第19話:それぞれに借りた本(下)
月草はもう、最初の本を棚に戻して、別の棚の前にいた。
深緋はそのまま紋様集のコーナーで見ていると、月草が静かに小走りで駆け寄ってきた。
「ねえコキア」
「楽しい?」
「うん、楽しいです! ……あ、コキア、それ」
「ぼくがよく塗ってるやつ」
「しってる! いつもきれいだなって見てるから」
「一緒に見る?」
「はい!」
深緋は何冊か書架から抜いて、テーブルに持っていく。深緋は細かく整った図柄が好きで、昔からなんとなく眺めていた。あまり中は読んでいない。
月草は紋様集をテーブルいっぱいに広げて、ページを一枚ずつめくっていた。紋様集は、土地ごとの古い模様や、印章や、意匠などを集めたものだった。丁寧に一ページずつ解説を読めるだけ読んでいる。
月草は、丁寧にページをめくっていった。途中で、手が止まった。
「ね、コキア」
「うん」
「あのね、これ」
「ん」
月草は、開いたページを深緋へ見せた。深緋は、月草の隣に体を寄せて、覗き込んだ。
ページの右に、渦を巻いた模様の写しがあった。蔓のような線が、内側へぐるぐると巻き込んでいる。下に小さく地名が書いてある。深緋の知らない地名だった。
「これ……」
月草が、指で渦の中心を、ゆっくりとたどった。
「あの、海のそばのおじいちゃんの家の模様と、似てる?」
「……うん」
深緋は短く返した。それから、もう少しだけ顔を本へ近づけた。線の巻き方、内側の渦の数、外側へ抜ける蔓のかたち。まったく同じではないが、よく似ていた。
深緋はとっさに周りの大人を確認した。ちょうど大人たちは目につくところにはいない。
「これ……ですよね?」
「ルデト避け」
深緋は囁くような声で言う。
「うん」
「紋様と、似てるね」
「うん」
月草は、それ以上は言わなかった。指で渦をもう一度なぞって、それから、ページの下の小さな地名のところを見た。読めないらしく、しばらく首をかしげていた。
「字、難しくて読めないです」
「借りる?」
「えっ……いいの?」
「うん」
「……はい」
月草は、紋様集をそっと閉じて、両手で胸に抱えた。深緋は立ち上がって、自分の分の本を選んだ。いつもの、植物のスケッチの薄い本を一冊だけ選んだ。
資料室のカウンターへ行くと、潤が鶸の地誌の貸し出し手続きをしていた。
「ヒワ、終わった?」
「もうちょい」
「ツキ、借りたい本は大人に渡せばいいんだよ」
「はいっ」
月草は両手で大きな紋様集を抱えて、後ろでおとなしく待っている。
「ツキ、それ借りるのー?」
「うん」
待っていた鶸に声をかけられて、月草は嬉しそうだ。
「図鑑とかの方が楽しいのにー」
「あっ、図鑑も、次は借りてみたいです!」
資料室を出る時、鶸は脇に抱えた二冊の本を、少しだけ持ち直した。月草は紋様集を、両手で胸の前にしっかり抱えていた。深緋は自分の薄い本を、片手にぶら下げて歩いた。
廊下は静かだった。窓の外は、もう少し暗くなり始めていた。
鶸は、深緋の隣を歩いていた。途中で一度、抱えた本の上の方の一冊を見下ろして、背表紙の布の擦れたところを、指の腹で軽くなでた。それから、何も言わずに、また前を向いた。
深緋は、それを横目で見ていた。
「明日の朝、チーズトースト出ないかな?」
鶸は急に大きな声で話し始めた。
「あー、確かに最近チーズ多いね」
「え、チーズトーストってなんですか?」
月草はきょとんとしている。
「チーズはわかるでしょー?」
「うん」
「トロッとしたチーズが、焼いたパンに乗ってるの」
「わ、おいしそう……」
鶸の説明を聞いて、月草が思わずほっぺたを押さえた。
「いっぺんに口に入れると、火傷するやつ」
深緋がニヤッとする。
「そーそーそー!」
「えっえっ……そんなに危険なものなんですか?」
目を丸くした月草を見て、鶸も深緋も笑った。
(了)
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