その仕事に合う五人
翌日、六人は昨日の打ち合わせで候補に挙がっていた依頼票を、もう一度卓の上に並べていた。
南東の鉱山都市周辺での護衛と巡回支援。北部街道の砦を拠点にした魔物調査。そして王都西方の森林地帯で行われる古い境界標の再調査。昨日の時点では持ち帰って考えることにした三件だが、一晩経ったからといって条件が変わったわけではない。一件目だけが六人まで参加でき、残る二件は五人まで。さらにその後ろには、直轄の長期派遣登録と「基準となる五人」の話が控えている。
エリオは三枚の依頼票を順番に見たあと、あえて口を出さずにほかの五人を見た。昨日までなら、六人で行ける鉱山都市の依頼を選べば問題は先送りできると思ったかもしれない。実際、それを選ぶこと自体は何も悪くない。ただ、「六人で行けるから」という理由だけで仕事を決め始めれば、今度は人数の方が依頼内容より先に来る。それが正しいのかは、まだ分からなかった。
「俺は二つ目が気になる」
最初に言ったのはシリルだった。
「五人の?」
リーナが聞く。
「人数じゃなくて、内容。北部街道の砦って、去年から周辺の地図を更新してるところだろ。新しい道も増えたって聞いた」
「また地面見るの?」
「仕事だからな」
「北東部から帰ってきたばっかりなのに」
「嫌とは言ってない」
フィーナは三枚目の依頼票を手元へ引いた。
「私はこれ。古い境界標なら、魔術式が残ってる可能性ある」
「残ってるって書いてないぞ」
セドリックが言う。
「だから調べるんでしょ」
「目的は位置確認と破損状況の記録だ」
「ついでに見ればいい」
「壊すなよ」
「壊さない」
バルガスは一枚目を見ていた。
「鉱山都市は護衛が多いな」
「ああ。採掘場と街の間を巡回しながら、運搬隊について回る仕事らしい」
「六人必要なのか?」
「上限が六人なだけだ。四人以上なら受けられる」
そこで会話が一度止まった。
六人まで。
その数字が、昨日までより目につく。
「エリオは?」
セドリックに聞かれ、エリオは三枚をもう一度見た。
「内容なら三つ目」
フィーナが顔を上げる。
「境界標?」
「うん。古い石が地面の中で割れてたりしたら、音で分かるかもしれないから」
「私と同じ」
「理由は違うけどね」
「でも五人だよ」
リーナの言葉に、エリオは頷いた。
「分かってる」
以前なら、その条件を見た時点で選択肢から外したかもしれない。あるいは、自分が行かない前提で話を進めたかもしれない。しかし今は、行きたい依頼を聞かれたから答えただけだった。
「五人だからやめる必要はないと思う」
エリオが言うと、セドリックは何も挟まず続きを待った。
「誰が行くかは、そのあと考えればいい。六人で行ける仕事だけ選んでたら、たぶんずっと同じことになるし」
「俺もそれでいいと思う」
シリルが言った。
「ただし俺は二つ目」
「それは分かった」
「じゃあ多数決?」
「依頼を多数決で決めるな」
セドリックが止める。
「条件も見てからだ。期間も開始日も違う」
六人は改めて三件の詳細を確認した。
鉱山都市は七日から十日。開始は最短でも十日後で、六人全員で参加できる。北部街道は十二日から十五日で、五人制。境界標の再調査は五日間と短いが、こちらも五人までだった。
危険度だけなら、どれも極端な差はない。ただし境界標の調査は、戦闘より記録と探索の比重が高く、護衛対象もいない。
「これ、エリオ向きじゃない?」
リーナが言った。
「俺もそう思う」
セドリックが答える。
エリオは少し驚いて顔を上げた。
「昨日の標準編成なら、僕入ってないけど」
「昨日の標準編成は北東部の長期派遣で実績がある五人だ。今回の依頼に最適な五人って意味じゃない」
「そうだけど」
「だから分けて考える」
セドリックは境界標の依頼票を指で押さえた。
「古い構造物の調査なら、エリオとフィーナは入れたい。周辺探索にはシリルも必要だろう。残り二人をどうするかだ」
そこで初めて、エリオは自分が五人の側へ数えられていることに気づいた。
北東部のときとは逆だった。
誰かが外れる。
その誰かが、今回は自分ではないかもしれない。
◇
話し合いの結果、境界標の再調査を第一候補として詳しい説明を聞くことになった。
管理担当の職員が持ってきた地図には、王都西方の森林を南北に走る古い境界線と、その上に並ぶ十二か所の印が記されていた。現在の行政区分ではほとんど意味を持たない境界だが、土地の管理記録を更新するため、標石が現存しているか確認する必要があるらしい。
「基本的には位置確認、破損状況の記録、それから周囲の安全確認です。倒れている場合も、勝手に起こさないでください」
「なんで?」
フィーナが聞く。
「地下の基礎まで破損している可能性があります。位置を動かすと記録とずれますので」
「魔術式が残ってる可能性は?」
「古いものには簡単な固定術式が使われていたという資料があります。ただ、今回の十二基に残っているかは不明です」
フィーナの表情が少し明るくなる。
「壊すなよ」
シリルが言った。
「壊さないって」
昨日と同じやり取りを聞きながら、エリオは地図を見た。十二基は一直線に並んでいるわけではなく、森の地形に沿って少しずつ位置がずれている。道から外れる場所も多く、移動だけでもそれなりに時間がかかりそうだった。
「五人までなのは?」
セドリックが聞く。
「今回は調査班が複数入ります。宿泊場所として使う森林管理小屋の収容人数と、各班への物資配分の都合です」
「六人への変更は?」
「できません」
職員は淡々と答えた。
理由も、北東部のときと似ていた。危険だから五人なのではなく、仕事全体を運用する都合で五人になっている。
「それと、この依頼は直轄派遣登録とは別です」
職員が付け加えた。
「今回の参加編成が、そのまま基準編成になるわけではありません。そこは誤解しないでください」
「分かりました」
セドリックが答えた。
説明を聞き終えてから、六人は再び同じ卓へ戻った。
「受ける?」
フィーナが聞く。
「俺は受けてもいいと思う」
セドリックは全員を見る。
「ただし五人だ。先にそこを決める」
エリオは無意識に背筋を伸ばした。
北東部へ行く五人を決めたときは、自分とシリルのどちらが任務に合うかという話になった。今回は少し違う。エリオ、フィーナ、シリルの三人は調査内容との相性がいい。残る二枠を、セドリック、バルガス、リーナから選ぶことになる。
「治療は?」
リーナが聞いた。
「必須条件じゃない。ただ、森に五日入る」
「じゃあいた方がいいね」
「俺もそう思う」
セドリックが頷く。
これで四人。
残り一人。
「バルガスじゃない?」
エリオが言った。
全員がこちらを見る。
「理由は?」
バルガス本人が聞いた。
「標石が倒れてたり、周りが崩れてたりしたら力が必要になるかもしれない。それに、戦闘が起きたとき前を任せられる」
「セドリックは?」
シリルが聞く。
エリオはそこで言葉を止めた。
セドリックがいない五人で動いた経験は、一度だけある。推薦試験の途中、セドリックが「行動不能」に指定されたときだ。あのときは残る五人で判断を分担し、最後まで進むことができた。
「今回、護衛対象はいないし、決められた十二か所を回る仕事だから……セドリックがいなくても、たぶん動ける」
言ってから、少し言い方が悪かった気がした。
「いらないって意味じゃないよ」
「分かってる」
セドリックは笑った。
「俺も同じこと考えてた」
「え?」
「今回なら、俺が外れるのが一番自然だ」
リーナが少し眉を寄せる。
「本当に?」
「ああ。現地で大きな判断が必要になる可能性は低い。調査手順も決まってる。フィーナとエリオは構造物を見るのに向いてるし、シリルは森の移動と位置確認。リーナは五日なら連れていきたい。戦闘を考えればバルガスも必要だ」
「じゃあセドリックだけ留守番?」
「そうなるな」
シリルが少し笑った。
「勇者候補のパーティなのに勇者候補置いてくの?」
「依頼に必要ならな」
「管理側、嫌がらない?」
「確認する」
セドリックは本当にその場で立ち上がり、受付へ向かった。
エリオはその背中を見送った。
妙な感覚だった。
北東部へ五人が出たとき、自分は残った。そのときは、五人の中に入らないことばかり考えていた。
今度はセドリックが残る。
それでもパーティが壊れるわけではない。
誰か一人が残ることと、その人が必要ではないことは違う。
頭ではもう分かっていたはずなのに、自分以外の誰かが実際にその位置へ入ると、意味が少し変わって見えた。
◇
「問題ないって」
戻ってきたセドリックが言った。
「本当に?」
フィーナが聞く。
「ああ。推薦任務でもないし、俺の参加は条件じゃない。ただし、現地で予定外のことが起きた場合の判断責任者を一人決めておけって」
五人の視線が一斉に動いた。
「俺じゃないぞ」
シリルが先に言う。
「まだ誰も言ってない」
「先に断っとく」
「フィーナは?」
リーナが聞く。
「嫌」
「早いな」
「調査の判断ならする。でも全体は嫌」
バルガスは何も言わなかった。
その沈黙がかえって危険だったのか、シリルが横を見る。
「バルガス?」
「できなくはない」
「やる?」
「必要なら」
「じゃあ決まり」
「待て」
セドリックが笑いながら止めた。
「役割を一人に全部乗せる必要はない。現地側が欲しいのは、何かあったとき誰が最終判断するかだけだ」
「それならバルガスでいいんじゃない?」
フィーナが言う。
「一番変なことしなさそう」
「どういう評価だ」
「褒めてる」
結局、現地での責任者はバルガスになった。
ただし、移動経路はシリル、構造物についてはフィーナとエリオ、負傷や撤退判断にはリーナの意見を優先する。セドリックが普段一人でやっていることをそのまま誰かへ移すのではなく、必要な判断を分けたうえで、最後にまとめる役だけをバルガスが持つことになった。
「前にもやったね、これ」
エリオが言う。
「推薦試験のときか」
「うん」
「あのときよりは楽だろ」
シリルが言った。
「今回は最初から分かってるし」
その通りだった。
前回は突然セドリックが動けなくなり、残った五人がその場で形を作った。今回は準備する時間がある。地図もあり、依頼内容も分かっている。
「出発は三日後だ」
セドリックが言う。
「準備で必要なものがあれば今日中に出してくれ。俺も確認する」
「留守番なのに?」
シリルが言う。
「出発までは俺もいる」
「帰ってくるまで休んでていいのに」
「お前らがちゃんと帰ってきたらな」
「心配?」
「するだろ」
セドリックは当然のように答えた。
その言い方に、エリオは少しだけ笑った。
◇
話し合いが終わったあと、エリオは依頼票に記入された参加者名を見た。
エリオ・アルディス。
フィーナ。
バルガス。
シリル。
リーナ・フェル。
セドリックの名前はない。
北東部の任務票では、自分の名前がなかった。
今度は逆になっただけだ。
それでも二枚の紙が、まったく同じ意味には見えなかった。
今回セドリックが外れたからといって、次の依頼でも外れるとは誰も考えていない。戻ればまた六人で仕事をするし、必要な依頼なら当然セドリックが入る。
なら、本来は自分だって同じだったはずだ。
一度五人から外れたことと、六人の中から外れることは違う。
エリオはようやく、その違いを自分のこととしても少し信じられるようになっていた。
ただ、卓の端にはもう一枚、別の紙が置かれている。
直轄長期派遣登録。
基準となる五人。
補助登録、一名。
今回の五人と、その五人は同じではない。
依頼ごとに入れ替わる一人と、最初から「基準の外」に置かれる一人も、同じではない。
エリオはその紙を見てから、三日後に出る依頼票へ視線を戻した。
今はまだ、六人の中から、その仕事に合う五人を選べている。
それができなくなるときに何が変わるのかは、まだ誰にも分からなかった。




