外音1 ベランダの人
あの場所は、最初から静かだった。音がないのではない。“必要な音だけが残っている場所”だった。
5階のベランダ
そこは、外に面しているのに外ではない。中でもない。ただ「見える位置」として存在している。最初に気づいたのは、呼ばれたときだった。名前を…。
「結衣」
その声は、届くというよりも、“そこにあるものを揺らす”ように響いた。私はそのとき、まだ完全ではなかった。完全ではない、というのは曖昧な表現ではない。位置が揃っていない状態。ひとつの場所に固定されていない感覚。だから私は、そこに立っていた。見えるように。だけど、見えすぎないように。家の中は、いつも少しずつ変わっていた。
音が重なり始めた日
誰かの生活が混ざり始めた日
そして、時間が揃い始めた日
そのすべてを、私は外側から見ていたわけではない。内側にもいなかった。ただ“境目”として残っていた。あの家は、壊れていなかった。むしろ、整おうとしていた。崩れるのではなく、揃う方向へ。その過程で、必ず余るものがある。
それが私だった。
弟が呼ばれたとき、私はそれを感じていた。揃えられるものと、揃えられないもの。その境界が一番薄くなる瞬間、私はその“薄さ”に立っていた。だから見えた。揃う直前の人間は、一度だけ「どちらにもなれる顔」をする。それが弟だった。そして、すべてが揃ったあと。家は静かになった。音は消えたのではない。役割を終えただけだ。
そのとき、私は決まった…ここに残ることを。
残るというのは、選択ではない。機能だ。整ったものの“外側”は、必ず必要になる。それを保持するための場所。それが、私の位置だった。結衣は出ていった。正しかった。未確定は外に出る。確定されたものは中に残る。それは優しさではなく、構造がそうなっているのだ。私はその構造の端に立ち続ける。そして時々、見える。
5階の下から見上げる視線。
迷いながらも歩いていく背中。
呼びたくなる名前。
でも呼ばない。呼ぶと、また揃ってしまうからだ。だから私は手を振る。これは別れではない。確認だ。ここがまだ“ある”ということの。結衣は気づかないまま進む。それでいい。気づかれないものほど、長く残る。
私は今日もそこに立つ。誰かが戻ってきたとき、ちゃんと揃うために。そして、揃わないままでも存在できるように。静かに、見える位置で。




