第7節:逃れ得ぬ罪
リウヴィル号――その基本的な機構は、グラフィアス号と大差なかった。私と博士とが法廷で裁きを受けている間に、操翼系統はラムの手によってほぼ完成されており、次の仕事は、外殻の取り付けであった。
リベットの打ち付けが、これほど困難を要するものとは知らなかった。ラムはいとも簡単にやってのけたが、一ヶ所打ってみて、私は、いきなり実機で試した自分の判断の甘さに舌打ちした。私は、格納洞の片隅で、二枚の金属片をリベットで打ち付ける練習から始めなければならなかった。
金属音を響かせながら、私はリベットの頭を叩いた。自分を器用だと思ったことはなかったが、その出来栄えには、私自身笑うしかなかった。頭を万遍なく半球状に叩き潰し、二つの部材をしっかりと結合させる。口で言うのは簡単だったが、やり直しがきかないことも手伝って、失敗作は瞬く間に山となった。
「結局、世間知らずな放蕩息子ってことなのかな?……」
息をつく私に、ラムは笑った。
「始めは誰でもそんなものですよ」
「昼食ができました!」
クリスが、裂け目の入口で声を上げた。
「もうそんな時間か……」
時の経つのは早かった。あと三十三日。意識したくなくとも、せずにはいられない期限であった。追われる者は、己れの急く心によって自滅する。わかってはいたが、やはり全くの平静ではいられなかった。
我々三人は、助走路に沿って憧憬の丘へと戻った。
「缶詰と乾燥食しかないものですから、公爵様のお口に合うかどうか……」
皿に盛り付けながら、クリスは心配そうに言った。
「なあに、贅沢は言っていられないさ」
私は笑って皿を受け取った。しかし――スープの中に顔を出した赤い野菜の群れに、私は真面目に戦慄した。
「まあ、おいしそう」
湯気の上がるスープの香りを吸い込んで、ラムは嬉しそうに微笑んだ。
「どうかなさいました?」
クリスは、目敏く私の顔色に気付いた。
「いや、別に……」
とは言ったものの、スプーンを握る手が汗ばんだ。その時だった。船内の明かりが急に落ちた。
「あっ?!」
窓のない船室は、薄墨の闇に閉ざされた。
「発電機かしら?……ちょっと見てきます」
手探りでラムは出ていった。
やがて、蝋燭の炎が灯された。壁に映る影が揺れる食堂に、私とクリスは黙って座っていた。彼女は俯きがちだった。一昨日以来、彼女とはあまり口をきいていない。私と博士の刑の重さを思うが故だろう。本人を前にして、あからさまに嘆くことは慎もうと思っているのだろうが、眉間の翳りは隠せなかった。
「……実は……」
気がつくと、私は話しかけていた。
「はい?」
「せっかく作ってもらったのに悪いんだけど、僕はリュードベルと同じなんだ……」
突然の言葉に、クリスはきょとんとした。私は、目でスープの中を示した。
「人参、お嫌いだったんですか?!」
驚きの声を上げたクリスは、自分の声の大きさに再び驚いて肩をすくめた。
「すみません! 知らなかったもので……新しいのを作りますね」
「いや、今日はいいよ。ただ、今度からはちょっと……」
「わかりました……」
言いながら、クリスは私の顔を見た。鳶色の瞳が楽しそうに輝いた。笑いを堪えるようにして、彼女は私の皿を下げた。
「ザウテルにも言われているんだ。人参も食えないようじゃあ、まだまだ餓鬼だってね。でも、僕はどうも……君は平気かい?」
「ええ、私は食べられますけど」
背中で答える彼女に、私は息をついた。
「博士やラムさんには内緒だよ。人参が苦手だなんて、ちょっとみっともないからね」
「はい」
席に戻ると、クリスは微笑んだ。そうだ、彼女にはそれが一番似合っている。しかし、クリスの顔には不意に暗い影が落ちた。
「クリス?」
「……どうして……」
低い声で彼女は呟いた。
「どうして、公爵様や博士がこんなことに……。変です。おかしいです……」
「クリス……」
蝋燭の炎が揺れた。重さを増した空気が我々にのしかかった。私はゆっくりと息を吐いた。
「……これが、僕の払う犠牲ということなんだろう……空を飛ぶことに対するね……」
「どうにかならないんでしょうか?!」
顔を上げたクリスの瞳は、溢れんばかりの涙で覆われていた。その苦しみの表情は、私の胸をきつく捕らえた。息苦しさが感じられた。
私は苦笑した。
「裁きの剣は絶対だ。後は、主にでも祈るしかないね……」
「そんな!……公爵様には、『悪』に偏ったお心など全くないではありませんか! 犠牲だけを強いられるのは間違っています!」
彼女は小さな拳を握り締めた。膝の上に視線を落とした私は、顔の前で両手を組んだ。
「……僕らを弁護したために、セルジオ工場長はひどい火傷を負い、ザウテルは暴漢に刺され、リューダー卿は……恐らく、狂信者に殺された。すべての原因は僕にある。僕は、その償いをしなければらないんだ」
「でも、それは!……」
「聞いてくれ、クリス。僕はリューダー卿にこんなことを言われた。子供の心は純粋だが、その純粋さ故に、残酷な行いをすることが往々にしてあると。僕も同じだ。悪気がないということは、罪を逃れる言い訳にはならないんだよ」
「そんな……」
クリスは唇を噛み締めた。胸の前で白くなった拳は、行き場なく膝の上に落とされた。
「それに、僕は何にも勝る多くの友情を手に入れた。犠牲だけを強いられている訳じゃないさ」
微笑む私に、彼女は何も答えようとはしなかった。私は、揺らめく炎を見つめた。チリチリと芯の焼ける音がしていた。
「……聖摂院は、僕をダイリット・サールとして葬り去るつもりだ。博士が大魔王に惑わされていたとなれば、何とか打つ手はあるかも知れない。ザウテルや叔父に頼んでおこうと思っている」
固い決意を込めて、私はクリスを見た。
「クリス、君から博士を取り上げさせはしないよ。君を一人にはさせない」
私が言い終わらないうちに、彼女は不意に立ち上がった。
「私は、お二人に助かって頂きたいんです!」
声が船内に反響した。クリスは、頬に涙の筋を引かせながら、両肩を震わせていた。
「……クリス……」
彼女がそんな激しい感情を見せるのは、初めてであった……
突然、けたたましく非常ベルが鳴り響いた。
「何?!」
私は、すぐさま部屋の戸口に駆け寄った。暗がりで、壁にかけた気圧計が蝋燭の炎を反射して光った。ガラス管の中では、水銀柱が尋常でない下がり方を示していた。背筋を冷気が駆け抜けた。
「クソッ! 『黒鱗』がやってくる!」
もはや食事などしている場合ではなかった。
「クリス! 早く格納洞へ!」
彼女の手を強引に引いて、私は船室を飛び出した。船内にいるのは、戸外に立っているのと変わりなかった。この軍艦を、海から離れたこんな場所まで持ってきたのは、他ならぬ風の龍王『黒鱗』なのだ!
廊下の途中で、私はふと足を止めた。道具入れの棚に、私の視線は注がれていた。道具箱が一つなくなっている。それはいい。ラムが持っていったのだろう。しかし、携帯用の気圧計は、一つも欠けることなく棚に吊してあった。
「何てことだ……」
彼女は持っていかなかったのか!……
「クリス! 君は早く逃げるんだ!」
「公爵様は?!」
「僕はラムさんを連れ戻す!」
叫ぶと同時に、私は走っていた。穴の開いた甲板から、五リルの高さを飛び下りた私は天を見上げた。雲の天蓋の底は大きく渦を巻き始めていた。間違いない。来るのは奴だ。ザレムの架け橋を粉砕し、ガザルとギルガを滅ぼした、黒き怒りの使者……今度は、誰にその青銅の牙を剥こうというのだ?! カウスメディアか? それとも……この私か?!
発電機のある北の岩場までの五百リルを、私は必死で走った。足を取る砂がもどかしかった。風は目まぐるしく方向を変え、私の体を煽った。汗がこめかみを伝った。
「ラムさん!」
岩場の陰に人影を見たような気がして、私は叫んだ。
「早く非難するんだ! 風の……」
言いかけて、私は息を呑んだ。人影は一人ではなかったのである。だがしかし、その数は、私が考え得る最大数を遥かに上回っていた。
五人だと?! 馬鹿な!……
しかし、私の目前に立っていたのは、やはり純白のマントを風に翻した五人の人物であった。そして、彼らは――
「そんな馬鹿な……何故ここに……」
私は戦慄を覚えた。
スカーフで一様に顔を隠した彼らの胸には、赤い龍頭の紋様が施されていた。主に代わる法の行使者――それは、救世団の掲げる紋章に間違いなかった!




