「長年、お前たちの生活維持、結界管理、食料浄化、野営支援を彼女一人が担っていたことが判明した」
ルファスの顔が歪む。
「そ、それは……!」
「さらに」
書類が机へ叩きつけられる。
「危険地帯への故意の追放。殺害未遂に相当する」
空気が凍る。
ガドが青ざめた。
クラリスは俯いたまま動かない。
以前の美しい光魔力は、もう感じられなかった。
ギルド長は冷たく告げる。
「よって、お前たちは冒険者資格を永久剥奪。鉱山労役送りとする」
「ふざけんな!!」
ルファスが机を叩いた。
「俺は勇者だぞ!?」
「違う」
ギルド長の声は鋭かった。
「お前は、仲間一人の価値すら理解できなかった愚か者だ」
その瞬間。
ルファスの脳裏へ、リーネの背中が浮かぶ。
焚き火の前。
鍋を混ぜながら笑う姿。
『火、強すぎますよ』
『お肉硬くなっちゃいます』
『みなさん疲れてるので、今日はスープ多めにしておきますね』
当たり前みたいにそこにいた。
失ってから、初めて気づいた。
だがもう遅い。
衛兵たちが近づく。
鎖の音が響いた。
ルファスは何かを叫んでいたが、その声はもう誰にも届かなかった。
一方その頃。
奈落の深谷は、かつての“死の谷”とは別の場所へ変わっていた。
谷の入口には大きな木造の門が建ち、その上には看板が掲げられている。
『食の都アビス』
湯気と香りが風へ混ざっていた。
焼き立てのパン。
香草スープ。
炙り肉。
甘い果実。
石畳の通りには、人が溢れている。
冒険者。
商人。
旅人。
貴族。
さらには、行き場をなくした孤児や、追放された職人たちまでいた。
みんな笑っている。
長い木の食卓を囲み、温かな料理を食べている。
「おかわり!」
「こっち肉追加だ!」
「焼きたてきたぞー!」
活気があった。
あの冷たかった深谷には、もう見えない景色だった。
広場の中央に建つ大きな食堂。
そこが、この街の中心だった。
厨房からは、今日も景気のいい音が響いている。
じゅううううっ!
フライパンから炎が上がる。
「ミーナちゃん、火強い!」
「ふぇっ!?」
慌てる少女へ、リーネが笑いながら駆け寄った。
「もっと優しくです!」
「は、はいっ!」
ミーナは真剣な顔でフライパンを振る。
以前は病気で痩せ細っていた少女も、今では頬を赤くしながら元気いっぱい働いていた。
「リーネお姉ちゃん! 次どうするの!?」
「一回火止めて、お米休ませましょう!」
「お米休むんだ!?」
「休みます!」
ミーナは「おおー!」と目を輝かせる。
その様子を見て、周囲の料理人たちが笑った。
厨房は戦場みたいに忙しい。
だが不思議と、誰も怒鳴らない。
漂うのは、温かな熱気と美味しそうな匂いばかりだった。
奥の席では、アッシュが腕を組んで座っている。
既に大量の皿が積み上がっていた。
「リーネ」
「はい?」
「肉」
「さっき食べましたよね?」
「もうない」
「ありますよ!」
「足りない」
真顔だった。
リーネは呆れながら笑う。
「ほんとよく食べますね……」
「働いているからな」
「今日は昼寝しかしてませんよね?」
「精神的に働いた」
「便利ですねその言葉!」
厨房に笑い声が広がる。
その時。
店の扉が開いた。
疲れた顔の旅人が入ってくる。
服はぼろぼろ。
痩せている。
不安そうな目で周囲を見回していた。
昔のリーネみたいだった。
リーネはすぐに笑顔で駆け寄る。
「いらっしゃいませ!」
旅人が戸惑う。
「あ……」
「温かいご飯、ありますよ」
その一言だけで、旅人の目がじわりと潤んだ。
席へ案内する。
湯気の立つスープを置く。
香草と肉の香りが、ふわりと広がった。
旅人は震える手で匙を持つ。
一口。
その瞬間、顔が崩れた。
「……あったかい」
ぽろり、と涙が落ちる。
リーネは優しく笑った。
その光景を見ながら、アッシュが満足そうに頷く。
「増えたな」
「え?」
「笑うやつ」
リーネは少しきょとんとしたあと、静かに周囲を見回した。
笑い声。
湯気。
料理の匂い。
温かな食卓。
昔、自分には何もないと思っていた。
火力もない。
才能もない。
価値もない。
そう思っていた。
けれど違った。
弱い火だからこそ、できることがあった。
壊さない火。
焦がさない火。
誰かを温める火。
それが、自分の魔法だった。
リーネはエプロンの紐を結び直す。
そして、大きな鍋を握った。
湯気が立ち昇る。
「さて!」
水色の瞳が、楽しそうに細められる。
「今日は何を作ろうかな!」
その声に、厨房中が明るく笑った。




