私が十二年間、夫の代わりに治し続けた領民を、夫は一人も覚えていませんでした
最終エピソード掲載日:2026/02/28
三千二百人の名前を覚えている女がいる。
けれどその女の名前を、夫は一度も呼ばなかった。
侯爵夫人セシリアは十二年間、領内を歩いた。
腰の曲がった鍛冶師の痛みを取り、産後の母親の手を握り、老婦人の膝を週に二度治した。
毎晩、眠る夫の頭痛を治癒した。
夫は「よく眠れた朝」としか思わなかった。
ある日、夫が言った。
代わりが見つかった、実家に戻れ、と。
セシリアは泣かなかった。
微笑んで、三千二百名分の患者台帳を後任に手渡した。
来月までに全員の顔と名前を覚えてください、と添えて。
実家の小さな診療所で再び患者を診始めた朝、一台の荷馬車が止まった。
十二年間、顔も知らなかった薬草園の主が言う。
届け先を変更する、と。
ただそれだけの一言だった。
セシリアは知らない。
届けられていた薬草の品種が、毎年変わっていたことの意味を。
注文していない希少種が、なぜ的確に届くのかを。
あの男がなぜ、診療室の棚の並びを知っていたのかを。
台帳の最初の頁には、患者番号0001が記されている。
十二年前に書いたその番号の持ち主は、彼女を捨てた夫だった。
この番号が、別の名前に書き換わる日は来るのだろうか。
けれどその女の名前を、夫は一度も呼ばなかった。
侯爵夫人セシリアは十二年間、領内を歩いた。
腰の曲がった鍛冶師の痛みを取り、産後の母親の手を握り、老婦人の膝を週に二度治した。
毎晩、眠る夫の頭痛を治癒した。
夫は「よく眠れた朝」としか思わなかった。
ある日、夫が言った。
代わりが見つかった、実家に戻れ、と。
セシリアは泣かなかった。
微笑んで、三千二百名分の患者台帳を後任に手渡した。
来月までに全員の顔と名前を覚えてください、と添えて。
実家の小さな診療所で再び患者を診始めた朝、一台の荷馬車が止まった。
十二年間、顔も知らなかった薬草園の主が言う。
届け先を変更する、と。
ただそれだけの一言だった。
セシリアは知らない。
届けられていた薬草の品種が、毎年変わっていたことの意味を。
注文していない希少種が、なぜ的確に届くのかを。
あの男がなぜ、診療室の棚の並びを知っていたのかを。
台帳の最初の頁には、患者番号0001が記されている。
十二年前に書いたその番号の持ち主は、彼女を捨てた夫だった。
この番号が、別の名前に書き換わる日は来るのだろうか。
第1話 役目は終わりましたね
2026/02/28 12:05
(改)
第2話 三千二百名の名前
2026/02/28 12:05
(改)
第3話 先生がいない朝
2026/02/28 12:05
第4話 余った薬草
2026/02/28 12:05
(改)
第5話 根を詰めすぎるな
2026/02/28 12:05
第6話 あんたは、よくやった
2026/02/28 12:05
(改)
第7話 では、あの方々の名前を
2026/02/28 12:06
(改)
第8話 あんたの記録は、あんたのものだ
2026/02/28 12:06
(改)
第9話 あの日から、ずっと
2026/02/28 12:06
(改)
第10話 これからの十二年
2026/02/28 12:06