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第七話 再会

第七話 再会


冷たい風が吹いていた。


深谷へ続く山道を、ルファスたちは重い足取りで進んでいく。


「はぁ……はぁ……」


戦士ガドが肩で息をする。


「まだ着かねぇのかよ……」


「うるさいですわね……」


クラリスも顔色が悪かった。


以前なら、この程度の山道で息が上がることなどなかった。


だが今は違う。


身体が重い。


足が鈍い。


何より――腹が減る。


食べても満たされない。


そして食べるたびに気分が悪くなる。


最悪だった。


ルファスは苛立ったように舌打ちする。


「クソみてぇな依頼だぜ……」


王都ギルドから押し付けられた『奈落の深谷調査任務』。


本来なら国選級の依頼だ。


かつての『暁の牙』なら、誇らしい大任だっただろう。


だが今の彼らに回ってきた理由は単純だ。


落ちぶれたからだ。


最近の失敗続きで評価は急落。


以前なら簡単に倒せた魔獣相手にも苦戦する。


その原因を、ルファスたちはまだ理解していなかった。


「……臭ぇ」


ルファスが顔をしかめる。


自分たちの装備から、嫌な汗臭さが漂っていた。


保存食も腐りかけている。


鎧の手入れも雑になった。


以前はこんなことなかった。


――リーネがいた頃は。


その名前が脳裏をよぎった瞬間、ルファスは乱暴に頭を振る。


「チッ……」


気に入らない。


最近、やたらと思い出す。


朝起きれば湯気の立つスープがあった。


野営地はいつも清潔だった。


水は冷えていて、肉は臭くなかった。


当たり前だと思っていた。


いや。


考えたことすらなかった。


「ルファス様」


クラリスが不機嫌そうに声をかける。


「もうすぐ村があるそうですわ」


「あぁ?」


「深谷の入り口近くの寒村です。そこで補給できますでしょう」


「飯か……」


途端に全員の目つきが変わった。


空腹。


それだけで、みんな苛立っている。


ガドがぼそりと呟く。


「まともな飯、食いてぇ……」


誰も否定しなかった。


やがて山道を抜け、小さな村が見えてくる。


以前は貧しく寂れた村だったはずだ。


だが。


「……なんだ?」


ルファスは眉を寄せた。


煙が上がっている。


しかも、いい匂いだ。


香ばしい肉の香り。


炊きたての米の甘い匂い。


温かなスープの匂い。


その瞬間。


ぐううううう……!!


パーティーメンバー全員の腹が同時に鳴った。


「くっそ……!」


ガドが顔を押さえる。


クラリスまで唾を飲み込んでいた。


匂いだけで分かる。


美味い。


それも、とんでもなく。


ルファスたちは吸い寄せられるように村へ入った。


すると。


「おかわりー!」


「こっちのお肉も焼けたぞー!」


「リーネちゃん! 鍋手伝うよ!」


活気だった。


あの死にかけていた村とは思えない。


子供たちは笑いながら走り回り、大人たちも明るい顔で働いている。


村の中心では、大きな鍋から湯気が立ち昇っていた。


その前に立つ少女を見た瞬間。


ルファスの目が見開かれる。


「……は?」


淡い金髪。


優しい水色の瞳。


小柄な身体で鍋を混ぜながら、楽しそうに笑っている。


見間違えるはずがない。


「リーネ……?」


少女が顔を上げる。


そして、ぱちぱちと瞬きをした。


「あ」


空気が止まった。


リーネは少し驚いた顔をしたあと、ぺこりと頭を下げる。


「お久しぶりです、ルファスさん」


あまりにも普通の挨拶だった。


まるで昨日ぶりみたいな口調。


だがルファスの頭は真っ白になる。


なんで生きてる。


奈落の深谷だぞ。


落ちれば死ぬはずだ。


なのに。


リーネは、以前よりずっと生き生きして見えた。


頬には血色があり、表情も明るい。


しかも。


その隣に座っていた男が、ゆっくり顔を上げる。


黒髪。


金色の瞳。


圧倒的な威圧感。


その瞬間、空気が変わった。


ガドの顔色が青ざめる。


クラリスが息を呑む。


本能が理解していた。


“格が違う”と。


男は無言で肉を頬張りながら、じろりとルファスたちを見る。


「……誰だ」


低い声だけで空気が震えた。


リーネが慌てて紹介する。


「あっ、えっと、昔のパーティーメンバーで」


「ふぅん」


興味なさそうだった。


そして次の瞬間。


アッシュは再び肉へ視線を戻した。


「リーネ、次」


「はいはい、今焼きますから」


完全に夫婦みたいな空気だった。


ルファスのこめかみに青筋が浮かぶ。


「お、お前……!」


声が裏返る。


「なんで無能のお前がこんなところにいる!?」


村の空気がぴたりと止まった。


次の瞬間。


村人たちの顔色が変わる。


「無能だと?」


「リーネちゃんを!?」


「ふざけんな!」


怒号が飛んだ。


ルファスはぎょっとする。


村長ガルドが前へ出た。


「この子がどれだけ村を救ってくれたと思ってる!」


「病人も畑も全部立て直してくれたんだぞ!」


「リーネちゃんは聖女様だ!」


ルファスは呆然とした。


聖女?


こいつが?


火力ゼロの落ちこぼれが?


信じられない。


その時、リーネが困ったように笑った。


「え、えっと……聖女は大げさですよ」


「大げさじゃねぇ!」


「そうだそうだ!」


「飯もうまいし!」


「そこですか!?」


村人たちが笑う。


その中心で、リーネも笑っていた。


ルファスは胸の奥がざわつくのを感じた。


なんだそれ。


どうして。


どうして、そんな顔ができる。


あの時。


崖から落ちていく時。


泣きそうな顔をしていたくせに。


クラリスがぎり、と唇を噛む。


彼女の視線は、リーネではなくアッシュへ向いていた。


圧倒的な魔力。


美しい容姿。


そして、リーネへ向ける自然な信頼。


クラリスの胸に、黒い嫉妬が渦巻く。


「……なによ」


面白くなかった。


どうして、追放されたはずの少女が。


自分たちより幸せそうなのか。


その時だった。


じゅううううっ!


肉が焼ける音が響く。


リーネが鉄板の上で肉を返した。


香ばしい匂いが一気に広がる。


全員の腹が鳴った。


アッシュが肉を頬張りながら言う。


「リーネ」


「はい?」


「こいつら、腹を空かせているぞ」


「見れば分かります」


「やつれている」


「……ですね」


ルファスは顔をしかめた。


まるで憐れまれているみたいだった。


その事実が、無性に腹立たしかった。



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