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銀翼のキセキ ―空を封じられた世界で―  作者: 刹那メシ
第二章:黒き技

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第8節:銀の聖翼

 華やかな儀式は、後味の悪いままお開きとなった。招かれた貴族達は、早々に引き上げていった。

 憤然とした叔父のそばには居た堪まれなくなったのだろう。アルキュオネは、着替え中の私の部屋へとやってきた。

「……でも失礼よね。誰かしら、『蒼輝(バルージュ)』入れた人って?」

 メイド達の前に立つ私のところに椅子を引き擦ってくると、彼女はドレスのままそれを後ろ向きに跨いで、そう言った。

「さあね」

 私は顔を上げた。襟の止め具が外された。

「さあねって、気にならないの?」

「別に……僕についてどう思おうと、それはその人の自由だ」

「おうおう、御立派なことで……」

 彼女は茶化した。私は苦笑した。

「そうだ。どうだった、ミス・エスメーラは?」

 瞳を輝かせて、彼女は私の顔を覗き込んだ。

「ロージェスタ嬢か? 噂通り、美しい方だった。父君が溺愛するのも領ける」

 私は、風になびく長い銀髪を思い返した。

「そうよねえ、彼女には、女の私でもうっとりしちゃうもの……」

 彼女は恍惚とした目付きで呟いた。

「で、何を話したの?」

「お前のことさ。修学院ではよくしてくれてるって……そういえばお前、彼女にハンザ・ミルなんか教えたんだってな。まだあんなことをやっているのか?」

「いいじゃない、別に……。そうそう、ロージェはね、ああ見えても捕球がうまいのよ」

 椅子の背に頬杖を突きながら、アルキュオネは言った。私は驚いた。

「ロージェスタ嬢にもやらせているのか?!」

「ええ……」

 なるほど、あの時の彼女の恥じらいは、そういうことだったのか……

「……ねえ、それで他には?」

「別に何も。それだけさ」

「それだけ?!」

 アルキュオネはあからさまな失望を見せた。

「ロージェったら、せっかく私が仕組んであげたのに……」

 メイド達は、畳んだ礼服を持って部屋を出ていった。

 私は眉根を寄せた。

「……どうでもいいけど、お前も少しは彼女の淑やかさを見習ったらどうだ? 今のその格好、お前をエスメーラの準ミスに選んだ奴らに見せてやりたいよ」

「うるさいわね!」

 アルキュオネが叫んだ時だった。ドアがノックされた。

 入ってきたのは叔父だった。彼は、娘の姿を目にした途端、眉を吊り上げた。

「アルキュオネ! お前は一体何という格好をしておるのだ?!」

 彼女は慌てて椅子から立ち上がった。

「……全く、お前という奴はいくつになっても……」

 叔父は深々と息をついた。アルキュオネはしおらしそうに頭を下げながら、見えないように舌を出していた。

「……叔父上、何の御用でしょう?」

 私は尋ねた。

「……うむ、家督の相続のことでお前に話がある。ついて来なさい」

 それだけ言って、叔父は部屋を出ていった。私とアルキュオネは顔を見合わせた。


* * *


 叔父が入ったのは、北の棟の一番奥にある小さな一室だった。電灯はなく、燭台を手にした爺やが中で待っていた。私と叔父は、円卓に向かい合って腰を下ろした。窓のない部屋の四方の壁には、クロネッカ家代々の当主の肖像画が飾られていた。

「……ラスティリアード、あの方がどなたか知っているか?」

 叔父はおもむろに、並んだ肖像画の一番隅を指さした。

「クロネッカ家初代当主、ランバール公では?」

 私の答えに、叔父は頷いた。

「そう、ランバール公だ。……だが、初代ではない。初代当主は別におられる」

「別に?」

 蝋燭の炎で、壁に映る叔父の影が揺れた。

「……伝説の五大英雄、ユーロ様がそうだ」

 私は唖然とした。

「……その昔、風の龍『銀刃』(ブリス・リード)を倒し、この王国を滅亡から救ったという、あの?」

「そうだ……」

 叔父は頷いた。私は苦笑を禁じ得なかった。

「確かに、あの五大英雄が今の五大貴族の祖になっているとは聞きますが……あれは所詮、お伽噺なのでは?」

「お伽噺ではない……」

 叔父のまなざしは真剣だった。

「あの伝説の中で、五人の英雄が主から授かった物が、家宝として我が家に伝えられている。ボルツ、これへ……」

 爺やが恭しく持ってきたのは、一辺が四十ニーリルほどの古びた木箱であった。

「ラスティリアード、我が家名、クロネッカの由来を知っているか?」

「いいえ……」

「……クロネッカは、もともとはケイロン・ネキア、即ち『左の翼(ケイロン・ネキア)』という意味を持っている。そして、その理由がここにある……」

 紐をほどくと、叔父はゆっくりとその木箱を開いた。

 眩い光が私の目を突いた。中に入っていたのは、銀色の翼であった。鳥のように多くの羽根を束ねたその三十ニーリルほどの一枚の翼は、美しい金属の光沢を放っていた。付け根には、胴の一部と思われる金属板が凸面を成していたが、その端は、刃物でバッサリと断ち切られたようになっていた。

「これは?!」

 私は息を呑んだ。

「……我が家に伝わる家宝、『銀の聖翼』だ……」

 ゆっくりと叔父は言った。

「……伝説の言う、主が授けし『鋼の鷹』がこれなのだ……」

 まさか?!……しかし、その神々しいばかりの輝きは、尋常ならざるものがあった。こんな金属は見たことがない。錫には似ているが、錫のように軽い輝きではない。その重厚な光沢は、むしろ鋼鉄を思わせる。しかし、鋼鉄のような無粋さはなく、金のような気高さが感じられた。

「……手に取ってみるがいい……」

 叔父に言われて、私は恐る恐る手を伸ばした。

 ズッシリとした重量感を期待した私は、完全に裏切られた。『銀の聖翼』は驚くほど軽かった。それはまるで、鳥の羽毛のようであった。

「叔父上、これは一体何なのです?!」

 手の上で崩れるのではないかと思うほどの質量のなさに、私は思わず声を上げた。

「……主がつくり賜うた、奇蹟の品だ……」

 呟くように叔父は答えた。

 私は、手にした『銀の聖翼』をそっと木箱の中に戻した。蓋は閉じられた。

「……今日から、お前はクロネッカ家の当主だ。この家宝もお前のものとなる。……だた、一つだけ言っておかねばならんことがある。この『銀の聖翼』は、決して我が家に福を呼び込む守護神ではない。『良き者には栄光を、そうでなき者には死を』――それが、私が父から教わった言葉だ。これは両刃の剣なのだ。正しく生きてこそ、家宝は力を貸してくれる。ラスティリアードよ、お前はクロネッカ家の当主として『良く』生きよ! されば、主はお前と共にある……。亡き兄に代わって、私はそれだけ言っておきたい。よいな?」

 私はゆっくりと息を吐いた。

「はい。必ずや叔父上の御期待に副えるよう、努力致します」

 叔父は穏やかに微笑んだ。叔父のそんな笑顔を見るのは初めてであった。

「私のためではない。お前は、お前自身のために生きるのだろう?……」

 私も笑った。

「はい! 私は、私自身のために『良く』生きてゆきます」

「……よろしい……」

 叔父は満足そうに、しかし、それでいてどこか寂しそうに頷いた。

 私はこの時初めて、家督を継ぐということの重大さを、ほんの僅かだが感じ取ったような気がしていた。

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