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『「君の帳簿は冷たすぎる」と婚約破棄された会計聖女、すべての契約を引き揚げて実家へ帰る ~愛や根性では返済できません。数字どおりに破滅してください~』

作者:かおるこ
最終エピソード掲載日:2026/06/02
冷たいと言われた帳簿には
冬を越すための麦の数が記されていた。

冷たいと言われた予算書には
子どもたちの学校の屋根を直す費用が含まれていた。

冷たいと言われた数字には
老人が薬を買い続けるための金額が並んでいた。

けれど人は時に、

耳に心地よい言葉を愛し、
耳の痛い現実を憎む。

「愛があれば大丈夫」

「絆があるから何とかなる」

「領民は理解してくれる」

そう言って彼は署名した。

契約書の最後のページに。

その一筆は軽かった。

羽のように軽かった。

だが契約とは重い。

麦よりも重く、
鉄よりも重く、
王冠よりも重い。

彼女は何も奪わなかった。

ただ自分の名を書いた契約を、
自分の名とともに持ち帰っただけ。

それだけだった。

けれど春が過ぎ、

夏が過ぎ、

秋風が吹く頃、

倉庫は空になった。

帳簿の余白は広がった。

人々の笑顔は減った。

数字は嘘をつかなかった。

赤字は赤字だった。

借金は借金だった。

不足は不足だった。

愛では返済できない。

根性では利息は消えない。

願いでは収支は合わない。

だから数字は冷たいのではない。

数字はただ、

現実を映しているだけだ。

彼女の帳簿は厳しかった。

だがその厳しさは、

冬のために薪を積む手であり、

飢えぬよう種を残す知恵であり、

未来へ続く橋を支える柱だった。

やがて人々は知る。

優しさとは、

今ある金を使い切ることではなく、

明日も暮らせるよう残しておくことだと。

そして彼女は今日も、

静かな執務室でペンを走らせる。

窓の外には豊かな街。

市場の笑い声。

焼きたてのパンの香り。

学校へ急ぐ子どもたち。

帳簿の数字は整然と並び、

黒字の列が夕日に輝く。

冷たいと言われたその数字は、

誰かの夕食になり、

誰かの給料になり、

誰かの未来になっていた。

だから彼女は微笑む。

「数字は人を裁きません」

「ただ、真実を記録するだけです」

ページをめくる音が響く。

その音はまるで、

破滅の鐘ではなく、

豊かな明日を告げる鐘のように、

静かに、

力強く、

世界のどこまでも続いていく。
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