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怖い噺

固い遺志 その二

作者:齋藤 一明
 何度経験しても気が重いのが葬儀だ。
 何がなんだかわけのわからないお経を聞かされ、じょじょに馴れてくると言っている意味にむかっ腹が立ってくる。
 仏を敬えというのは理解できる。仏教なのだから仕方ないだろう。
 法を敬えというのも理解できる。
 しかし、僧を敬えとはどういうことだ。僧とは、自分たちのことではないか。どこの世界に自分を敬えなどという傲慢な職業があるのだ。
 別に仏式でなければならないなどと凝り固まっているのではないのだ。となれば、僧とは金儲けの手段ではないか。
 信仰心のなさがこうして露呈してしまうのだが、ただ黙って座っていれば良いだけのことだ。
 しかし、そう考えるのは俺ばかりでなく、難しい顔をして座っている者のほとんどは、他事をかんがえているのだろう。
 開式から出棺まで、時間にすればたった一時間でしかないのだ。その間は自分の考えに浸っていれば良いのだ。が、それができない者がいる。ヒソヒソ話をする者はいるものだ。そのくらいの我慢ができないのかと思うのだが、本人は頓着していないようだ。
 今だって、まだ三十分しか経っていないのに、しきりと俺に話しかけてくる男がいた。その話たるや、遺族の年齢やら住まい、どうして娘が喪主を務めるのだろう。どんな理由で亭主がいないのだろうと詮索ばかりである。応える気にもならないので無視していたのだが、俺の膝を突いてはペラペラと話をやめない。
「いい加減にしてくれないかな、気が散るから黙っていてくれ」
 年下の俺に注意されて、男は憮然とした。

 この男、お調子者というか考えが足りないというか、こういう場にはまったく相応しくない男である。
 副葬品を納めるときに勝手なことをしでかし、そこで恐怖を味わったのだった。


 ところで、男の行動を快く思っていない者がいる。生前の付き合いを偲びたい者ばかりが十人。本来なら、その十人だけが遺族から連絡を受けていたのだ。他の何人かは、誰かから聞き込んだに違いない。世間の義理があるから、洩らしたことは仕方ないだろう。でも、許されることと、そうでないことがあるのだ。

 特に世話になったと感じている若手の三人は、阿吽の呼吸で仕返しを考えていた。
 適当に散らばっていた三人は、他の者に悟られないように手先の仕草で作戦を立てていたのだが、なかなか妙案が浮かばない。こんな場でなければ思い切ったこともできるのだが、騒動をおこしてはいけないのだ。

「それでは皆様、故人との最後のお別れでございます。火葬場では故人に触れることはできませんので、どうか今一度、今生のお別れをなさってください」
 式場の職員が、真っ白な手袋で遺族に促した。

 そうだ、この機会を利用しよう。
 俺は、互いに見交わす仲間にサインを送った。
 合掌するふりをして、一人に指をさし、胸の前で合わせた指を頬にやった。そのまま頬を押し上げる。そうすると笑ったように見えるはずだ。次いで、俺は髪を直す真似をした。こめかみの辺りをかき上げておいて、目尻を少しだけ下げてみせた。これも微笑んだ表情だ。そして再び合掌するふりをして手を胸に置いた。そうして左肩を突き出してみせた。

 二人は納得したようで、片方は考えるふりを、もう片方は眼鏡をかけなおした。

 遺族に続き、一人が最後の別れをした。が、名残惜しそうに立ち去ろうとしない。じっと故人に話しかけるようにみせかけて配置についた。
 もう一人も別れを告げながら横に並んで遺族からの視線を遮っている。
 俺は男の後ろに並んでいた。
 ゆっくりと列が進み、男が棺に顔を近づけた。
「あっ」
 小さく悲鳴をあげて俺は体勢を崩した。
 去年の丁度今くらいから俺は膝を痛めて医者に通っているのだ。最近こそ使わなくなったが、どこへ行くにも杖をついていた。その膝が突然崩れたのを装って、前屈みになった男の背中を突き飛ばしてやったのだ。

「わっ」
 一度目は短い悲鳴だった。それが大きな悲鳴に変わるのに時間は必要なかった。
「あっ、あひぃーーーー」
 おかれた状況に気付いたのだろう、掠れた悲鳴が長く尾を引いた。

 いったいどんなことになっているのか、俺は様子をうかがってみた。
 すると、綺麗な花に埋もれた故人とあわや口付けをするような距離で、男が目をしっかり閉じたままで震えている。
 俺が顎をしゃくると、二人の仲間が故人の顔をそっと擦ったのだ。
 擦られた目尻はいくらか下がり、今にも声を上げそうに頬が吊り上った。

「あっ、お父っぁんが喜んだ! 笑ったよ、みんな、見てみろよ!」
 二人が口々に驚いた声を上げた。
「どれど……。へぇーー、こんなことって、あるものなんだな。よっぽどこの人が好きだったんだよ。ほら、笑ってるもの」
 良いながら俺は、男を励ますように背中をバチンと叩いてやった。

「あっ、本当だ。嬉しそうな顔をしてるよ」
 茶目っ気のある年寄りが相槌をくれた。そして、しっかり別れをしろと男の目蓋をめくった。
 サングラスを外された男は、目玉を裏返すように黒目をしまいこんでいたが、瞬きをさせてもらえないのでジワジワと黒目を下ろしてきた。

 あまりに近すぎて焦点が合わないのか暫くもがいていたのだが、目の玉が据わると同時にズルズルと崩れてしまった。

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