第4.5話:人参嫌い
「ねえ、アーネ、聞いて! この間、ラスティリアード様がうちを訪ねて来られて……」
学生食堂の隅のテーブルに着くなり、ロージェスタが切り出した。
「え?!」
驚いたアルキュオネは、トレイから転げ落ちそうになったパンを慌てて押さえた。まさか、ラスティの方から彼女の家を訪問するなんて!……
「ああ、父に御用があったようなんだけど……」
「ああ、そう……」
胸を撫で下ろしたアルキュオネは席についた。やっぱりそうよね……。
ロージェスタは目を伏せた。
「それで、お茶をお相手して差し上げることになって……」
「えー! 二人きりで? それで?」
アルキュオネは思わず身を乗り出した。ロージェスタは膝の上で両手を組み、恥じらいながらも微笑みを浮かべた。
「家督相続式の時より、ちゃんとお話しできたの。私の焼いたエトーもお出しできたし……」
アルキュオネは眉を顰めた。
「え? ロージェのエトーって、人参入ってるヤツ?」
「ええ」
「で、あいつは?」
「おいしいって言って頂けたわ」
「あ……そう……あいつ、食べたんだ……」
息をつくと、アルキュオネは椅子の背に寄り掛かった。あいつでも、気、遣ったりするのね……
「何?」
「いや! 何でもない。それで?」
「やっぱり、瑠璃色の瞳が印象的だったわ……」
天井を見上げると、ロージェスタはうっとりと目を細めた。アルキュオネは渋い顔をした。
「……そうかな?」
ロージェスタは不満げにアルキュオネを見た。
「そうよ!」
「え?」
普段目にすることのないロージェスタの反応に戸惑う。本人もそれに気付いたようだった。
「あ……その……。それで……それでね……」
「うん」
ロージェスタは口ごもった。話す前から、頬が薔薇色に染まる。
「『あなたの瞳の方が、宝石のような美しい輝きをしていますよ』って言って頂いて……」
「……うわ……」
知らない男性の言葉でも歯が浮くのに、自分の従兄がそんなことを口にするとは!……
思わず身を引いたアルキュオネに、ロージェスタは眉を動かした。
「何?」
アルキュオネは慌てて笑顔を作った。
「ううん、何でもない! ちゃんと印象付けられたんじゃない?」
「……そうかしら?……」
ロージェスタは目を伏せて嬉しそうに微笑む。
「……で?」
フォークを手に取って、アルキュオネは尋ねた。
「で?って?」
ロージェスタは不思議そうにアルキュオネを見た。
「次はどうするの?」
「次?」
「え? そういう流れじゃないの? 私に何かお願いとか……」
厚切りのベリルにフォークを突き刺しながら、アルキュオネは言った。
「あ……その……私は……ただ、聞いて欲しかっただけ……」
俯くロージェスタに、呆れたように息をつくと、アルキュオネはフォークを置いた。
「……ちょっとロージェ……」
「え?……何?……」
アルキュオネの声音に、ロージェスタは僅かに身を引いた。アルキュオネは左肘をテーブルの上に突いて、彼女に顔を近付ける。
「今、チャンスなのよ。話もできて、エトーも食べてもらえて、瞳も……褒めてもらえて……。次に行くしかないでしょ!」
ロージェスタは眉を顰めた。
「次? 次ってどんな?」
アルキュオネは唇の端を釣り上げた。
「デートよ」
ロージェスタは驚いて周囲を見回した。すぐさまアルキュオネへと顔を近付ける。
「そんな!……まだ早すぎるわ……」
「何言ってるの? 遅すぎるくらいよ」
「だって……それに女性から誘うなんて……」
困ったように眉根を寄せるロージェスタに、アルキュオネは余裕たっぷりに微笑んだ。
「理由が要るんでしょ? 理由ならあるわ」
「何?」
「……ロージェ、これはあなたのためを思うからこそ、言うわね……」
アルキュオネは真剣な顔付きになった。ロージェスタは怯えたような表情を見せる。
「……何?……」
「……あいつ……人参嫌いなの……」
一瞬の沈黙の後、目を見開いたロージェスタは両手で口元を覆った。
「え……ええっ?!」
「……そう……」
頷くアルキュオネに、ロージェスタは腰を浮かしそうになった。
「そんな?!……どうしましょう?!」
「そう! それよ!」
勢いよく、アルキュオネはロージェスタを指差した。
「……え?……」
「今、嫌いなものを食べさせて申し訳ない。お詫びしたいって思ったでしょ?」
「……ええ……」
アルキュオネは少し目線を上げると、空中の手紙を読むかのような仕草をした。
「『アーネから聞きました。嫌いなものを食べさせてしまって大変申し訳ありません。お詫びに、もう一度チャンスを頂けないでしょうか?』……これよ!」
「……え……チャンスって……」
『チャンス』という言葉に腰の引けるロージェスタに、アルキュオネは思わず苛立ちの視線を向けた。
「あーもう!……『もう一度、私のエトーを食べては頂けないでしょうか?』でどう?」
「……そう……ね……」
修正された文面に、ロージェスタは納得したようだった。
「私も付き合うわ。『お気遣い無用です』って言われそうだから。三人なら、外で会っても大丈夫でしょ?」
暫く黙り込んだロージェスタは、やがてゆっくりと答えた。
「……そうね……お願いできる?……」
アルキュオネは満面の笑みを浮かべた。
「もちろん」
「ありがとう、アーネ……本当に感謝してるわ。感謝してもしきれないくらい」
目を伏せたロージェスタは申し訳なさそうに呟いた。
アルキュオネはパンを手に取った。引き千切る。
「何言ってるの、友達でしょう。それに……もしかしたら、ロージェとは義従妹になるかも知れないしね」
驚いてロージェスタは顔を上げた。首筋まで赤く染まる。
「な、何言ってるの?! もう!」
「初心ねぇ……かわいい!」
「茶化さないで!」
「はいはい」
アルキュオネはパンの一切れを口に放り込んだ。
赤面の収まらないロージェスタも、ゆっくりとパンを手に取りながら、ふと呟いた。
「……それにしても……人参がお嫌いだったなんて……」
微笑みを浮かべる。アルキュオネは眉を顰めた。
「……どうして笑ってるの?……」
「いえ……何か、かわいらしいなって思って……」
嬉しそうな声音に、アルキュオネは唖然とした。
「はー! そうなるんだ……」
「何?」
「いいえ! 何でもございません!」
抗議の視線に慌てたアルキュオネは、改めてベリルにフォークを突き刺した。




