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57話 黒の中

「やっぱり生きていたのね」

「当然だよな。魔族化した空也に殺された者全員が、生き返っているんだからな」


 陸徒の言葉に、ステラが少しだけ歯を食いしばりながら聖杖を握りしめる。


「久しいな」


 デオルの声が、静かな広間へ響いた。


「随分と白々しいご挨拶だな!」


 陸徒は光の剣先をデオルへ向ける。

 その煽りにも反応は見せず、陸徒たちを見据えたまま、わずかに口元を歪めるだけだった。


「……嘘」


 ふと、ステラが周囲へ視線を走らせたその時、彼女の瞳がデオルの両脇に倒れているものを捉えた。

 一人は、青い肌をした長身痩躯の男。

 もう一人は、筋骨隆々とした巨躯の男。

 二人の黒いローブは無惨に斬り裂かれ、その下には既に黒く変色した血が広がっていた。


「レグナム……ラグレイト……」


 ステラが駆け寄ろうとする。


「待て。もう……死んでいる」


 那琴が静かに告げた。

 離れた場所からでも、二人が息絶えていることは明らかだった。


「くっ……」


 ステラは顔を歪ませ、この現実の先にあるソニカの安否に、急激な不安感が溢れ出す。

 モコの表情は変わらない。しかし円月輪を握る手には、わずかに力が込められていた。


「お前が殺したのか?」

「あぁ」


 デオルは何の感情も見せずに答えた。


「二人はソニカを救おうと、俺へ斬りかかってきた」

「ソニカを……?」

「故に殺した」


 後悔も、怒りもない。道を塞いだ者を排除した。ただそれだけのことだと言わんばかりの声だった。


「ふざけんな!」


 陸徒はラディアセイバーの切っ先を向ける。


「二人は、かつてお前と同じ教団の幹部だったんだろ! それを、どうして簡単に殺せる!」


 デオルは口を開かず、表情を変えぬまま。


「答えろよ!」

「陸徒。もういいわ」


 ステラが険しい表情で前へ出る。


「こいつには、最初から答えるつもりなんてない。それより先に、聞くことがある」


 デオルを睨みつける桃色の瞳には、悲しみや憎悪が入り混じっている。


「今回の異変を起こしたのはアンタなの?」


 沈黙。聞こえてくるのは、床を踏みしめるステラの足音。


「日本から戦車や巨大な兵器を送り込んだのも、アジトを襲わせたのも、全部アンタの仕業なの?」


 デオルは無言のまま、ステラを見つめている。


「都合の悪い質問には答えないつもりか」


 那琴が小太刀を抜く。


「なら、これだけは答えなさい」


 ステラは聖杖の先端をデオルへ向けた。


「ソニカと雫はどこ?」


 広間の中に、重く湿った静けさが漂う。

 やがて、デオルの口元が動いた。


「そう急ぐな」

「二人はどこにいるの!」

「雫という娘の行方は知らぬ」

「嘘をつかないで!」

「俺が知るのは、ソニカの居場所だけだ」


 ステラの目がわずかに見開かれる。


「ソニカは生きてるのね?」

「あぁ」

「なら、今すぐ会わせなさい」

「よかろう」


 不敵な笑みを薄らと浮かべ、デオルが右手を上げる。


「会いたいというのなら、会わせてやる」

「待て。なにか仕掛けるつもりだ」

「させない」


 那琴が身構えて警告すると、モコがすかさず円月輪を宙へ浮かせた。

 桃色の刃が回転しながら、デオルへ狙いを定める。だが攻撃を放つよりも早く、デオルの傍らが黒く歪んだ。


「あ、あれは……!」


 空間そのものを抉るように渦巻き、広間に凄まじい風が吹き荒れる。


「全員、離れろ!」


 陸徒が叫ぶ。

 しかし黒い渦は、陸徒にも那琴にもモコにも反応しなかった。

 その吸引力は、ただ一人へ向けられている。


「まさかっ、ステラ!」

「くっ……!」


 陸徒が手を伸ばした瞬間、ステラの体が床から浮き上がった。


「陸徒っ!」

「絶対に離さねぇ!」


 二人の手が強く重なる。

 だが黒い渦の力は、さらに増していく。


「私もいきます」


 後方からモコが右手をステラへ向ける。

 目元に念を込めて超能力を発動させると、ステラの体を引き戻そうと陸徒を援護する。


「モコ……!」

「まだ足りない」


 さらに左手も翳した。普段はほとんど変化のない表情が少しばかり歪み、両手を突き出して踏ん張る。


「この渦の力、とても強いです」

「私も加勢する!」


 那琴は滑り込むように陸徒の隣に立ち、ステラのもう片方の腕を掴もうとする。

 だがその時、足元へ黒い光が走った。


「っ!」


 那琴は素早く後方へ跳び、光を避ける。

 床が弾け、砕けた石片が宙へ舞った。


「邪魔はさせぬ」


 デオルが冷たく告げる。


「なぜ抗う? ソニカに会いたいのであろう?」

「だからって、この渦に入って戻れる保証なんて——」


 吸引力が急激に強まり、陸徒の指が、少しずつ引き離されていく。

 モコも必死に力を放ち続けていたが、黒い渦を抑えることはできなかった。


「陸徒さん……これ以上は……!」

「ステラ!」

「陸徒!」


 最後まで伸ばされた指先が離れる。

 刹那、ステラの体は弾かれるように飛び、黒い渦の中へ吸い込まれた。


「ステラァ!」


 陸徒が手を伸ばす。

 しかし届くこと叶わず、広間には陸徒の叫びだけが響いた。

          



「くっ……!」


 ステラの体が、硬い床へ投げ出された。

 すぐに身を起こし、聖杖を構える。


「陸徒! 那琴! モコ!」


 何度呼びかけても、三人の声は返ってこなかった。

 周囲には壁も柱もない。どこまでも薄暗い空間が続いている。

 足元には確かに床が存在しているにもかかわらず、その境界すら闇の中へ溶け込んでいた。


「ここは……」


 ステラは背後を振り返る。

 黒い渦はすでに消えていた。


「また、別の場所へ転移させられたの……?」


 ゲートクリスタルの欠片を使った時とは違う。

 この空間からは、禍々しい闇の力が感じられた。


「デオル! 聞こえてるんでしょ! 元の場所へ戻しなさいよ!」


 虚空を見渡しながら声を張り上げるが、暗闇に反響しながら消えていくのみだ。


「こんな場所に閉じ込めて——」


 その時。

 前方の暗闇に、一人の人影が浮かび上がった。

 黒いローブを身に纏った少女。その手には、先端にアンバー色の石が埋め込まれた漆黒のワンドが握られている。


「ソニカ……?」


 ステラの声が震えた。

 探し続けていた赤髪の少女が、確かに目の前に立っている。

 見たところでは目立った傷はない。自分の足で立ち、ワンドもしっかりと握っていた。


「生きてたのね……」


 ステラは深く息を吐き、一歩近づく。


「よかった。レグナムたちも、アンタを助けようとして——」


 言葉が止まる。

 ソニカは何の反応も示さなかった。俯いたまま、静かに立ち尽くしている。


「ソニカ? どうしたのよ。アタシよ、ステラよ」


 普段のソニカなら、名前を呼ばれただけでも何かを言い返すはずだった。

 余計な心配をするなと怒るかもしれない。あるいは、自分を助けに来るのが遅いと悪態をつくかもしれない。少なくとも、こうして黙り続ける女ではなかった。


「アンタ……まさか……」


 顔を強張らせながらステラは足を止める。


「顔を上げなさい、ソニカ」


 わずかな沈黙の後。ソニカが、ゆっくりと顔を上げた。


「……ステラ」

「そうよ。アタシがわかるのね?」


 名前を呼ばれ、ステラは再び近づこうとする。

 だが、ソニカの瞳には一切の感情が宿っていなかった。光を失った黄緑色の瞳が、ただステラだけを映している。


「ソニカ……?」

「ステラ」


 再び名を呟いた瞬間、ソニカの姿が消えた。


「えっ——」


 ステラは反射的に聖杖を掲げ、呪文を唱える。

 直後、目の前で紫色の光が弾けた。


「封壁(バリアプレート)!」


 金色の障壁が展開されたと同時に、巨大な紫色の光弾が凄まじい勢いで激突した。


「くっ……!」


 衝撃に押され、ステラの両足が床の上を滑る。

 どうにか踏みとどまり、障壁を維持した。


「なにするのよ、ソニカ!」


 返ってくる言葉はない。

 障壁の向こうでは、わずかに瞼を落としたソニカが漆黒のワンドを突き出している。


「アタシと戦うつもりなの!?」


 独り言のようにステラの声だけが木霊する。

 構うことなくソニカがワンドを振り上げる。その周囲へ、無数の紫色の光弾が出現した。


「やめなさい! ソニカ!」


 振り下ろされたワンドとともに、光弾が一斉に放たれる。


「目を覚ましなさい!」


 ステラは障壁を重ね、迫る攻撃を受け止めた。

 薄暗い空間を、無数の紫色の閃光が埋め尽くす。

 再会を喜ぶ間もない。かつて互いの法術をぶつけ合った二人は、再び敵として向き合うこととなった。

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