第12話:重ねた手
扉を開けたアルキュオネは、階段教室の後ろの方に、ロージェスタが一人で座っていることに気付いた。黙ったまま、重い足取りで階段を上ると、アルキュオネは彼女に近づいた。
いつもは一本の三つ編みにしている銀髪をまとめることなく、ロージェスタは頬杖をついて、黒板のその向こうを見ているようだった。上がってくるアルキュオネに気付くと、ゆっくりと視線を向ける。その深く翳った琥珀色の瞳に、アルキュオネは胸を鷲掴みにされたような気がした。思わず目を伏せた彼女は、ゆっくりとロージェスタの隣に座った。
「ロージェ……」
それ以上は言葉にならなかった。彼女に会ったら何と言おう?……ずっと考えていた……ずっと。でも、答えは見つからなかった。
アルキュオネは長い息をついた。微かに喉が震える。
「……私……知らなくて……ほんとに、全然知らなくて……」
自分の膝の上で握り締めた両手を見ながら、アルキュオネは消え入るような声で話していた。
その手に、ゆっくりとロージェスタの手が重なった。驚いてアルキュオネは顔を上げた。
「アーネ……」
琥珀色の瞳からは、今にも涙が零れそうになっていた。何かを言おうとした唇が震える。耐えられずに俯いたロージェスタの動きに合わせるように、両肩の銀髪がさらりと流れ落ちた。
「……ごめん、ごめんね!……アーネの方が辛いのに……」
髪が顔を覆い隠す中で、ロージェスタは言葉を絞り出していた。その姿に、心臓を握り潰されたような気持ちになる。
アルキュオネは思わずロージェスタを抱き締めていた。
「ロージェ……大丈夫よ」
一瞬驚いたロージェスタは、彼女の背中へと震える手を回した。
「……ごめん……私……ごめんね……」
彼女の涙で肩が濡れていくのが分かる。
「大丈夫、大丈夫だから……」
それしか言葉が見つからなかった。泣きじゃくるロージェスタの背中を擦りながら、アルキュオネは、ただただその言葉を繰り返した。
* * *
修学院構内のある木陰のベンチで、アルキュオネはぼんやりと遠くを眺めていた。授業には出られなかった。人々のあの視線には、もう耐えられなかったからだ。
「ここにいたの」
気が付くと、エレクトラが目の前に立っていた。
「エレクトラ……」
彼女は小さな紙切れを差し出した。
「あのさ……この間の車の持ち主、分かったんだけど……情報、要る?」
アルキュオネは少しだけ目を見開いた。
「誰だったの?」
エレクトラは俯いた。
「アルベルト……ガリオネッティ」
アルキュオネは息をついた。
「やっぱりそうなんだ……」
「……うん」
新聞の言う通り、彼はアルベルト=ガリオネッティと一緒に、禁断の研究を……
アルキュオネは笑顔を作った。
「ごめん、エレクトラ。メルカ・ビルのマケ・ラ・マケ、もう少し後でもいい?」
エレクトラは一瞬驚き、苦笑した。
「いいのよ、そんなこと」
アルキュオネは息をつくと、天を仰いだ。
「本当に、隠してることには理由があったね……」
「それは……」
そこで、急に思いつめた表情になったアルキュオネはエレクトラに目をやった。
「私、もっと早く何とかしてたら、そしたら何とかなったんじゃないかって!」
目を見開いたエレクトラは、アルキュオネの隣へと腰を下ろした。
「アーネのせいじゃないわ。それに……アーネ一人で背負い切れるような秘密じゃない……」
アルキュオネは縋るようにエレクトラを見つめた。
「でも!……私、気付いてたのに!」
「アーネ!」
エレクトラは彼女の手に自分の手を重ねた。
「アーネのせいじゃない。それだけは確かよ。だから……自分を責めないで」
俯いたアルキュオネは苦悶に顔を歪めた。
「だって私……ロージェに彼のこと薦めちゃった……」
肩を震わせる。
「大丈夫。アーネのせいじゃないから……」
見たことのないアルキュオネの姿に動揺しながら、それでもエレクトラは微笑んだ。
彼女を見返したアルキュオネの瞳には、溢れそうなほど涙が溜まっていた。
「あんなに勇気を出して、あんなに嬉しそうにしてたのに! 私が彼女を泣かせたの!」
その言葉に、エレクトラは思わず彼女を抱き締めた。
「違うよアーネ、それは違う……」
諭すように、ゆっくりと話す。アルキュオネはきつく目を閉じた。エレクトラの小さな体にしがみつく。
「私……どうしたらいいの?」
エレクトラの肩に、彼女の涙は零れ落ちた。
「銀翼のキセキ外伝 もう一人のクロネッカ」をお読み頂きましてありがとうございます。お待ち頂きたいと書きながら、第12話も執筆できてしまいました。第13話以降については、本当にもう少しお時間を頂きたいと思います。引き続き、お付き合い頂ければ幸いです。




