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家の中にいる音

作者:伊丹 宝
最終エピソード掲載日:2026/07/07
その家では、最初から少しだけ“音”がおかしかった。

皿が置かれる音が、なぜか二度鳴る。階段を上る足音が、ほんの少し遅れて重なる。誰もいないはずの場所から、生活の気配だけが続いていく。

高校生の結衣は、その違和感を「気のせい」だと思おうとしていた。穏やかな父、口うるさいが優しい母、少しやんちゃな弟。どこにでもあるはずの家族と、どこにでもあるはずの日常。けれどその家は、少しずつ“揃っていく”。

音が遅れず、重なり、先に起きるようになり、やがて家族の動きそのものが「同じ形を繰り返すもの」へと変わっていく。やがて結衣は気づく。この家では、何かが壊れているのではない。むしろ逆に—…すべてが“正しく揃おうとしている”。

町内放送のような声は、家の中の出来事を先に告げるようになり、時間は1日を何度も重ね始める。同じ人物が、わずかにズレながら同時に存在し、「どれが本当の自分か」という問いすら意味を失っていく。

そして家は宣言する。“同調”を行う、と。

その過程で、弟は揃えられ、家族は一つの形へと整えられていく。ただひとり、結衣だけが「未確定」として残される。同調の完了とともに、家は静けさを取り戻す。しかしそれは終わりではなく、すべてが整っただけの世界だった。

結衣は家を出る。そのとき、五階のベランダに立つ“誰か”が手を振っているのを見た。それは恐怖ではなかった。
むしろ、そこにいることが当然のような、穏やかな存在だった。

音が壊したのではない。音は、最初からそこにあるものを「揃えただけ」だった。そして今もその家は、誰かを待っている。揃うために。あるいは、揃わないままでいられる誰かのために。
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