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スマイルジャパン 2016

ペタルの下に

作者:齋藤 一明
 鉛色の雲が垂れ下がっていた。外気温は氷点下二度、その冷たい空気が細めに開けたドアから流れ込んでくる。ローターのダウンウォッシュが、有無をいわさず機内に冷気を送り込むものだから、暖房を効かせても身震いする寒さだ。

「新たな目標ありー。十時方向に四階建て商店。屋上で手を振っているー」
 リフト担当からインカムで伝えてきた。
「了解ぃー。左に振る」
 次の動作を皆に知らせてから、一度、二度、左ペタルを軽く踏み込んだ。それにしても、頭の上で喚きたてるエンジンとローター音はなんとかならないのだろうか。いくら防音を考慮したヘルメットをしていても、インカムからの連絡に轟音が混じって聞き取りにくい。

 正面の景色がじわじわと右に流れ、うず高く重なり合った瓦礫の中に、小さなビルが頭をだしているのが遠望された。
「はい、確認したぁ。これより接近するぅ」
 ほんの少しスティックを前に押すと、機は若干尻をもちあげて目標に向かってゆく。

「屋上に要救助者三名、要救助者三名を確認。周囲の状況から自力での避難は困難。自力での避難は困難。なお、周囲に電線等障害物なし。周囲には障害物なし」
 再び報告が入った。
「了解。これより進入を始める。進入を始める」
 スティックに備えられた押しボタンを押して進入開始を告げた。

 ほんの少しスティックを前に圧す。
 トロトロと目標の真上を目指して前進するはずだった。それが左に流れてゆく。

「右に流されたぁ。約三メートル……、一メートル……。はい、ドンピシャ。五メートル前へ……、三メートル……、一メートル……。はい、静止ぃ」
 高度差およそ三十メートル。もう少しなら下げられるが、ローターのダウンウォッシュに曝される身になれば、決してありがたいことではないはずだ。空中の一点に静止する、それが俺の務めだ。ピッチレバーを微妙に下げると、大気の流れの中で機は静止した。
「右に流れたぁ」
「了解」
 大気は川と同じで絶えず流れている。流れに完全に乗っているとき、相対的に静止状態になるだけで、岸との位置関係は刻々と変化するものだ。目標上空での静止ということは、大気の流れに逆らい続けることでもある。生卵を握るように支えるスティックをそっと倒す。倒すというより、手の中でスティックを絞るような操作だ。
「一メートル……。はい、静止」
 絞る力を半分ほどに緩めてみた。つま先に重なる目標物が一点で震えているのを俺は見ている。
「これよりレスキュー降下ぁ。降下開始ぃ……、降下中……。はい、降下完了」
 インカムの報告を聞きながら、横からの風に細かく当て舵を取るのは骨が折れる。突然の横風に煽られる惧れもあるのだ。
「要救助者一名、リフトアップします。はい、リフト……、収容中……、はい、一名収容。続いて収容作業を開始ぃ」


 収容作業が完了するまでに、十分ちかくかかった。
「収容完了、ドア、ロック」
 報告と同時に機内の圧力がスウッと薄れた。

「ドアロック、了解。避難所へ向かう」
 ピッチレバーを静かに引き上げながらスティックを前に押した。
 つい今しがた、ワイヤーが延びていた建物がつま先から後退してゆく。
 周囲に他のヘリがいないことを確かめ、高度をとった。

 燃料は帰りの分を差し引いて三十分ほど余裕があるが、すでに許された飛行時間を一時間もオーバーしているのだから、基地へ帰るしかあるまい。
 今日は何人救えたのか、もう数えることもできなくなっている。

 ペタルの下に広がる赤茶色に染まった地上を見るにつけ、心を疲れさせる現場だと思った。

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