第2話 愛する機会①の受け取り
受けとった紙をよく見てみると、下の方に小さく真っ赤な文字をみつけた。
『最大の幸せを感じた時、記憶が戻るでしょう』
憂海は確かめるように小声で、それを読み上げた。
真っ赤な文字と、その内容に気味の悪さを感じ後ずさる。
そして紙から、女性に視線を移した。
「えっ……と。大丈夫……?」
「うーん。どうすればいいかわかんないけど、なんだか気持ちは晴れてるんだー」
「そんな前向きな記憶喪失はじめて見た。……いや、てかそもそも記憶喪失の人を見るのがはじめてだわ」
「ふふふ。お兄さん良い人っぽいね」
自分の発言に自分でツッコミを入れる憂海をみて、女性は探るような目を向ける。
「……いや、俺は全く良い人じゃないよ」
下唇を噛んで目を伏せた。
「じゃあ、私のこと助けてくれないの?」
「いや……。そんなことは……むしろ……」
助けたい。救いたい。
その欲望が頭を過った時、ふと直前にあった出来事を思い出す。——口元に大きな痣のある『作者』だと名乗った人物の言葉を。
『強い欲望を得ましたね』
『願いを叶えてあげる』
ゴクリと音を立てて唾を飲み込んだ。
あの時、憂海が強く感じた欲望は……。
——誰かを救いたい。助けたい。そして、幸せにしたい。
直前のそのやりとりから考えて今のこの状況は、偶然にしてはお誂向き過ぎる。
さらに『作者』という言葉が引っ掛かる。
信じがたいが……もしかして、神のような存在なのだろうか。
頭の中に浮かぶ疑問を整理するために沈黙している憂海に、女性は続きを促すように話しかける。
「むしろ……? なに?」
「……助けたい。君の事を、俺に助けさせて欲しい」
過ちを償うために、自分の命を誰かのために費やしたいと願った憂海。
強く決心をした。目の前の女性を救う決心をした。
——『作者』から【愛する機会】を受け取った。
「ぜひお願いしますっ!」
女性は弾むような明るい声で応えると、憂海の頬が僅かに上がった。
「記憶喪失って……えっと……。なんにも覚えてない……の?」
「なんだかね、名前だけは覚えてるんだぁ。恵っていうの。……あっ苗字は覚えてない」
人差し指を伸ばして空中に書きながら伝え、最後に腕を交差させてバツを作った。
「恵……さん、ね。よろしく。俺は小林憂海っていうよ」
「恵で! 呼び捨てでいいよ、憂海くん。多分私のが歳下だしね」
「わかった。俺も呼び捨てでいいよ」
「オッケー! 憂海! よろしく!」
恵は勢いよく立ち上がり、右手を差し出して握手を求めた。
それに応じて強く手を握って決意を固める。——救う決意を。
「記憶喪失したとは思えないくらい、ほんとに明るいな」
「だって憂海が助けてくれるんでしょ?」
「……そうだな」
整った顔で微笑みながら、上目遣いを向けられ、憂海は目を逸らす。心拍数が少し上がるのを感じた。
ところで、と恵が切り出す。
「さっきのってどういう意味?」
「さっきの?」
「『全く良い人じゃないよ』って言ってたやつ。……なんか悪さしたの?」
憂海の心拍は、先とは違った意味で速くなる。
「……そうだな。それはちゃんと話しておかなきゃいけないな」
大きく肩を上下させて、肺の空気を入れ替えるそして恵の目を真っ直ぐに見つめた。
「俺は……五年前に取り返しのつかない事をしてしまったんだ」
憂海は重々しく、悲愴感を乗せながら語り始める。




