5「これを恋と呼ぶのだと」
虫を潰して、潰しに潰して。僕はそれでも瑠奈のことを忘れられずにいた。
珍しく図書館に行った。図書館のこの静かな雰囲気がどうしても僕の性に合わないのだが、それでも今日は行くべき理由があった。
『恋愛』に関する本を探す。どうして瑠奈が僕を好きになったのか、知りたかった。
どうして、自分の体を犠牲にしてまでその気持ちを証明しようとしたのか。
それっぽい本を幾つか開いてみたが、流石に薄っぺらい内容のものばかりだった。探せど探せど、瑠奈のような恋愛感情の例は出てこない。
なので、試しに重厚そうな恋愛小説がないか司書に聞いた。例えば心中で終わる作品だったり、誰かが亡くなる作品だったり。
僕は合計三冊の本を借りた。家に持ち帰る。そして読んでみる。一冊目の本は、確かに心中で終わった。だが、どこかフィクションめいたものをひしひしと感じて正直薄いと言わざるを得ない。
二冊目の本はヒロインが病気でなくなるような作品だった。これは僕の求めていた作品とは違う。
三冊目の本を手に取った。そのタイトルは――。
「『潰れた虫』か」
普通の恋愛小説にしては、かなり物騒なタイトルだった。僕はゆっくりと本を開く。
『私は酷く冷たい恋をした。』
一文目から僕は心を掴まれた。
『彼は虫を潰すような男の子で、私はそれがちょっぴり嫌だった。でも、共感できるところはあった。彼は何かを抱えていて、それを発散したいがために虫を潰すことに走っていたのだ。』
僕は瑠奈の姿を思い浮かべる。彼女から見た僕はこんな感じだったのだろうか。
『潰れた虫を見た。私は、それが――』
僕は気付けば没頭していた。ページを捲る手が止まらない。
気付かない内に読み終わってしまった。時間も数時間以上経過していて、僕はあっと驚く。
夏休みに入ったから時間はたっぷりある。その間に瑠奈の想いに似た恋愛の作品があれば見つかればいいと思っていたが、まさかこんなに早く見つかるとは。
ラストシーンは主人公とその彼氏が心中するような内容だった。だが、これはあくまでも考察の範疇であり、本当に二人が死んだのか明確にはされていない。
僕はなんとも晴れない気持ちになる。それでも、心地は良かった。
本の世界とはこうも楽しませてくれるものなのかと、僕は思う。
僕は本を置いて家を出る。行く先は公園だった。
公園は夏休みだからか、人が多い。その中で僕は公園の隅の方、茂みがある場所へ。
茂みをがさがさと探って、虫を手に取る。バッタだった。
バッタを掴んでその顔を見つめる。
『私も好きなんだよね、虫を殺すの』
瑠奈の声が聞こえた気がして、僕は後ろを振り返った。そこには誰もいない。
僕はもう一度、虫を見つめた。
「瑠奈・・・」
僕は彼女の名を呟く。
バッタを茂みの方へ落とした。
もう、虫を潰す気にはなれなかった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
僕は流れるように大学生となった。友達は数少ないが、一人だけ『親友』と呼べる存在がいる。
名前は祐樹と言って、パーマのかかった長い茶髪が特徴だ。
毎度毎度「広、ラーメン食い行こうぜ」と、授業終わりすぐに声をかけてくるのだ。
次に控えているのが単位の取れている科目であれば問題ないので、時々着いて行ってやる。
学校終わり、僕は家に帰ろうとした。その時になって、ふと、瑠奈の姿が頭に浮かんだ。
今になっても彼女の姿は鮮明に覚えている。
それと共に、小学生の頃僕はよく虫を潰していたことを覚えている。
今思い返すに、両親の離婚をきっかけに始まったその習慣は、上手く感情を言葉にできない僕の発散方法の一つとなっていたのだろう。
僕は公園へ向かう。あの時とは違い、遊具が一新されたがそれでもあの茂みだけは姿を変わらずに残されていた。
僕は茂みの方へ向かう。
昔のように手を突っ込んで虫を手に取った。
芋虫だ。昔より、サイズが小さく見える。きっと僕が成長したせいだろう。
蠕動する緑のシルエットをじっと観察して、それから茂みの方へ戻す。
僕は気付けば笑みを浮かべていた。温かい。やはり、この温かさは何なのだろうか。
虫を見ると、こう、とても気持ちが昂る。
僕はきっと死に対して『美』というものを感じていたのだろう。だからこそ、首を吊って亡くなった母に綺麗だと言えた。
本当にそう結論づけて、いいのだろうか。
瑠奈の時の温かさは何だったのだろう。
『だって私、広くんのことが好きだから』
その一言だけがいつまでもずっと、僕の頭の中に響く。
僕は空を見上げる。
雲一つない、晴天だった。
彼女が亡くなって、成長してから分かった。
これを『恋』と呼ぶのだと。




