第1話 命の使い道
いつかきっと罰が当たる。
だって、俺がしてしまった事は 決して償いきれない事だから。
小林憂海は、毎年12月24日の深夜に墓参りに行く。
人の気配など全くないが、それでもまるで隠れるかのように、音を立てずに石でできた歩道を歩いていく。
そして目的の墓石の前に着いた。
【坂本家之墓】
その文字から目を離せない。まばたきするのも忘れ、唇を噛んだ。
今でも鮮明に五年前のあの事件が、頭から離れない。
喉に魚の骨が引っかかるように、憂海の胸にトゲが刺さっている。
胸の疼きを感じ、その場に崩れるように頭と、手と、膝を付ける。
「すみません、でした」
墓石に向かって土下座をした。
その行為がなんの償いにもならない事は理解しているが、胸の疼きが憂海にそうさせる。
「すみません。……すみません。本当に申し訳ありません」
顔を下げたまま、何度も謝意を示していると、
「だれ!? 何してるの?」
土下座をしている背中に、突然女性の声がぶつけられた。
憂海は全く気配を感じて居なかったので、身体がビクリと跳ねた。
「ぃひっ……す、すみませんっ」
「あなた……もしかし……」
目を合わせないように顔を背けたまま、咄嗟にその場を離れようとすると、何かを問われかけたが、相手が言い終わる前に出口へ向かって駆け出す。
「待って! 逃げないで!」
女性の必死の声が聞こえるが、なりふり構わずに、逃げた。
「はぁ……はぁ。ここまで来れば……はぁ。大丈夫だろ」
恐らくあの墓の関係者だろう。
償いをしたいと思っているくせに、肝心なことからは逃げ出す自分を軽蔑する。
「……情けないな。俺は、一生この胸の疼きを感じながら生きていくのかな」
胸に手を当てながら、肩を落として、とぼとぼ歩く。
誰かを救いたい。助けたい。幸せにしたい。
そんなことが遺族への償いになるわけはないが、残りの自分の命は誰かのために使う。全てを費やす。
憂海は自分の命の使い道を、強く決断した。
そして大きなため息を落としながら角を曲がる。
「あなた」
淡々とした女性の声に、後ろから話しかけられた。
憂海はビクッとして、振り返ると、夜の闇に同化しそうな綺麗な黒髪で、口元に大きな痣のある女性が立っている。
その痣を認識した時、無意識に少し顔を歪ませて、目を逸らした。
——多分さっきの女性だろう。
逃げるタイミングを失ってしまった。
憂海は自身の心拍数が増していくのを感じる。
「あなた。今、強い欲望を得ましたね?」
「え?」
「強い欲望を得ましたね?」
「……え? っと、はい。てか……誰です、か?」
恐る恐る相手の正体を尋ねた。
「私はあなた達の作者、黒田葛美。あなた達の願いを叶えてあげるからさ——愛を見せて欲しいの」
淡々と説明される。『あなた達』と複数形で言っているのが気になるが、それ以上に全体が意味不明過ぎる。
ただの頭のおかしい不審者だと認識した方が理解が容易だと思ったが、なぜかそうはさせてくれない力を感じて、続きを聞く。
「憂海の願いの先にある愛を見せてね。愛する機会を与えるよ、それが作者の役割だから。ね」
名乗っていない名前を突然呼ばれ、憂海はゴクリと唾を飲み込んだ。
そして自分を落ち着かせるために、目を閉じて深呼吸を繰り返す。
次に、目を開けると誰も居なくなっていた。
首をかしげて、幻覚だったんだ、と無理やり自分に言い聞かせて自宅の方向へ身体を反転させると、先の電信柱の横に人影が見えた。
警戒心を高めながら近づいていくと、自分より若そうな女性が体操座りで、目を向けてくる。
「……えっと、大丈夫……ですか?」
「……わかんない」
「え? わかんない?」
「うん」
よく見ると、右手に折り畳まれた紙を持っている。
その紙を「んっ」と憂海に差し出してきた。
紙を受け取り、広げるとマジックペンで文字が書かれている。
【記憶喪失です】
憂海は目を見開いた。
「……記憶喪失?」
「うーん。なんだかね、そうらしいね」
体操座りの女性は、まるで他人事のように笑いながら言った。




