もんもんぐんぐん
スイザコシティの夜は、人ならざるもの、悪党どもが跋扈する魔窟と化していた。
日が沈む頃には、市民たちは門を固く閉ざし、息を潜めて夜明けを待つ。表通りから人影が消え、街灯の明かりが石畳を照らす頃、昼間には姿を潜めていた悪意が動き始める。
こつ、こつ。
一定の間隔で白杖を鳴らしながら、無人の路地を歩く男がいた。末長という名の男である。
闇の中でも、その足取りに迷いはない。とある事故により視力を失った代わりに、超常的な能力と、人並み外れた聴覚と嗅覚を身につけていた。
風の流れ、壁に反響する音、わずかな体臭の違い。それらを組み合わせれば、彼の周囲には、目の見える者とは異なる景色が広がる。
路地の奥に、四つの人影が倒れていた。
その内の三人はすでに動かず、残る一人も荒い息を吐くばかりだった。喉の奥から漏れた呻き声が、やがて途絶える。
「先を越されたか」
鼻腔を満たす濃厚な血の匂い。その奥に、四人とは異なる匂いが残っている。
冷たい金属。乾いた革。微かに漂う、無機質な香料。
「……ジャッジメント」
ここ最近、スイザコシティを騒がせている、白い無貌のマスクを被った処刑人。彼は悪党を殺し、現場に血文字で『有罪』の二文字を残していく。
市民たちは彼の行いを熱狂的に迎え、神の使いと呼ぶ者さえ現れ始めていた。法が裁けぬ悪を、何者かが代わりに裁いてくれる。その事実に、人々は安堵しているのだ。
たとえ、それが殺人であっても。
末長は倒れた男たちの傍らにしゃがみ込んだ。衣服の擦れる音、呼吸の有無、身体の冷え具合。そこから得られる情報は、彼らが死に至るまでの時間を物語っていた。
そして、もう一つ。
彼らの身体からは、奇妙な違和感が感じられた。
筋肉の緊張が不自然に残っている。恐怖に怯えながら抵抗した者の身体ではない。まるで、誰かに糸を引かれた人形のようだった。
「また、傀儡か……」
末長は立ち上がり、白杖を鳴らして歩き出した。
こつ、こつ。
その音が遠ざかると、路地には静寂が戻った。
◇
「警部、こいつらは数日前に現金輸送車を襲って、手配されていた連中ですよ」
翌朝、現場に到着した若い刑事が報告した。
「ジャッジメントの仕業か。また我々が役立たずだと糾弾される。まったく困ったものだな」
困ったと言いながら、警部の顔には微塵の痛痒も浮かんでいなかった。
常に無表情でいる彼を、鉄仮面と陰口を叩く者は少なくない。もっとも、それを聞かされた本人は眉ひとつ動かさなかった。
「マスコミへの説明は、お願いしても?」
「被害者は四名。いずれも手配中の強盗犯。死因は鋭利な刃物による刺創。現場には血文字で『有罪』。昨今、街を騒がせている犯罪者ジャッジメントの仕業である可能性が極めて高い。警察は個人的な処刑を認めることは決してない。そんなところだろう」
警部は手帳を閉じることもなく、抑揚のない声で答えた。
若い刑事は眉をしかめた。
「……警部。この連中、三日前に証拠不十分で釈放されたばかりです。手続きは完璧だったと、検事も言っていました」
「ああ。法は、完璧に彼らを見逃した」
「悔しくないんですか」
警部は、すぐには答えなかった。
しばらく、壁に残された血文字へ顔を向けていたが、平坦な声で話し始めた。
「君は、この街に配属されて二年目だったね」
「はい」
「生きてさえいれば、いずれ他の街へ配属になることもあるだろう。正義感は、その時まで取っておきたまえ」
「それは、どういう……」
「正義を語るのは、長生きしてからにしたまえ」
若い刑事は、去っていく背を追えなかった。
胸の底で、割り切れない思いがもんもんと燻っている。法を守る者は悪党を捕らえられず、悪党を殺す者は英雄と呼ばれる。誰もが、それを仕方のないことだと受け入れ始めていた。
◇
その夜。
末長は、血の匂いを追って街の中央にある時計塔へ向かっていた。
路地から路地へ。石畳から鉄橋へ。風に乗って運ばれてくる僅かな痕跡を拾い集め、彼はついに時計塔の頂上へとたどり着いた。
「君なら辿り着くと思っていたよ」
月のない夜空を背に、白い仮面が浮かんでいた。
ジャッジメント。
顔を覆う仮面には、目も口もない。ただ、無機質な白さだけが闇に際立っている。
「また、殺したな」
「裁いたのだ。お前がグズグズしているから」
仮面の下の声は、驚くほど静かだった。
「あの男たちは、傀儡にすぎない」
末長の指先が、白杖を握りしめた。
「ああ。ドリームレスの仕業だろうな」
「操られていたと知っていて、殺したのか」
「有罪は有罪だ。操られていようと、その罪は彼らのものだ」
「意思を奪われた人間に、何の罪がある」
「罪を犯した事実は消えない」
「だから殺すのか」
「法が裁かぬなら、私が裁く。それだけのことだ」
ジャッジメントは一歩、末長へ近づいた。
「正義は、貴様一人の物差しで測るものじゃない」
「どの口が言うんだ? なあ、黒蛇」
末長は答えなかった。
黒蛇。
その名は、かつて彼が闇の中で悪党を追い詰めていた頃につけられたものだ。法の手が届かない場所で、誰にも知られず悪を暴く男。獲物に忍び寄り、逃げ道を塞ぎ、確実に仕留める蛇。
しかし、末長は人を殺さなかった。
罪を犯した者にも、裁きを受ける権利がある。そう信じていたからだ。
たとえその信念が、目の前で何度踏みにじられようとも。
「傀儡を哀れと思うなら、一刻も早く元を断つことだ」
「ここで、貴様を止めればいい」
「ククッ。黒蛇、お前を裁くのは今ではない」
ジャッジメントは時計塔の縁へ歩み寄った。
「いずれ、お前も選ばなければならなくなる。何を守り、何を切り捨てるのか。正義とは、そういうものだ」
次の瞬間、彼の身体が時計塔の縁から、闇へと消えた。末長は縁まで駆け寄ったが、地面に落下したような音は聞こえてこない。代わりに、遠くからガラスが砕けるような音が響いた。
「……逃げられたか」
末長は白杖を握り直した。
ジャッジメントの言葉が、耳の奥にこびりついていた。
何を守り、何を切り捨てるのか。
彼は、まだその答えを持っていなかった。
◇
翌朝。
灰色の髪をした末長は、駅前のベンチに腰掛けていた。
通勤客の足音が交差し、駅員のアナウンスが響き、車輪がレールを軋ませる。いつもと変わらない朝の音だった。
その隣に、男が腰掛けた。
「おはようございます」
突如かけられた声に、末長は冷や汗をかいていた。
香水も煙草もない。特徴のない石鹸の匂いだけがする。衣服の擦れる音も、呼吸の音も、まるで周囲の雑音に溶け込んでいるかのように薄い。
すぐ隣に人間がいる。その事実を、末長の鋭敏な感覚ですら確信を持てなかった。
初めての経験だった。
「……お前は誰だ」
「ただの通りすがりですよ」
男は穏やかに答えた。
「私が興味を持っているのは、あなたが見る夢についてです」
ドリームレス。
人々から夢を奪い、その心を操り、手足のように動かす巨悪。
その正体は、あまりにも特徴のない、空気のような男だった。
「見果てぬ夢というのは、美しいものです。それは実現しないからこその美しさ……そう思いませんか?」
「何が言いたい」
「あなたは、正義を信じている」
男の声に、初めて微かな愉悦が混じった。
「法が悪を裁き、罪を犯した者には相応の罰が下る。誰もが正しい道を歩み、誰もが自分の意思で生きる。そんな世界を夢見ている」
「……」
「けれど、あなたは知っているはずだ。法は万能ではない。正義は人によって違う貌をしている。人間はそこに望んだ貌を見出す」
周囲の足音が、一斉に止まった。
駅の雑踏が消えた。
人々が、動かなくなっていた。
靴音も、衣擦れも、呼吸さえも感じられない。
無数の人間が、ベンチに座る二人へと顔を傾けている。
「あなたの夢は、まだ美しいままです。だからこそ、壊しがいがある」
「何をした」
「何も。彼らはただ、夢を見ているだけですよ」
男は立ち上がった。
「あなたの夢も、もう私の手の中にある」
その声を最後に、駅の雑踏が戻ってきた。
人々は何事もなかったかのように歩き始める。誰も異変に気づいていない。隣に座っていた男も、いつの間にかいなくなっていた。
末長は動かなかった。
膝の上に置いた手が、震えていた。
ドリームレスは、人間から夢を奪う。
ジャッジメントは、人間から命を奪う。
そして、この街は、何もできない自分から正義を奪っていく。
彼らが奪うたびに、誰かが犠牲になる。
次は誰だ。
次の犠牲者が出るまで、彼は何をするつもりなのか。
白杖を握る手に、力がこもった。
◇
その日の夕刻、末長は警察署を訪れた。
受付の警官は、彼の名を聞いても取り次ごうとしなかった。
「警部は多忙です。アポイントメントはありますか」
「ない」
「でしたら、出直してください」
「ドリームレスについて話がある」
警官の手が止まった。
末長の耳は、その僅かな変化を聞き逃さなかった。
「……その名前を、どこで?」
「警部を呼んでくれ」
同じことを、淡々と繰り返す末長。しばらくして現れた警部は、末長を会議室へ通した。
「私に話があるそうだな?」
「ああ、ドリームレスについてだ」
「ドリームレス、か。どうしてその呼び名を知っているかは、ひとまず置いておこう。で、何を知っている?」
「奴が接触してきた」
「何?」
警部の鉄仮面が僅かに歪んだ。
「なぜ、君に?」
「私は、かつて黒蛇と呼ばれていた」
「黒蛇、君があの……」
末長の告白に、鉄仮面は完全に剥がれ落ちていた。
「もうその名を聞かなくなって3年は経つ。もう死んだものだとばかり思っていたが」
「色々あった。まあ、今はそれはいい。ドリームレスのことだ」
末長はドリームレスとの邂逅について話した。
「正義を壊す、か」
「やつの正体について、何か掴んでいないのか」
「この街で起きていることを知らない警察官はいない。ただ、知っていることと、動けることは別だ」
「何が邪魔をしている」
警部は黙った。
末長は机の向こうにいる男の呼吸を聞いた。平静を装ってはいるが、わずかに速い。
「証拠がない、という話ではなさそうだな」
「……ドリームレスに関わった者は、証言できなくなる」
「脅されるのか」
「違う。自分が何をしたのかさえ、わからなくなるんだ。ある者は自ら罪を告白し、ある者は身に覚えのない犯罪を繰り返す。中には、自分が何者なのかすら忘れてしまった者もいる」
警部は机の上で両手を組んだ。
「我々は捜査をしている。何もしていないわけではない。だが、証拠を集めようとするたび、関係者が消える。記録が失われる。事件そのものが、なかったことにされていく」
「それで傍観していると?」
「動けば、被害が増える」
「動かなければ、さらに被害が増え続ける」
警部は答えなかった。
「……君は、正義を捨てられないんだな」
「捨てる理由がない」
「ならば覚えておくといい。正義感は人を強くするが、同時に弱点にもなる。敵はそこを狙ってくる」
「忠告として受け取っておく」
末長は立ち上がった。
「警察は、君のことも追う立場になるぞ」
「好きにしたらいい」
末長は会議室を出た。
警部の言葉は、もっともだった。個人的処刑人は社会にとって不要の存在。それはきちんとした組織が担うものだ。
それで救える人間もいる。しかし、それだけでは救えない人間もいる。
彼はそのことを、すでに知っていた。
◇
三日月が雲にかかる、薄暗い夜の路地裏。
男が二人、女性を壁際へ追い詰めている。女の声は震え、助けを求めていた。
「騒ぐな。誰も来やしねえよ」
「警察に言ったところで無駄だ。証拠がなきゃ、俺たちはすぐに自由の身さ」
男たちが笑った。
そのとき、路地の入口から白杖の音が響いた。
こつ、こつ。
「……おい。誰だ」
男の一人が振り返った。
灰色の髪をした男が立っている。片手には白杖。もう片方の手は、静かに下ろされていた。
「警察か?」
「違う」
「なら、関係ねえだろ。とっとと失せろ」
末長は答える代わりに、ただ歩き続けた。
男たちの足音。衣服の擦れる音。呼吸の乱れ。腰に隠した刃物が、鞘の中で僅かに鳴る。
「ジャッジメント気取りか? それなら白い覆面を忘れてるぜ」
げらげらと、嘲笑う声。機械的なリズムを刻む白杖の音。
「死んどけ!」
男がナイフを振り下ろすと、その先に末長の姿はない。
「……あ?」
風を切る音。
末長の身体は半歩ずらされていた。白杖から引き抜かれた刃は、男の伸びきった腕を切断していた。
鮮血が飛び散り、薄汚れたナイフが石畳に落ち、硬質な音を立てた。
続けて、末長は男の膝を杖で払った。悲鳴を上げながら崩れ落ちる身体。
もう一人が背後から襲いかかる気配を感じ、末長は振り向きざまに白杖を突き出した。
男の腹に鈍い衝撃が走り、もんどりうって倒れ込んだ。
末長は追撃しなかった。男たちは全て倒れ、動くものはいなくなった。
助けられた女性が、震える声で尋ねた。
「あの……あなたは……」
「警察に行きなさい。今度こそ、話を聞いてもらうんだ」
「でも、この人たちは……」
「罪を犯したなら、裁きを受けるべきだ」
末長は白杖を鳴らし、歩き始めた。
こつ、こつ。
背後で女性が何かを言った気がしたが、振り返らなかった。
◇
翌日、男たちはすぐに釈放されていた。
女性の証言には不審な点がある。男たちの負傷は喧嘩によるものかもしれない。現場に残された刃物からは、事件との関連を裏づける証拠が得られなかった。
手続きは適正。法に照らせば、問題はない。
その日の夜、女性の住むアパートで火災が起きた。
彼女は一命を取り留めたが、もう証言できる状態ではなかった。
末長は、病院の廊下でその話を聞いた。
「……彼女は、何と言っていた」
担当刑事は目を伏せた。
「何も。誰かに襲われたという記憶すら、曖昧になっているそうです」
「ドリームレスか」
「断定はできません」
その言葉が、末長の胸に突き刺さった。証拠がない。法に照らせば問題はない。
そうやって、悪意は姿を変え、何度でも蘇る。
「あなたは、あの人を助けたんです。それは間違いない」
「ああ」
末長は廊下の壁に手をついた。
彼の感覚は、病室の奥から聞こえる小さな寝息を捉えていた。女性は眠っている。いや、眠らされているのかもしれない。
彼女の夢は、まだ残っているのだろうか。もう一度、誰かを信じることができるだろうか。
そして、自分は。この街で、何人の人間が同じ目に遭うのを見届ければいいのだろう。
◇
末長は、街外れの廃工場にいた。
ドリームレスが現れる場所を特定するため、彼は数日間、街の音を拾い続けていた。深夜に繰り返される不自然な足音。人間のものとは思えないほど均一な呼吸。何人もの人間が、同じ時刻に同じ方向へ歩いていく気配。
その痕跡をたどった先が、ここだった。
工場の奥から、無数の呼吸音が聞こえてくる。
十人、二十人、それ以上。
彼らは床に座り、あるいは壁にもたれ、静かに眠っていた。
夢を奪われた人々。
その中央に、あの男が立っていた。
「また会いましたね」
ドリームレスは微笑んだ。
「あなたは本当に諦めが悪い」
「人から奪ったものを返せ」
「返す?」
男は首を傾げた。
「私は何も奪っていませんよ。彼らは自分で夢を手放したのです。現実に疲れ、希望に失望し、明日を諦めた。私は、そんな彼らに安らぎを与えただけです」
「意思を奪っておいて、よく言う」
「意思とは何でしょう。欲望とは何でしょう。誰かに教えられた正義を信じ、社会に求められる生き方を選び、それを自分の意思だと思い込んでいる。あなたも同じではありませんか?」
末長は白杖を握り直した。
「黙れ」
「あなたは正義を信じている。けれど、あなたの正義は誰も救えない。ジャッジメントのように悪人を殺すこともできず、警察のように法を盾にすることもできない。ただ、目の前の人間を助け、次の犠牲者が出るのを待つだけだ」
「……」
「そのうち、あなたは疲れる。自分が何のために戦っているのかも、わからなくなる。そして、いつか私の差し出す夢に手を伸ばす」
ドリームレスが一歩近づいた。
「その時が楽しみですよ、黒蛇」
ドリームレスが手を掲げると、眠っていた人々が一斉に立ち上がった。
何十もの足音が、工場の床を震わせる。彼らは末長を取り囲み、無言のまま襲いかかってきた。
末長は身を低くした。
拳が頬をかすめる。腕をつかみ、体勢を崩し、床へ叩きつける。背後から迫る気配を避け、膝を打ち、肘を突き、相手の動きを止める。
だが、倒しても倒しても、次の人間が襲いかかってくる。
彼らは操られているだけだ。殺すわけにはいかない。
末長の呼吸が乱れた。
拳が裂け、頬が切れ、血が口の中に広がる。
膝をついた瞬間、ドリームレスの声が響いた。
「ほら、ごらんなさい。あなたには何もできない」
人々の足音が近づいてくる。
「あなたの正義は、あなた自身を滅ぼすだけだ」
末長は顔を上げた。
「……違う」
「何が違うのです?」
「俺は、まだ立っている」
彼は立ち上がり構えた。
「俺が立っている限り、貴様の思い通りにはさせない」
その言葉と同時に、工場の奥で大きな音がした。
配電盤が火花を散らし、照明が消える。
完全な暗闇。
視覚に頼る人間ならば、何も見えなくなったこの場所で動くことはできない。
だが、闇は末長から何も奪わなかった。
足音の位置。呼吸の向き。衣服が空気を切る音。
すべてが、はっきりとわかる。
彼は人々の間を駆け抜けた。
一人ずつ、急所を避けて倒していく。最後の一人が床に崩れ、工場に再び静寂が戻った頃、 ドリームレスの足音はすでに遠ざかった後だった。
彼は床に転がった白杖を探し当て、握りしめた。
これまでの自分を支えてきた杖。
闇の中を歩くための道具。
しかし、これからは、それだけでは足りない。
彼はもう、闇の中を歩くだけの男ではいられなかった。
◇
スイザコシティの時計塔に、再び白い仮面が現れた。
「ジャッジメント」
末長は、もう白杖を鳴らしていなかった。
その手には、黒い鱗を思わせる装甲が取り付けられている。腕から肩へと連なる硬質の外殻は、蛇の鱗のように重なり合い、関節を覆っていた。胸元には、暗闇の中でもわずかに光を返す蛇の紋章が刻まれている。
顔を覆うのは、口元までを隠す黒いマスク。
「その格好は、何のつもりだ」
「決めたんだ」
末長は静かに答えた。
「法が裁くのを待つだけでは、守れないものがある。正義を名乗る者が、好き勝手に人を裁くのも許せない。人の夢を奪い、意思を操る者など、なおさらだ」
「ならば、お前は何者になる?」
末長は、胸元の蛇の紋章に手を添えた。
「俺は、正義でなくていい」
風が吹き抜けた。
遠くで、夜の始まりを告げる鐘が鳴る。
「誰にも裁かれず、誰にも止められず、好き勝手に他人を踏みにじる者がいる。それを止める。どんな手段、どんな結末であっても」
「……ほう。新しい個人的処刑人の誕生というわけだ。面白い、お前がどこまでやれるか、見せてもらおう」
「好きにしろ、いずれはお前もその対象だ、ジャッジメント」
末長は背を向けた。
時計塔の下では、街の灯りがひとつ、またひとつと消えていく。人々が家の扉を閉ざし、夜の到来に怯えている。
だが、今夜は違う。
末長は夜の街へ、その影はぐんぐんと長く伸びていく。
法が届かぬ場所へ。
正義を名乗る悪が潜む場所へ。
誰かの夢が奪われる、その前へ。
人ならざるものを追う、人ならざる者。
黒蛇の名を捨て、闇を裁く者として生まれ変わった男。
その名は――ナーガマン。




