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運搬車開発記

作者:毎田遥
最終エピソード掲載日:2026/10/17
1980年代半ば。慢性的な人員不足に悩む陸上自衛隊は、北海道防衛のため第110普通科大隊を編成した。特徴は、隊員を追尾して弾薬や物資を運ぶ「82式自動追尾運搬機」と、それを前提に再設計された普通科分隊である。
米軍とのフォート・アーウィン演習で、わずか12名んお1個分隊で機関銃、迫撃砲、対戦車火器を運用し、高い火力と機動力を発揮する。各国は当初82式を単なる「賢い荷車」と考えたが、研究を重ねるうちに、その本質が兵士の代わりに補給と運搬を担う「機械化された兵站要員」であることに気付く。
さらに日本側は、人員不足だけでなく、戦後の歩兵装備が重くなり続けた結果、歩兵本来の機動力が失われつつあることを指摘する。82式の目的は火力増強ではなく、「歩兵の重荷を取り除き、再び歩かせること」だった。
決定的となったのは北海道での日米冬季演習である。吹雪の中、米軍が安全上の理由から演習を中止する一方、第110普通科大隊は82式を活用して前進を続け、目標地点到達後すぐに戦闘配置を完了する。その結果、米軍は82式の思想を導入し、コマツUSAでASCC(自動分隊物資運搬車)を開発する。
ASCCは米軍で改良され、歩兵分隊の標準装備として発展する。そして湾岸戦争後、クウェート復興支援では弾薬ではなく水や医薬品、食料を運び、市民や子供たちに親しまれる存在となった。
人員不足対策として始まった小さな運搬車は、やがて日米両軍の歩兵思想を変え、「歩兵を再び歩兵に戻す」という新しい戦い方を生み出したのである。
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