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音を覚えるだけの外れスキルで追放された俺、失われた古代魔法を全部再生できるらしい  作者: 山吹 ことり
第五章 六人と五つの席

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基準となる五人

 翌朝、六人がギルドへ集まったとき、セドリックは昨日受け取った封書をすでに持っていた。


 エリオが着いたのはいつもとほとんど同じ時間だったが、フィーナとバルガスは先に来ていて、リーナは受付脇の椅子に座りながら薬瓶の中身を確認していた。シリルだけがまだ姿を見せておらず、誰も急かす様子はない。昨日の水路点検を終えたばかりで、今日は朝から決まった依頼が入っているわけでもなかった。


 それでもエリオは、セドリックの手元にある封書が気になった。


 昨日、管理担当から渡された「次回の推薦候補一覧」。セドリックは内容を見たあと、「明日話そう」としか言わなかった。隠すつもりがあるようには見えなかったが、その場では話さなかったということは、少なくとも立ったまま簡単に済ませる内容ではないのだろう。


「シリル、遅いね」


 リーナが瓶の蓋を閉めながら言った。


「来るだろ」


「そういう問題じゃなくて」


「五分なら遅刻じゃない」


 フィーナが言う。


「セドリック基準?」


「私基準」


「じゃあ十分なら?」


「遅刻」


「細かいな」


 そんな話をしているうちに、入口の方から駆け足が聞こえてきた。エリオが振り返るより先に、シリルが扉を開けて入ってくる。


「間に合った」


「間に合ってない」


 リーナが即座に言った。


「まだ始まってないだろ」


「だから?」


「始まる前なら間に合ってる」


「その理屈だと、全員待たせればずっと間に合うことになるけど」


「それは――」


「座れ」


 セドリックが言うと、シリルは反論をやめた。


 六人はギルドの奥にある小さな打ち合わせ卓へ移った。正式な会議室を使うほどではないらしく、周囲ではほかの冒険者たちも依頼票を広げたり、報告書を書いたりしている。特別な話をするには少し騒がしいくらいだったが、その方がエリオには楽だった。


 セドリックは封書から数枚の紙を取り出した。


「昨日来たのは、来月以降の推薦任務候補だ」


「来月?」


 フィーナが紙を覗く。


「ああ。今すぐ決めるものじゃない。管理側が、うちに合いそうなものを先に回してきたらしい」


「何件?」


「三件」


 セドリックは一枚ずつ卓上へ並べた。


 一つ目は、王都から南東へ五日ほどの場所にある鉱山都市周辺での護衛と巡回支援。期間は七日から十日。二つ目は北部街道沿いの小規模な砦を拠点とした魔物調査で、こちらは二週間前後。三つ目は王都西方の森林地帯で行われる古い境界標の再調査だった。


 どれも今まで受けてきた通常依頼より規模が大きいが、北東部の遠征と比べれば、極端に危険そうなものではない。


 エリオは依頼内容より先に、参加条件を見た。


 一件目は六人まで。


 二件目は五人。


 三件目も五人。


「また五人多いな」


 シリルが言った。


「長期派遣はそういう傾向があるって、前に聞いたでしょ」


 フィーナは驚いていない。


「一つ目は六人で行けるけど」


 リーナが南東の鉱山都市の紙を指した。


「ああ」


 セドリックは頷いた。


「ただ、昨日俺が気になったのはそっちじゃない」


 そう言って、三枚の後ろに挟まっていた別紙を出した。


 依頼票ではない。


 上部には管理局の印があり、その下に今回の推薦候補を選定した理由が簡潔に書かれている。エリオは文字を追い、途中で意味を理解した。


 北東部派遣で実績のある標準五名編成について、同種任務では継続運用を推奨する。


 昨日聞いたばかりの言葉が、今度は紙の上に残っていた。


「これか」


 シリルが言った。


「そうだ」


「でも推奨でしょ?」


 リーナが確認する。


「命令じゃない」


「六人で行けるところなら、六人でもいい?」


「いい。最初の鉱山都市の依頼も、六人で希望を出せる」


「じゃあまだ困らなくない?」


 その問いに、セドリックはすぐには答えなかった。


 エリオも同じことを考えていた。三件のうち一件は六人で受けられる。残り二件を無理に選ぶ必要もない。これだけなら、昨日までと何も変わらないように見える。


「下に続きがある」


 フィーナが言った。


 全員の視線が紙の下へ移る。


 推薦実績を重ねたパーティについては、王国直轄の長期派遣登録を申請できる。その場合、任務ごとの人員調整を減らすため、基準となる五名編成をあらかじめ登録することが望ましい。


「望ましい?」


 シリルが読む。


「必須じゃないの?」


「今の段階ではな」


 セドリックは答えた。


「ただし、登録済みの標準編成があるパーティは、直轄任務の選考で優先されることがある」


「要するに、五人決めた方が仕事が来やすいってこと?」


「そうなる」


 リーナが紙を見たまま黙った。


 これは昨日までの「一つの依頼に五人しか入れない」という話とは少し違う。


 依頼ごとに適性を見て一人外れるのなら、その任務に誰が向いているかを考えればいい。北東部ではシリルが必要だったし、水路ではエリオの耳が役に立った。仕事が変われば、必要な人間も変わる。


 けれど、先に五人を決めておくとなれば話は別だった。


「登録しなきゃいいんじゃない?」


 フィーナが言った。


「できる」


 セドリックは否定しなかった。


「今のままでも推薦任務は受けられる。ただ、直轄の長期派遣に進むなら、登録している方が有利になる」


「どれくらい?」


「そこまでは書いてない。管理担当にも確認する」


 バルガスが腕を組んだ。


「いつまでに決める」


「期限はない。そもそも、俺たちはまだ登録申請の資格を取っただけだ。今すぐ出せと言われたわけじゃない」


「なら急ぐ必要はないな」


「ああ」


 セドリックの答えは迷いがなかった。


 エリオは少しだけ息を吐いた。


 その反応に気づいたのか、リーナがこちらを見る。


「エリオ」


「何?」


「また先に考えた?」


「……少し」


「何を?」


「五人なら誰になるか」


 言った瞬間、セドリックが眉を寄せた。


「昨日言っただろ」


「決めてないよ。考えただけ」


「同じようなものだ」


「違うって」


「どこが?」


「昨日よりは違う」


 エリオがそう言うと、フィーナが小さく笑った。


「たぶん本当に少し違う」


「なんでフィーナが判定するんだよ」


「昨日話したから」


「何を?」


「秘密」


「俺も昨日話したぞ」


 シリルが割り込む。


「それも秘密」


「なんでだよ」


 話がずれ始めたところで、セドリックが紙をまとめた。


「とにかく、今日は登録の話を決めない。候補任務も持ち帰る。六人で受けたいものがあるなら、それも含めて考える」


「一つ目なら六人で行けるんだよね」


 リーナが言う。


「ああ」


「じゃあ見てみたい」


「俺も」


 シリルが鉱山都市の依頼票へ手を伸ばす。


 そのときエリオは、少し妙なことに気づいた。


 六人で行ける仕事が一つある。


 それを見つけた瞬間、安心していた。


 以前なら、五人の依頼があること自体をそこまで気にしなかったはずだ。人数制限は依頼の条件でしかなく、自分たちが六人になったのは最近なのだから、合わない仕事があるのも当然だと思えた。


 けれど今は、六人で行ける仕事を探している。


 制度が変わったわけではない。


 自分の見方の方が、少しずつ変わっているらしい。


        ◇


 話し合いを終えたあと、六人はすぐに依頼へ出ず、それぞれ昼まで自由にすることになった。


 セドリックは管理担当へ直轄派遣登録について詳しく聞きに行き、フィーナは昨日買った紙とインクを使うために宿へ戻った。シリルとバルガスは武具の手入れへ行き、リーナは薬草店へ寄ると言う。


 エリオは特に予定がなかった。


 依頼板の前で今日の小仕事でも探そうかと考えていると、受付の職員から声をかけられた。


「エリオさん、中央教会から連絡があります」


「僕に?」


「はい。昨日届いたものです。ヴァーンさんたちが戻ったと聞いて、今日渡すようにと」


 受け取ったのは薄い封書だった。


 差出人は、以前《残響記録》の古い記録を調べてくれた教会の資料担当者になっている。


 エリオはその場で開けず、ギルドの隅にある空いた椅子へ移った。昨日の休みの日には、ラウルとセラの記録を机へ伏せて調べものをやめたばかりだったが、届いたものを読まない理由まではない。


 内容は短かった。


 北東部の古い戸籍記録と教会記録を照合した結果、ラウル・ネイスとセラ・ネイスは同じ家に生まれた姉弟であることが確認された。


 セラが七歳上。


 そこまでは、昨日持ち帰った記録から予想できた範囲だった。


 その次の一文で、エリオは読む速度を落とした。


 セラ・ネイスについて、恩恵鑑定の記録は確認されていない。


「……ない?」


 小さく声が出た。


 鑑定を受けていないという意味なのか、記録そのものが失われたのか。それについても補足があった。


 当時の同じ地域では、八歳前後の鑑定記録が比較的よく残っている。しかしセラの名は、現存する一覧には見つからなかった。そのため「恩恵を持たなかった」と断定はできないが、少なくとも《残響記録》や、古い印が付けられていた十一種の恩恵との関係を示す資料はない。


 エリオは一度紙から目を離した。


 少しだけ安心した自分がいた。


 セラという名前が神殿で聞いた音と似ている。ラウルと同じ家に生まれている。そこへさらに特別な恩恵まで重なれば、すべてが一つの大きな何かへ繋がっているように見えてしまうところだった。


 けれど今のところ、そこまで都合よくは繋がらない。


 手紙には、もう一つ調査結果が書かれていた。


 「音守」は恩恵名でも宗教上の役職でもなく、当時の北東部街道で使われていた行政上の職名だった可能性が高い。


 街道ごとに定められた警戒音や伝達音の基準を管理し、鳴器の交換や信号変更の際に承認する者。複数の中継所を巡回し、同じ合図が地域ごとにずれていかないよう確認する役目だったらしい。


 エリオはその部分を二度読んだ。


 ラウルは《残響記録》で基準音を保持し、鳴器の調整時に聞き比べていた。


 セラは、その基準そのものを管理する音守だった。


 姉が規則を管理し、弟が音を覚える。


 二人が同じ中継所で働いていた時期が重なっていたかまでは、まだ分かっていない。それでも、「音守」という聞き慣れない言葉が、少なくとも謎めいた何かではなく、実際に存在した仕事だったことは分かった。


「普通の仕事だったんだ」


 古代神殿と繋がるような答えではない。


 むしろ逆だった。


 四百八十年前にも、人々は道を使い、遠くへ合図を送り、その音が正しく伝わるよう管理していた。そのために基準となる金属板を残し、鳴器を調整し、音を聞き分けられる人間を仕事に使った。


 今のギルドが冒険者を「防御」「魔術」「治療」「索敵」と分類するように、昔の人々にも、その時代の仕組みに必要な役割があったのだろう。


 エリオはそこで、手元にある二枚の紙を思い出した。


 片方には、五人の標準編成。


 もう片方には、四百八十年前の音守。


 まったく別の話のはずなのに、どちらも人を役割の名前で整理している。


 けれどラウルは《残響記録》を持っていたからといって、ただ「音を覚える人」だったわけではない。道具を調整し、警戒音を確認し、その土地で必要とされる仕事をしていた。


 なら、自分も同じなのかもしれない。


 索敵支援。


 標準編成の外にいる一人。


 そう書かれたところで、それだけが自分の役割になるわけではない。


 エリオは手紙を丁寧に折り直した。


        ◇


 昼過ぎ、セドリックが戻ってきた。


 エリオはまだギルドにいて、簡単な採取依頼の報告を終えたところだった。午前中だけで終わる仕事を一つ受け、近郊の薬草畑まで行って帰ってきたらしいリーナも一緒にいた。


「聞けた?」


 エリオが尋ねる。


「ああ」


 セドリックは椅子を引いた。


「結論から言うと、登録は今すぐ必要ない。それと、五人の固定編成も絶対条件じゃない」


「じゃあ六人でも登録できる?」


「パーティ自体は六人で登録したままでいい。ただし、直轄の長期派遣枠には基準となる五人を届け出る形式になる」


「やっぱり五人なんだ」


「そこは変わらない」


 リーナが向かいへ座る。


「六人目はどうなるの?」


「補助登録という扱いがある」


「補助?」


「欠員時の交代、任務内容による入れ替え、短期追加要員。そういう形で同じパーティの六人目を登録できるらしい」


 エリオは少し考えた。


「じゃあ、完全に外れるわけじゃない」


「ああ」


「でも、基本は五人」


「そうなる」


 言葉だけなら柔らかい。


 パーティを辞める必要はない。依頼によっては入れ替われる。六人目も正式に名前を載せられる。


 それでも、「基準となる五人」と「補助の一人」では同じではなかった。


 エリオが黙っていると、セドリックが続けた。


「それと、これは今のうちに言っておく」


「何?」


「管理担当は、北東部の五人をそのまま基準編成にする案が一番手続きしやすいと言っていた」


 リーナの表情が少し変わった。


「もうそこまで言われたの?」


「案としてな。実績が一度あるからだ」


「セドリックは?」


「決めてないと答えた」


「向こうは何て?」


「それで問題ないと」


 押しつけられたわけではない。


 期限もない。


 セドリックが断っても、誰も不機嫌にはならなかった。


 だからこそ、エリオにはその仕組みが少し厄介に思えた。


 誰かが「エリオはいらない」と言ってくれれば、それに反論することはできる。


 けれど今起きているのはそうではない。


 五人で行った。


 成功した。


 だから、その五人を基準にすると手続きが簡単になる。


 ただそれだけだった。


「登録したい?」


 エリオが聞いた。


 セドリックはすぐには答えなかった。


「俺個人の話なら、したい」


「そっか」


「直轄任務へ進めるようになる。今まで入れなかった地域にも行けるし、規模の大きい依頼にも関われる。勇者候補として活動するなら、いずれ避けて通れないと思う」


「うん」


「でも、そのために今すぐ五人を決めるつもりはない」


「僕がいるから?」


 セドリックの眉が動いた。


「六人いるからだ」


 言い直されて、エリオは少し黙った。


 その違いは大きかった。


 自分だけを特別扱いしているのではない。


 今のパーティが六人だから、五人を選ぶには六人で考える必要がある。


「分かった」


「本当に?」


「今日は分かってる」


「今日は、か」


 リーナが笑った。


「前よりだいぶいいんじゃない?」


「みんな昨日からそれ言う」


「昨日何があったの?」


「いろいろ」


 エリオはそれ以上説明しなかった。


 代わりに中央教会から届いた手紙を取り出し、二人へ見せた。


「こっちも分かったことがある」


「ラウル?」


「うん。セラはラウルのお姉さんだった。それと、音守は――」


 話し始めると、リーナが身を乗り出し、セドリックも紙を受け取った。


 五人の標準編成についての話は終わっていない。


 けれど、それだけが六人の間にある話でもなかった。


 昔の音を調べることも、今日の仕事を選ぶことも、明日の依頼へ出ることも続いていく。


 その中でいつか、五人を決めなければならない日が来るのかもしれない。


 まだ、その日は来ていなかった。


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