56話 地下にて待つもの
場面は戻り。
陸徒、ステラ、那琴、モコの四人は、かつて魔信教団の本部が置かれていた街、プレサージュへ到着していた。
「ここがプレサージュか」
那琴が周囲を見渡す。
石造りの建物が立ち並ぶ街には、多くの人々が行き交っていた。
二年前まで魔信教団の本部が存在していたことなど感じさせないほど、穏やかな光景が広がっている。
「工場街だけあって、多少の陰気さはあるものの——」
「見た目はいたって平和だろ?」
表情を崩さないまま陸徒が振り返ると、那琴は小さく頷いた。
「教団の本部は、街の地下に造られていた。地上から見ただけじゃ、誰も気づかなかったはずだ」
「以前と変わらなければ、本部入口はあっちね」
ステラが前方を指差す。
「入口へと続く建物は、定食屋に偽装されていた」
相変わらずの無表情で、モコが軽く呟く。
「定食屋か、なるほどな。であるならば一般人の目も欺きやすい」
納得したような顔をしながら、那琴が腕を組んだ。
陸徒とステラを先頭に、記憶を頼りに街の中を進んでいく。
二年前に訪れた時と比べれば、街並みの一部は変わっている。それでも、教団本部が存在した場所を忘れるはずがなかった。
「この辺りの……はず」
訝し気な様子で陸徒が足を止める。
おかしなことに、記憶にあるはずの建物は見当たらなかった。
「ない……」
ステラが周囲を見回す。
定食屋が建っていた場所は更地となり、石造りの建物は完全に取り壊されていた。
残されているのは建物の基礎部分と、その間から伸びる背の低い雑草だけである。
「場所を間違えたのではないか?」
首を傾げた那琴が尋ねる。
「いや、ここで合っているはずだ」
「アタシも覚えてるわ。確かに、この場所に定食屋があった」
「教団が壊滅した後、建物だけ撤去されたのでしょう」
「時間の経過を見る限り、そうかもしれねぇな」
陸徒は更地へ足を踏み入れる。
「地下の本部まで埋められていないなら、入口は残っているだろ」
「そうね。調べてみましょ」
ステラが先へ進もうとしたその時、那琴が小太刀の柄を握り、鞘から引き抜こうとする。
「那琴、どうかしたか?」
陸徒の問いに応えることなく、那琴は視線だけを鋭くして辺りを見回している。
「……いや、なんでもない」
だがすぐに体勢を戻した。
「そうか。よし、周りに異常がないようなら行くぞ」
四人は互いの位置を確かめながら、更地の奥へ進んだ。
そこには、隣接する建物との間に挟まれた細い通路が残されていた。
「あったわ」
ステラが通路の先を指差す。
突き当たりには、一枚の扉が存在していた。その中央には、大きく文字の書かれた看板が貼りつけられている。
「閉鎖中」
モコが看板を読み上げる。
「見ればわかるわよ」
「読み上げただけ」
「それも見ればわかるって言ってるの」
「ステラ、静かにしろ」
陸徒は扉の前へ立った。
扉には埃が積もり、その周囲には蜘蛛の巣が張られている。地面にも真新しいような足跡はなく、長い間誰も出入りしていないように見えた。
「扉には、罠のようなものはなさそうだ」
警戒心を張り巡らせながら、那琴がゆっくりとドアノブに手をかける。
わずかに力を込めて捻ると、小さな音を立てて抵抗もなく回った。
「開いている……」
「閉鎖中なのに?」
ステラの表情が険しくなる。
「あぁ、鍵がかかってない。誰かが先に入った可能性があるな」
那琴は腰元にある小太刀の柄へ手を添えた。
「もしかしたら、レグナムとラグレイトかもしれねぇな」
「二人がここへ入った後、そのまま戻らなかったのならあり得るわね」
「鍵も閉めずに中へ?」
「俺たちが来ることを想定していたのか、あるいは……」
陸徒の言葉を噛みながら、モコは扉を見つめる。
「中でなにかが起きた可能性もあるわ」
ステラの表情から、わずかに血の気が引いた。
「雫、ソニカ……」
「まだ悪い想像をするには早い」
陸徒はドアノブを握ったまま、ステラへ顔を向ける。
「中へ入って確かめよう」
「えぇ」
「陸徒さん。私が扉を開けます」
「そっか。念のため、扉から離れよう。モコ、頼む」
全員が扉から距離を取ったことを確認すると、モコが右手を翳し、少しだけ目元に力を込める。
すると、扉が独りでに軋みながら、ゆっくりと開かれていった。
その奥には、地下へ続く長い階段が姿を現す。
「中に人の気配は?」
「少なくとも付近にはいない」
小太刀に手を添えたまま那琴が応える。
「よし、俺が先頭を歩く。ステラとモコは中央、那琴は後ろを頼む」
四人は警戒しながら、地下へ続く階段へ足を踏み入れた。
長い階段を下りた先には、薄暗い通路が続いており、壁に設置された光照石の多くは消えている。
一部だけが消えかけの蝋燭のように、床を頼りなく照らしていた。
「内部に変わった様子はねえな……」
陸徒が通路の奥を見つめる。
時の流れは多少感じるものの、二年前の記憶が徐々に蘇ってきた。
「あの時は、アタシとモコ、巨乳剣士が分断されたのよね」
「でも魔族亡き今、幻術で造られてもいない」
「懐かしいけど、辛い思い出のほうが強いわね」
「……あぁ」
「陸徒、ごめん。そういうつもりじゃ——」
「いや、いい。空也はもう元にもどっているんだしな」
会話は止み、静けさ漂う中、ゆっくりと通路を進んでいく。
聞こえてくるのは四人の足音と、どこからか落ちる水滴の音だけだった。
「人が通った形跡はあるか?」
陸徒が尋ねる。
那琴はしゃがみ込み、床へ指先を触れた。
「埃が乱れている」
「最近、誰かが通ったのか?」
「そこまでは断定できない。だが、この通路だけ不自然に埃が薄い」
那琴は立ち上がり、前方を見据える。
「複数人が通った可能性もある」
「やっぱりレグナムたちよ」
杖を握る手に力が入り、ステラが足を速めようとする。
「待てステラ」
「離して。早く行かないと」
「焦るな。罠があるかもしれない」
「でも、雫とソニカが……」
「気持ちはわかる。だからこそ、ここで俺たちまで捕まるわけにはいかない」
「……わかってるわよ」
ステラは不満そうにしながらも、足を止めた。
「この先に、なにかある」
表情を変えないまま、淡々とモコが発した。
彼女の指差した先には、広間へ続いていた巨大な扉が存在していた。しかし扉は中央から大きく裂け、内側へ倒れ込んでいる。
「これは……」
陸徒たちは壊れた扉へ近づいた。
「自然に崩れたものではないな」
那琴が断面を確認する。
「外側から強い力を加えられている」
「レグナムたちが壊したのかしら」
「あるいは、先に中へ入った何者か」
モコが腰から円月輪を取り出し、那琴も鞘から抜いた小太刀を逆手に持っている。
桃色と鈍色の金属刃が、互いにわずかな光を反射する。
「この先は——」
言いながら陸徒はラディアセイバーを抜くと、柄から光が溢れ、眩い刀身を形成する。
「教団が集まっていた広間だ」
「迷う必要はない」
ステラも聖杖を構える。
「行くわよ」
陸徒を先頭に、四人は倒れた扉を越えた。
その奥には、記憶のままの広間が残されていた。
部屋の中央に置かれた巨大な円卓と、周囲を取り囲む、複数の椅子。二年前、魔信教団員たちが集っていた場所だった。
「ここだ……」
陸徒の脳裏に、過去の光景が蘇る。
空也が魔族へ変貌し、信者たちを消滅させた場所。デオルが怒りに任せて空也へ斬りかかり、そのまま命を奪われた場所でもある。
「陸徒さん」
モコの声で、陸徒は我に返った。
彼女と那琴が、警戒心と敵意を出したまま、広間の最奥を見つめている。
「誰かいます」
周囲を囲う深淵のような暗闇の中、わずかな光照石の明かりだけが一人の男を照らしていた。
肩にかかるほどの長い灰色の髪と、右頬にある刃傷。闇を象徴する漆黒のローブ。
そして、陸徒たちを見下す冷たい眼差し。
「デオル……!」
陸徒が、その名を口にする。
かつて魔信教団を率いていた教団長が、何事もなかったかのように立っていた。




