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マイクロフト ―ディオゲネス・クラブに雨は降る―

作者:双瞳猫
1892年、ロンドン。切り裂きジャックの恐怖が人々の記憶から薄れかけた頃、シャーロック・ホームズはライヘンバッハの滝壺に消えた。街は弟という名の光を失い、マイクロフト・ホームズの目には、煤けた煉瓦と淀んだテムズ川の灰色だけが映っていた。
彼はディオゲネス・クラブの革張りの椅子に巨体を沈め、英国政府という巨大な機械の歯車として、ただ静かに世界を回している。運動は好まない。事件は好まない。人間は、もっと好まない。それが彼の信条のはずだった。
だがある夜、クラブの沈黙を破り、スコットランドヤードのレストレード警部が駆け込んでくる。ホワイトチャペルで、かつてのジャックを彷彿とさせる惨殺事件が発生したのだ。政府上層部は国家の威信にかけてスキャンダルの再燃を恐れ、この厄介事をマイクロフトに押し付ける。
「真相の究明、および“適切な”処理を」
それは隠蔽の命令に他ならなかった。マイクロフトは思考の宮殿で糸をたぐる。必要なのは、公式の記録には残らない情報。貴族のサロンから貧民街の酒場まで、蛇のように潜り込めるしなやかな協力者。彼の灰色の瞳が、一人の女性の姿を捉える。アイリーン・ノートン――旧姓アドラー。弟が唯一敗北を認めた、あの女。
マイクロフトは彼女の所在を突き止め、取引を持ちかける。「これは捜査ではない。過去の清算だ」。社交界の華やかな舞台と、裏社会の危険な闇を自在に行き来するアイリーン。政府の最高機密にアクセスできる、動かぬ策謀家のマイクロフト。二人の間には、信頼も友情もない。あるのは、それぞれの目的のために結ばれた、冷徹で乾いた“機能的同盟”だけ。
やがて二人がたどり着いたのは、単なる模倣犯事件の真相ではなかった。それは、大英帝国の玉座を揺るがしかねない、切り裂きジャック事件そのものに隠された「不都合な真実」。
マイクロフトは選択を迫られる。国家の安定か、名もなき者たちのための正義か。弟ならばどうする?――いや、そんな感傷はとうに捨てた。これは、彼の事件だ。
霧の都の片隅で、巨大な頭脳と鋼の肉体を持つ男の、孤独な闘いが始まる。
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