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三年後、王室御用達になった私の商会に、元婚約者が面接に来ました  作者: 秋月 もみじ


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第10話 王室御用達の朝


朝陽が、商会の石造りの入口を斜めに照らしていた。


石工が脚立の上で、最後の金槌をひとつ軽く叩いた。

鉄の芯の鈍い音が、朝の空気に短く残った。


「——これで収まりました、代表」

「ありがとうございます」


脚立が下ろされる。石工が帽子を軽く持ち上げて挨拶した。

入口の上、私の背丈よりも少し高いところに、

磨き上げられた真鍮の、王家の紋が入った札が掲げられていた。


**リディア・カスティヨン商会 王室御用達**


朝の光が、真鍮の鷹の羽のところに当たって、金色に滲んでいた。


私は札の下に立っていた。


立っていた——というより、

動けなかった、と言ったほうが近かった。


見上げると、陽がまぶしくて、目の奥が熱くなった。

熱いのはたぶん陽のせいだ、と自分に言った。



商会の扉のところから、クローディアが一度、顔を出した。


何も言わずに、顔を引っ込めた。


それで十分だった。

——「おめでとうございます」を、この人は三年、言わずにいてくれた。

言わない代わりに、匂い蝋燭をひとつ増やしてくれていた。

今朝もきっとどこかに、余計な蝋燭がひとつ灯っているはずだった。


石畳の朝露が、もう乾きはじめていた。

季節外れに早い、春の朝だった。


石畳の向こうから、ひとつの馬車の車輪の音が近づいてきた。

音だけで、誰の馬車かわかった。

——あの人は、車輪の音も落ち着いている。



ジェラールが馬車を降りた。


「おはよう」

「おはよう」

「……札、綺麗に収まったね」

「ええ」

「——いい朝だ」


彼は札を見上げた。

私は彼の横顔を見ていた。

見ていたことに気づかれても、今朝はもう恥ずかしくなかった。


彼が札から視線を下ろした。


「リディア」

「うん」

「昨夜、言った件」

「……うん」

「話しても、いい?」


私は頷いた。


彼は懐から、小さな木の箱を取り出した。

掌の半分くらいの、古い木の箱。

蓋に細かい葉の彫刻が入っていた。


「——祖母上のお名前を、先に言わせてほしい」


私は息を止めた。


「メイベル・エヴァーハート様」

「……うん」

「君の、祖母上」

「うん」

「祖母上は若いころ、エスピエラの南部に、何度か茶葉の仕入れで足を運ばれていた」

「……」

「そのとき案内役をしていたのが、うちのカスティヨン商会の、前の代の番頭だった」


朝の風が、札の下の石畳を撫でていった。


「三年前。君の婚約破棄の噂を、エスピエラで聞いた」

「うん」

「その少し前に、当家のその番頭が亡くなっていた。——遺品の中に、メイベル様の古い手紙が、束で残っていた」

「……」

「読んだ。——君の名前が、何度も出てきた」

「……嘘」

「嘘じゃない」


私は札の下の、入口の石の段に手をついた。

つかないと——膝が笑いそうだった。


「『うちのリディアが、いつか大きな仕事をします。そのときは、ぜひお願いしますね』」

「……」

「そう書いてあった。——君が、十二歳のときの手紙だった」


ジェラールの声が少し低くなった。


「だから俺は、下書き稿の☆を見た日に——ああ、いま、そのときが来たのだ、と思った」

「……」

「茶葉は、祖母上の生前のひいきの銘柄を、半年かけて取り寄せた」

「……」

「君を探すきっかけが、メイベル様の手紙で。——」


そこで彼は止まった。

止まってから——息を吐いた。


「——君を、引き止めるきっかけが、欲しかった」



木の箱が開いた。


中に、小さな金属の輪がひとつあった。


朝の光のなかで、金は金の色をしていなかった。

少し曇っていた。

——彼の手のひらの温度を、長い時間吸い込んでいた証拠だった。


「共同経営者として、ではなく」


彼はそこで、また止まった。


「——一人の、男として」


低い声だった。

低くて——震えていた。


「リディア・エヴァーハート」

「はい」

「私と、結婚してください」


その「はい」が私の返事ではなく、彼の問いかけに私が姿勢を正した音だったことを、

——彼は、たぶん分かっていた。


私は指輪を受け取る前に、

ジェラールの手のひらに、自分の手のひらを重ねた。


重ねてから、頷いた。


「——はい」


ひと言だった。


そのひと言のあいだに、私の三年間がぜんぶ入っていた。



数日のあいだに、幾つかの知らせが商会に届いた。


ベルナルド伯爵からの改まった書状には、

「当家、今後、貴商会と十年の茶葉供給契約を結びたく」とあった。


エスピエラ南部の農園の使者は、

「王都の末席のお嬢様は、社交の場からしばらくお姿が見えないそうで」と、茶葉の報告のついでに口にした。


ヴァルデン侯爵家長男、ライナルト様からの、

封蝋の色をきっちり守った正式な書状も届いた。

——弟の件、母の件、三年前の件について、家として詫びる、という内容だった。

詫びは受けた。

返事は短く書いた。

「過ぎた時間を返していただく必要はございません。どうか侯爵家が、これからの時間を誠実に過ごされますように」と。


セオドア・ヴァルデン様のお名前は、その書状にはなかった。

地方のどの町の、どの親戚の家の、どの部屋に——それは知らないことにした。


エロイーズ・ヴァルデン様は、ご自身では便箋を取らなかった。

取らなかった、ということを、取らなかったという形で——私は受け取った。



朝がまた来た。


商会の入口の、王家の紋の真鍮の札の下で、

ジェラールが私を待っていた。


「おはよう」

「おはよう」

「——入ろうか」

「うん」


私は札をもう一度、見上げた。

朝の光が鷹の羽を、やはり金色に滲ませていた。


三年前、私を捨てた家の深い赤の家紋を、

私はもう見上げていなかった。


今の私が見上げているのは、別の紋だった。

自分で選んで、自分で積み上げて、自分の名を刻んだ札だった。


扉が開いた。


入るときに、ジェラールの手がほんの少し、私の背に触れた。

重さのない、案内の手だった。


——三年前に捨てられた、私は。


今朝、ようやく選ばれた。


自分の手で築いた場所で、自分の選んだ人に。


扉が閉まる音が、朝の光のなかにひとつ、落ちた。

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― 新着の感想 ―
ごめんなさい、私の読解力が足りないのか色々気になってモヤモヤしました。
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