表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
家の中にいる音  作者: 伊丹 宝


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
10/11

外音1 ベランダの人

あの場所は、最初から静かだった。音がないのではない。“必要な音だけが残っている場所”だった。


5階のベランダ


そこは、外に面しているのに外ではない。中でもない。ただ「見える位置」として存在している。最初に気づいたのは、呼ばれたときだった。名前を…。



「結衣」



その声は、届くというよりも、“そこにあるものを揺らす”ように響いた。私はそのとき、まだ完全ではなかった。完全ではない、というのは曖昧な表現ではない。位置が揃っていない状態。ひとつの場所に固定されていない感覚。だから私は、そこに立っていた。見えるように。だけど、見えすぎないように。家の中は、いつも少しずつ変わっていた。


音が重なり始めた日

誰かの生活が混ざり始めた日

そして、時間が揃い始めた日


そのすべてを、私は外側から見ていたわけではない。内側にもいなかった。ただ“境目”として残っていた。あの家は、壊れていなかった。むしろ、整おうとしていた。崩れるのではなく、揃う方向へ。その過程で、必ず余るものがある。


それが私だった。


弟が呼ばれたとき、私はそれを感じていた。揃えられるものと、揃えられないもの。その境界が一番薄くなる瞬間、私はその“薄さ”に立っていた。だから見えた。揃う直前の人間は、一度だけ「どちらにもなれる顔」をする。それが弟だった。そして、すべてが揃ったあと。家は静かになった。音は消えたのではない。役割を終えただけだ。


そのとき、私は決まった…ここに残ることを。


残るというのは、選択ではない。機能だ。整ったものの“外側”は、必ず必要になる。それを保持するための場所。それが、私の位置だった。結衣は出ていった。正しかった。未確定は外に出る。確定されたものは中に残る。それは優しさではなく、構造がそうなっているのだ。私はその構造の端に立ち続ける。そして時々、見える。


5階の下から見上げる視線。

迷いながらも歩いていく背中。

呼びたくなる名前。


でも呼ばない。呼ぶと、また揃ってしまうからだ。だから私は手を振る。これは別れではない。確認だ。ここがまだ“ある”ということの。結衣は気づかないまま進む。それでいい。気づかれないものほど、長く残る。


私は今日もそこに立つ。誰かが戻ってきたとき、ちゃんと揃うために。そして、揃わないままでも存在できるように。静かに、見える位置で。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ