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銀翼のキセキ ―空を封じられた世界で―  作者: 刹那メシ
第四章:青き力

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第6節:黒眼鏡の男とその主人

 車はアルバリの森を抜けて、カウスメディアの西のはずれを走っていた。遠くに、不浄の地を囲むメサルティムの山々が見え始めていた。

 我々を捕らえた黒マントの一団は、車内でも全く口をきかなかった。我々を挟み込むように座った男達は、一様に凍えるようなまなざしを持っている。一体何者なのだろうか。

 彼らの黒い風貌は、どうやら救世団でもないようであった。ほかに考えられるものといえば……まさか、魔王を崇拝するという噂の暗黒教団か?……

「一体どこへ連れていくつもりだ?」

 返事がないだろうことを承知の上で、私は、正面に座ったリーダー格の黒眼鏡の男へと問いただした。

「どうか御心配なく。悪いようには致しません」

 男は微かに微笑んだ。思ってもみなかったその表情に、私は眉をひそめた。

「こんなことをされて、どう心配をするなというのだ!」

 声を強めた私の腕を取ったのは、ラムであった。彼女は、特に怯えた様子も、かといって気を張った様子もなく、普段の顔で私を見つめると、小さく首を横に振った。先刻の張りつめたような光は、彼女の黒い瞳にはなかった。……一体どういうことなのだろうか?


 やがて車が止まったのは、廃屋となった製材所の前であった。我々は車を降りた。

「どうぞ中へ。主人がお待ち兼ねです」

 黒眼鏡の男が、扉板の外れた入り口を示した。……主人?

 私はラムの肩を取ると、ナブラが膝の辺りまで生い茂った敷地を横切って、屋根の朽ちかけた製材所の中へと足を踏み入れた。

「これはクロネッカ公爵。遠いところ、ようこそいらっしゃいました」

 唐突な、しかも飛び抜けて明るい声が響いた。それは、外の黒づくめの男達の主人のものにしては、あまりにも不似合いな声音に思われた。だがしかし、不似合いなのはそれだけではなかった。

 廃屋の中で、私を迎えるように両手を広げていたのは、恐ろしく恰幅のいい中年の紳士であった。そのふくよかな顔のなまず髭に、私は自分の目を疑った。

「キタルファ卿?!」

 そう、それは、ザウテルがタヌキ親父と呼んでいた、フルド=キタルファ男爵に間違いなかった!

 言うべき言葉が見付からずに、私は呆然と立ち尽くしていた。何が起こったのか、全く理解できなかった。

 やがて入ってきた黒眼鏡の男は、キタルファ卿の隣りへと立った。

「手荒な御招待だったことは御詫び致します。これは、グレーハルト=バウシンガー。まだ若いですが、うちの有能な執事です」

 卿は、混乱する私に追い討ちをかけるように、衝撃の事実を口にした。バウシンガーなる人物は、眼鏡をはずすと頭を下げた。黒いレンズの下には、穏やかな碧色の瞳があった。

 ようやく事態を飲み込め始めた私の胸には、緊張に代わって怒りが湧き上がった。

「これは一体どういうことですか?! 冗談にしては戯れが過ぎますよ!」

 憤然たる私の言葉を、キタルファ卿はかわすことなく受け止めた。

「お怒りはごもっともです。ですが、こちらも表立って御助力差し上げる訳には参りませんでしたので……申し訳ございません」

 私は、剥いたばかりの牙を一気に抜かれた。

「助力?!……いや、しかし御社のロアンスキン常務は……」

 その時、私はかなり愚かしい表情をしていたのかも知れない。卿の思いもかけない弁解は、私の勢いを削ぐには十分過ぎる力を持っていた。

 彼は苦笑した。

「軽蔑されても仕方のないことですが、我々も自分の身はかわいいのです。監察局や環座会に正面から逆らっては、この先無事にやってなど行けません。ロアンスキンも、表向ききついことを申し上げたとは思いますが、それが我々の本意ではないことを、どうかおわかり下さい」

 頭を下げるキタルファ卿のやや薄くなったつむじを、私は眉をたわませて見つめた。どうにも納得がいかなかった。卿は一体何をしようというのだ?

「その証として、どうかこれをお受け取り頂きたいのです」

 卿の合図と共に、製材所の奥から一台のトラックが現れた。新式のトルコロルⅡ型であった。無蓋の荷台には、木材が山のように積まれていた。

 卿に招かれて、私はトラックへと近付いた。彼が言うのは、どうやら南洋高木トゥシャラの合板のようであった。

「これを?」

 訝る私に、キタルファ卿は微笑んだ。

「中をご覧下さい」

 黒服の使用人の一人が、手にしたバールで一枚の合板の表面を引き剥がした。

 白い木材の中からは、思いがけない金属の光沢が現れた。その眩い銀色の光は、我々が求めて止まなかった鋼銀の輝きに間違いなかった!

「これは?!……」

 私は驚いて卿を振り返った。ラムもトラックの間近へと駆け寄っていた。

「監察局でも鋼銀には目をつけているようです。見付かったりしては厄介ですから、このような小細工をする羽目になりまして……」

 苦笑した卿は頭を掻いた。私とラムとは、ただ唖然とするしかなかった。

「キタルファ卿……」

「これが、我々にできる精一杯のことです。少しでも公爵のお役に立てたなら、幸いでございます」

 その笑みには、日ごろから貴族達の間でまことしやかに話されている、狐狸のようなずる賢さも、成り上がり者の下品さも、もちろん下心からのおもねりもなかった。ただ、蝋燭の柔らかい炎のような、そんな温かさを私は卿のふくよかな顔に見た。

「……しかし……しかし、どうして?!……」

 驚嘆の色を隠せずにいる瞳を向けられて、キタルファ卿は少年のようにはにかんだ。

「……私は、たった一代で今の地位を手に入れた、文字通り成り上がり者です。ほかから見れば大したことはないかも知れませんが、私にとっては、ここまでの道のりは苦難の連続でした」

 遠い過去を思い返す、わずかな沈黙があった。

「それでも私が諦めなかったのは、自分の夢を捨てられなかったからなのです」

「夢?」

「ええ。お恥ずかしい話ですが、金持ちになりたい、それが私の若い頃からの望みでした。公爵のような崇高な夢では決してありませんが、それでも、私にとっては、苦しい時の大きな支えとなりました。そして、ある時わかったのです。私が成功することができたのは、『金持ちになりたい』と願ったからではなく、そうなりたいと『願った』からなのだと……」

 卿は、自分の裡にあるその思いを確かめると、一人頷いた。

「公爵をお連れしたのは、グレーハルトを含めて、私が爵位を戴く前から使っている者達でして、以前は貧民街の愚連隊だった連中です。まだその頃の口振りや態度が抜けなくて、手を焼いているのですが、根は優しい者ばかりです」

 キタルファ卿に見つめられたバウシンガー氏は、むずがゆそうに鼻をこすった。話題に上った黒マントの男達も、それぞれに恥じらいを見せた。

「昔の彼らには一片の夢も希望もありませんでした。ただ、己れの不幸な境遇を呪い、世の中に逆らって、破滅的な生活を送っていました。私は、そんな彼らに夢を与えられたならと思ったのです。ほんの些細なことでもいい、何か自分が目指すものを持てるなら、それだけでも意味のある前向きな人生を送れるはずだと。今、彼らはそれぞれに夢を持ち、それを実現しようと頑張っています」

 卿は私へと向き直った。

「公爵にも、夢を諦めて頂きたくはないんです。偉そうなことを言うようですが、公爵は、私が初めて『紅閃(ロージェス)』を入れさせて頂いた方ですから……私が見込んだ方には、是非とも夢を果たして頂きたいと」

「……キタルファ卿……」

 お披露目での『紅閃』――それは、家督相続に対する賛成の意味を持ってはいたが、既に単なる形式と化してしまったものである。それを、卿は自分の重大な意志表示と考え、紅閃を入れた責任を果たそうとしているのだった。それは、卿の無知がさせるのではなく、彼の本心がそうすることを求めているに違いなかった。

 思ってもみなかった協力者の出現に、私の心は湧き出す感情を処理し切れないでいた。

「ありがとうございます」

 神妙な顔で、私は右手を差し出した。しっかりと握手が交わされた。

 卿は私の気持ちをわかってくれたのだろうか。しかし、卿が浮かべた満面の笑みは、そんな私を包み込むような寛容さに溢れていた。


* * *


 トゥシャラの中に隠された鋼銀を満載したトルコロルを、不浄の地へと走らせるラムに、隣りに座った私はふと思い出して尋ねた。

「ラムさんが気付いていたというのは、彼らのことだったんでしょうか?」

「いえ」

 悪路のために車体が上げる悲鳴に混じって、はっきりとした否定の言葉が返ってきた。

「彼らの持っていた空気は、それとは違いました。ですから、敢えて抵抗はしませんでした」

 空気……彼女の顔をあれほどまでに険しくさせた空気とは……

「さっき感じたのは、どんな空気だったんですか?」

 正面を見据えたまま、忌まわしい感覚をもう一度肌に思い浮かべると、彼女は堪えられぬように眉根を寄せた。

「……強烈な殺意です……」

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