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天の采配

 無事に裁定をすませた矢口様は、欲深にも一花と夜兎をしっかり抱きかかえて逃げ帰る算段をしています。午雲さんも河美子の手を握って離さず、逃げ出す準備に余念がありません。


「おっと待ったぁ。そっちが片付いたんなら俺っちの出番だ」

 胡散臭い風体の男たちが雪崩込んできました。見たところ地回りといった風体で、寒空にもかかわらず尻はしょりをしています。そして、短いながら腰に一本差していました。

「手前ぇたち、誰の許しを得て賭場を開いてやがんでぇ。ここいらはな、銀蝿一家が仕切ってんだ。もう好き勝手なことはさせねぇからな」

 よく見れば銭を取って場所を売っていた男たちです。その中の元気がよさそうな男が午雲さんの目の前に出てきて、じっとりと睨み上げました。

「お前様は何者かな?」

 道を訊ねられたような受け答えでした。腹が太いのか、それとも何も考えていないのか。寺の修行を積むとこうも平静でいられるものでしょうか。平然と相手を見つめながら、河美子の手を撫でています。

「舐めた真似するじゃねぇか、えぇ。俺ぁなあ、銀蝿一家の代貸し、若頭の久助でぇ。いいか、耳の穴かっぽじって良く聞きやがれ。これからぁなぁ、馬の駆けっくらをするときにゃあ、親分の許しがなきゃさせねぇからな」

 午雲さんは困りました。午雲さんにとって駆け較べなど、どうでもいいことなのです。しかし、自分に向けて言われているのだから返答に困りました。


「午雲殿、ここは私が……」

 駆け較べの興行権のことで言いがかりをつけてきたのですから、当然上総之輔が決着をつけることです。

「短小はすっこんでろぃ。ガキの出る幕じゃねぇんだ」

 上総之輔の顔が、瞬間に真っ赤になりました。


「ならば拙者が……」

「笑わせるなぃ。腎虚が一人前の口たたくんじゃねぇ。悔しかったら固くしてみやがれ」

 上総之輔をおしのけて表舞台に躍り出たは良いのですが、地回りの啖呵に怯んでしまった日下部様。いかな遺恨試合とはいえ、武家同士の闘いですので程度を弁えています。それに、生まれついての侍ですので、躾が厳しかった。固くしてみせろというようなことを言われるなどとは予想もできませんでした。それでなくても、ついさっき馬に自信を喪失されていたのです。青菜に塩となってしまいました。


「矢口殿、いかが致しましょうか。得物があればこんな者共、すぐにも蹴散らしてやりましょうが、素手ではどうにも。が、女は断じて逃がしとうない……。いやいや、違いますぞ、護りますぞ」

 午雲さんは、どうやら武芸の心得があるようです。が、素手ではどうしようもありません。それにしても、河美子に対する執着心はすさまじい。

「なんくるないさー。私が相手しようかね」

 矢口様が床几から腰を上げました。被っていた冠を小豆に持たせ、夜兎の手を引いて凄んでいる男の前に立ちました。

「久助、いつまで手間取ってるんでぇ。さっさと片付けろぃ」

 見慣れない漢服と、女連れということで男は少したじろいでいます。何人かに護られた図体のでかい男が苛つきました。

「あらぁ、これが親玉なんだね。こいつを倒せばいいわけねー」

 ふいとそちらに矛先を向けますと、いきり立ったのが若頭。目の前に来ながら無視されたのだから怒ります。

「こらぁ、親分に何しやがんでぇ。俺が相手になってやらぁ」

 下品極まりない言葉で食って掛かりました。

「あんた、馬鹿じゃないの? 今から親分を片付けると、次はあんたが親分になれるんだよ。それくらい解らんかねー」

 男はハッとした表情をみせました。一瞬だけですが片頬が吊り上り、ブルブルと頭を振って真顔に戻りました。

「そ、そんなことできるもんか」

「だから馬鹿だって言われるんだよー。どうせ乗っ取ろうと考えてるのさー。今が勝負だよ」

「……」

「三つかぞえるよー。はい、いち、にぃ、さん。怪我したくなかったらそっち行ってなさい」

 矢口様は、穏やかに諭すと、銀蝿に詰め寄りました。すると、親分を護らんと何人かが立ちはだかりました。

「みんな、聞いてなかったのかねー。親分は、今、この場で交替するのさー。そいつはもう、親分ではなんだよー」

「な、なに言ってやんでぇ。いい気になりやがって」

「あんたも馬鹿だねー。うまくすれば、次の若頭になれるんだよー」

「……う、うるせぇ!」

「いいんだねー。先に後悔できないんだよー。まあいいさ。三つ数えるからねー。いち、にぃ、さん」

 一人がガクガク震えながら刀を抜きました。

「あらぁ、相手するつもりなのかな? 一生後悔するよー。ほかのお兄さんは知らん振りでいいんだねー。私が負けたら殺されるかもしれないよー」

 何も持っていない、いや、夜兎という荷物があるのに、矢口様は妙に自信たっぷりでした。

「野郎!」

 抜いた刀を振り回しながら、矢口様の行こうとしている先に男が立ちました。

「邪魔!」

 ヒッと情けない声をあげて男が脇にずれました。虚勢をはりながらもじりじりと後退する銀蝿に矢口様はスタスタ近づきます。

 キャッ。夜兎が悲鳴を上げました。

 脇へ退いたはずの男が、夜兎の手を掴んで引っ張ったのです。

「汚い手でさわるな! これは私のものなんだよ」

 矢口様の形相が変わりました。片足を軸にして強い蹴りを放ちす。

 太ももの後ろをしたたか蹴られた男は、その場に崩れてしまいました。

「次は骨を折るからね」

 冷たい目で男を睨むと、銀蝿に迫ります。

「野郎!」

 破れかぶれになった銀蝿が、刀を抜いて突っかかってきました。

「助からないねー」

 僅かにかわした矢口様は、銀蝿の帯をめがけて足をとばしました。

 うっ

 息が詰まったような呻きがしました。クワッと目の玉を見開いた銀蝿は口をパクパクさせてくの字になり、腹を押さえました。懸命にふんばる膝に、矢口様の足がとびました。まさに激突とはこのことでしょう。矢口様に蹴られた衝撃で一本棒になった膝が、曲がれない方にグギッと……

 銀蝿の口から絶叫がほとばしりました。かろうじて掴んでいた刀をポトリと落とすなり、膝を庇います。でも、とても立ってはいられず、ドシンと倒れてしまいました。運が悪いということはこういうことでしょうか、落とした刀の上に倒れてしまった。

 ギャーーーーーー

 さらなる絶叫がわきました。後先を考えずに倒れたものですから、自分が落とした刀の真上だったのです。そして、眉の上のあたりで刃を受け止めていました。

「あらぁ……。運がいいねぇ、咽ではなくて」

 いやあぁーーーーーー

 痛みと恐怖で銀蝿は喚きちらしています。

「うるさいよ。黙らないと皆さんに迷惑がかかるよ。こんど声出したらもう片方も折ってしまうよ」

 言いすてて矢口様は、夜兎に手をかけようとした男を睨みました。ゲジゲジ眉が天をつくように吊り上って鬼のような形相です。

「お前、よくも大事な宝を汚したなあ。赦さないよ」

 一瞬で親分が倒されたのを間近で見ていただけに、男の恐怖はどんなものだったのでしょう。立ち上がって逃げることもできず、必死で這い摺るしかできません。

「この手だねー」

 男の左手首を矢口様が踏みつけます。そして、一本づつ指を強く引き、くるっと捻りました。

 ギャーーーーー

 全部で三度絶叫がわきました。男の指が三本、あらぬ方向を向いて紫色に変色し始めています。それを庇うように包んだ右手ごと、矢口様は踏みつけました。

「荒っぽいことは嫌いだからね、切り落とさないであげるよ。感謝しなさいよ」

 叱られた子供を諭すような穏やかな言い方なので、よけいに不気味です。

「これで親分はいなくなったさー」

 つるっと顔を撫でた矢口様は、元のでれっとした顔に戻っていました。

「これでいいでしょう?」

 夜兎の手を引いて立会人席に戻ろうとしたら声がかかりました。

「いいわけないでしょうよ、こんな中途半端なことして。ちゃんと後始末しとくれよ」

 見物人から声が上がりました。

 どうしたのだろうと矢口様が視線を巡らせますと、一段と華やかな芸妓衆から一人、すっと立ち上がりました。お律姐さんでございます。

「いけなかったですか? これは失礼しました。では、いったいどのようにすればいいのかね?」

『お律姐さん』

 呟いた夜兎が駆け出そうとするのを矢口様は許しません。しっかりと手を握り直しました。

「こんなのを生かしておいたら、次の銀蝿がうるさく飛び回るでしょうよ。ちょうど良い機会です。根絶やしにすればどんなに町が歩きやすくなることやら。そんなことに気付かないんだからお侍やお役人は信用できないんですよ。それとも怖いというのなら、憚りながらこのお律が、一肌脱いでもようござんすよ」

 さすが、地回りが三歩控えて遠慮するだけのことはあります。見物衆のみならず、人肌脱いだところを是非見たいと願うのは当然のことでしょう。誰かが小銭を投げたのをかわきりに、キラキラと銭の雨が降りました。

「いや、脱いでくれるのなら私も見てみたい。何枚脱ぐのかね?」

 すっかり寒さを忘れ、矢口様はだらしなく目尻を下げました。

 すっと屈んだ律は、着物の裾をすーっと持ち上げました。そして端を帯に挟みます。

 次いで下駄を脱いで手に持ちました。着物の裏地は薄い藍。襦袢は萌え立つような桜色でございます。裾から腰に上がるにしたがい、桜色から緋色に濃くなっています。またその艶やかなこと。そんなはしたない姿が恥ずかしいのか、律は左の指を右手で包んではにかんでいます。

 そうこうしておりますと、芸妓衆が皆同じように裾をからげました。なんといっても際立つのは女将でございます。墨染めの裏地に藍の襦袢。いやでも目立つ色合いでございました。

「やいやいやい、女だてらに出しゃばんじゃねぇぞ、泣いて詫びたってなあ……」

 久助の言葉が急に止みました。それどころか、いまにも身体を押し付けようとしていたのに後ずさりをしています。

「なんだい。話を聞いてやるから続きをお言いよ」

 久助が退がるのにあわせて、律が前へ出ていました。

「深川のお律って、聞いたことないのかい? とんだ相手を選んじまった。そう思って諦めな」

 律は、久助の下目蓋に指を当て、目の玉をえぐるように押し込んでいるのでした。

「や、やめろ、やめてくれ」

「逃げてみな。こっちのほうが足は速いんだ。抉り出してやるからね」

 もつれ合ううちに、久助の目が自由になりました。しかし、かなり強く抉られたとみえ、ぼんやりとしか見えないようです。その隙をねらって律が下駄を振り上げました。

「お律さん、下駄を振り回してはいけないよ。押すように、押すように。勢い良く突くのさ。ここを狙うといいよ」

 突く真似をしていた矢口様が、自分の胸を示しました。

 ゲッ……

 律の一撃を受けて久助が白目を剥いて崩れ落ちました。

 あちこちで同じ光景が繰り広げられています。琉球空手の達人である矢口様は、女闘士の闘いを見て熱い血潮をたぎらせていました。限定的な部分に。

 ところが、漢服が押し上げられていることに気付いた夜兎は、恥ずかしくなってそこを叩いてしまったのです。


 暗転



 日下部様も上総之輔も呆然として目の前で繰り広げられている光景に見入っていました。色香を振り撒くだけが取り得の芸妓だと思っていた女たちが、地回りを相手に大立ち回りをしているのです。しかも、誰が見ても勝負は決していました。

 ブルブルっと震えが走ります。女たちが化粧の下に隠している獰猛さを知り、冷や汗をかいていたのです。それが冷たい空っ風にさらされて冷えてしまったのです。二人とも、ハッとして股間に手をやりました。萎びたものが触れただけで、濡れた様子はありません。心底ほっとしていました。

 精神的に打ちのめされたライジンも、凛吉の働きを見ると、自分の手に負える相手ではないことを知りました。

 そんな三人の心中などおかまいなく、見物人は大喜びでございます。だいいち、卑怯の度合いで勝敗を決するなどという馬鹿げた勝負に不満だったのです。それを見事に解消してくれたのが女衆でした。しかも、深川でイチニを争うお律が登場し、料理茶屋の芸妓衆も存分の活躍をしました。男顔負けのことをしてのけたのです。

 その慌しい中で、一人力丸は投じられた小銭を拾い集めていました。

「ばかになんないよ。ひのふの……、もうちょっとで五両にならぁ。へっ、とんだ小遣ぇだぜ」

 重箱の中に、キラッと光る額縁も何枚か入っておりました。



 『まゆ桂』の入り口、提灯に火が点されました。が、暖簾はかかっておりません。

 試合が終わり、手打ちの宴会が始まるところです。今日は余人を交えずということで、貸切りなのでございます。


 いつもの座敷に加えてもう一間。襖を開け放って三間続きの広宴でございます。そこに金屏風が立てられまして、そこが上座でございます。屏風を背にして日下部様と上総之輔の座が与えられました。つい先ほどまで歩き難そうにしていた矢口様も小豆と夜兎を両脇に抱えるように席につきました。矢口様のなされようを苦々しく見ている午雲さんも、ちゃっかり河美子をぴったり侍らせています。そして午雲さんの隣には、どういうわけかライジンが座を与えられていました。ライジンの正面には女将のまゆが。そして芸妓衆がずらりと並びます。膳の指図を終えた糸香も末席に控えました。その間にも師走の陽はどんどん低くなってきます。


「皆の衆、今日はご苦労でした。日下部殿と水無月殿の遺恨、引き分けということで水に流そうと思うが、異存ござるかな? よろしいな?」

 そのときばかりは午雲さんは真面目くさっています。でも、誰も異議を唱えないのでいつものように力の抜けた表情に戻しました。そして矢口様を窺い、特に言葉もないようなので女将に合図しました。

 軽く会釈をしてまゆが中央へ進み出ます。

「遺恨が解けたこと、まことにおめでとうございます。まずは、仲直りの杯事をしたいと思います。。僭越ではございますが、音頭をとらせていただきます」

 そう口上を述べると、まゆ自身が上座に、そして立会い役の二人に酒を注ぎました。

 糸香が他の者に酒を注ぎ終わるのを待って、乾杯でございます。

「ほな、仲良ように」

 そのまま無礼講になりました。


「いやぁ、驚いたサー。大和の女の人は強いんだねー」

 矢口様はしきりと褒めちぎっています。褒められて怒る者などおりませんで、律はすっかり機嫌をよくして杯を空けていました。

「なんですねぇ、人を化け物みたいに。矢口様だってホレボレするほど強ぅござんしたよ」

 酒のせいか、伝法な言葉遣いになっています。

「いやぁ、あの目潰しはいい。あれならどんな乱暴者でもかなわないよー」

「おや、そんなにお褒めになって、いったいどんな魂胆でしょうねぇ」

「魂胆なんて、あるわけないさー。ただね、約束したことは守ってほしかったさー」

「約束? なにか約束しましたかねぇ」

「したさー。人肌脱ぐって言ったよー。一枚も脱がないんだからねー、約束破ってるよー」

「だれも脱ぐなんて言ってないですよ」

「言ったさー。みんな聞いたでしょー。人肌脱ぐって言ったよねー」

 思い出してください。脱ぐと宣言したからこそ、小銭が雨のように振り注いだことを。

「あぁ、そのことなら勘違いされていますよ。たしかに一肌脱ぐと言いますけどね、着てるものを脱ぎはしませんよ」

「えーーーーっ、ちがうよぅ。一肌なんて言わなかったさー。誰が聞いても人肌だったよー」

「矢口殿、どうしてそのようにこだわるのかな? お律姐さんの裸が見たいのかな?」

 午雲さんが見かねて宥めにかかりましたが、矢口様としてはどうしてもゆずれない様子です。

「午雲さん、あんた呑気に構えていていいのかね? 平気で嘘つくようなら、その人を取り返されてしまうさー。私は嫌だよ、みとめないよ」

 想定外だった急所一撃によって気絶している間でさえ夜兎の手を放さなかった矢口様、常人には考えられないくらいの執着を見せています。

「いや、そ、それは断じてなりませんぞ。地獄の閻魔に舌を抜かれるようなことをしてはいかん。愚僧が閻魔なら、舌も下も抜いて……、女子には抜くものがない……」

 とても修行を積んだ人の言葉ではありません。

「とにかく、私は二人を琉球へ連れて帰るからね」

 顔をつるりと撫で上げた矢口様は、眉を怒らせた鬼の形相になっていました。


 そんな二人の頭越しに、三人の男が視線の刃を飛ばし合っていました。もともと騒動の発端となった瓦版を作らせたライジンと、日下部様。日下部様に加勢する上総之輔がライジンに冷たい眼差しをむけますと、恥ずかしい秘密を握ったライジンも負けずに睨み返します。勝ち誇ったライジンですが、上総之輔がしゃくった顎の先を見て俯いてしまいます。そこへゆくと女はしたたかですね。ライジンの登場でばつが悪そうにしていた凛吉は、弥欷助との仲を見せ付けるようにしています。

 それはさておき、日下部様は、ライジンを同席させたことが面白くありません。

「午雲殿。なるほど手打ちは結構にござるが、あの者を同席させたは何ゆえにござるかな?」

 とうとう午雲さんに説明を求めました。

「そうですな。お二人にとっては面白うない相手ではあるが、考えを改めなされ。この者を味方にしておけば、後々助けになりましょう」

「助け? なにもその者の手助けなど、無用にござる」

「それ。根っからの侍根性、役人根性が抜けぬものですな。水無月殿も同じかな?」

「……」

「これまた強情な……。矢口殿ならおわかりになろう?」

「わからないさー。今、それどころではないねー」

 酒をがぶ飲みしているのに、一向に酔った様子もなく怒ったままです。

「心配なさるな。ちゃんと約束は守らせましょうから」

「早く言ってよー。それなら機嫌直すさー」

 つるっと顔を撫で下げると、にこにこした矢口様に戻っています。

「その人を宣伝に使えばいいさー。瓦版を出すときに、隅のほうにこの店の宣伝を載せておくのさー。そうすれば、江戸中にお店の宣伝ができるさー」

「いや、店ではなく……」

「わかってるさー。日下部殿のことを面白おかしく書けばいいさー。ただし、助平侍ではなくて、粋な侍として書けばいいさー。水無月殿のことなら、次の駆け較べのことを瓦版にしてもいいねぇ。五回に一回は儲かるように教えてあげるのさー。そうすれば、お客が増えるよー。午雲殿を喜ばすために、枕絵を描かせるといいねぇ。午雲殿から貰ったのは表四十八手だったよー。裏の四十八手も貰うからねー。絵といえば、皆さんが闘っているのを錦絵にしたら売れるよー 悪者を退治する芸妓、いや、売れるよこれ」

 夜兎と小豆を片時も離さないまま、矢口様は世間話のように解決策を口にしました。その内容が一々納得できることなので、一座の者すべてが唸ってしまいました。

 そして、蜀台に火が点る六つの鐘を潮に、宴は果てたのでございます。


 矢口様の薦めもあって、ライジンは積極的に瓦版を出し続けました。

 日下部様の日常を面白おかしく紹介し、とても反響をよんだようですし、駆け較べの案内やら勝ち馬予想が人気をよびました。駆け較べ専門の瓦版を出すことになり、駆け較べに投じられる金が激増したようです。出し続けている瓦版のどれにも『まゆ桂』の宣伝が加えられています。そのおかげか、『まゆ桂』には予約が殺到し、店も倍に大きくしたそうです。また、宣伝効果を知った大店からの宣伝以来もひっきりなし。

 良いことづくめでございます。

 春が過ぎ、市中に錦絵が売り出されました。ありきたりな絵とは違い、激しく戦う芸妓の姿がイキイキと描かれており、それは大評判になりました。

 上総之輔の忠告に従いながら金を蓄えた日下部様が、砂村の海っぺりに寮を建てました。そこから毎夜のように物がぶつかる音、茶碗の割れる音がするなどという瓦版は、まだ売り出されておりません。

 一方で、寛永寺境内に建つ午雲堂に、歳若い女が居ついていることは、すでに世間の知るところでございました。

 本当に風変わりなお坊さんで、裏表、九十六手の研究に余念がないとか。

 そして、琉球には兎の襟巻きをした娘と、毛皮の羽織を着た娘がいるそうです。

 片や三線を弾き、もう片方は良い声で唄うとか。


 八方美人に収まった遺恨試合の顛末。このあたりで終わりとさせていただきます。


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