「妻の棺を一つ。日取りは来月十日で」と夫が葬儀屋に注文していましたので、日取りどおり執り行いました――弔辞は、故人が読みます【連載版】
最新エピソード掲載日:2026/09/10
「妻の棺を一つ。日取りは来月十日で。喪服も一着――寸法は、別に渡す」
葬儀屋の見積書は、いつもの請求書の束に紛れて、伯爵夫人ロザモンド、三十歳の机に届いた。屋敷の払いは十年、全部彼女が見てきたのだから、当然である。
棺の寸法は彼女のものだった。喪服の寸法は、彼女のものではない。
その朝、夫は言った。「顔色が悪いな。医者には私から話してある。滋養の薬を、毎朝欠かさず飲め」
「承知しました」
彼女は見積書に承認の署名をした。日取りは動かさない。案内の名簿も、供物も、夫の注文のとおり。ただし喪主は妻本人で、弔辞は本人が読む。薬は毎朝、薔薇の鉢へ注いだ。
来月十日。広間に並んだ弔問客の前で、故人が弔辞を読み上げる。この十年、屋敷の灯りを絶やさなかったのは誰か。故人の遺志として、嫁入り道具は法のとおり実家へ返す。家具が一つずつ運び出される広間に、夫の注文した喪服を着た女が、扉から入ってきた。
祭壇には、枯れた薔薇の鉢。侍医が立ち上がり、法務官が持参金の行き先を告げる。
そして案内状に一通だけ足した相手が、三日駆けて、空の棺の前に立った。
「生きているなら、連れて帰る」
夫が注文した葬儀を、一項も変えずに執り行った妻の、一日の話。
――その翌日から、辺境の空いた机に届く注文を、故人は一項も変えずに執り行い続ける。
葬儀屋の見積書は、いつもの請求書の束に紛れて、伯爵夫人ロザモンド、三十歳の机に届いた。屋敷の払いは十年、全部彼女が見てきたのだから、当然である。
棺の寸法は彼女のものだった。喪服の寸法は、彼女のものではない。
その朝、夫は言った。「顔色が悪いな。医者には私から話してある。滋養の薬を、毎朝欠かさず飲め」
「承知しました」
彼女は見積書に承認の署名をした。日取りは動かさない。案内の名簿も、供物も、夫の注文のとおり。ただし喪主は妻本人で、弔辞は本人が読む。薬は毎朝、薔薇の鉢へ注いだ。
来月十日。広間に並んだ弔問客の前で、故人が弔辞を読み上げる。この十年、屋敷の灯りを絶やさなかったのは誰か。故人の遺志として、嫁入り道具は法のとおり実家へ返す。家具が一つずつ運び出される広間に、夫の注文した喪服を着た女が、扉から入ってきた。
祭壇には、枯れた薔薇の鉢。侍医が立ち上がり、法務官が持参金の行き先を告げる。
そして案内状に一通だけ足した相手が、三日駆けて、空の棺の前に立った。
「生きているなら、連れて帰る」
夫が注文した葬儀を、一項も変えずに執り行った妻の、一日の話。
――その翌日から、辺境の空いた机に届く注文を、故人は一項も変えずに執り行い続ける。
1. 妻の棺を一つ
2026/09/04 15:23
2. 弔辞は、故人が読みます
2026/09/04 18:30
3. 机は、十年、空いておりました
2026/09/06 12:31
4. 故人は、お返しできません
2026/09/06 18:30
5. 棺は、もう空ではない
2026/09/08 00:43
6. 婚礼一つ。日取りは、注文どおりに
2026/09/08 13:42
7. 名は、全部
2026/09/09 08:30
8. 妻を、迎えに参った
2026/09/10 22:05