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側室を迎えた夜に私が泣いたのは、悲しかったからではありません

最終エピソード掲載日:2026/07/24
涙の正体は、悲しみではなかった。

嫁いで十年。
リーゼロッテは夫に名前を呼ばれたことがない。
屋敷の帳簿、来客の席順、領民の嘆願。

すべてを一人で回し続けてきた。
誰にも頼まれず、感謝もされず。
契約書に書かれた義務は、月一度の報告書だけだった。

残りのすべては、好意だった。

ある日、夫が側室を迎える。
相談はない。
事後の通達だけが届いた。

夜、寝室でひとり、頬を涙が伝う。
けれど胸の底にあるのは安堵だった。
もう、この人のために尽くさなくていい。

翌朝から彼女は好意のすべてを止める。
屋敷を去るのではない。
いたまま、契約の義務だけを守る。

朝食の配膳が消え、席順表が消え、嘆願の返答が消える。
代わりを申し出た側室には、何ひとつできない。
夫は初めて、名前すら呼ばなかった妻の仕事を数え始める。

好意を止めた女は、まだそこにいる。
その沈黙が何を壊すのか、夫はまだ知らない。
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