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第六章 荷車が運んだもの

第六章 荷車が運んだもの


1991年。

湾岸戦争。


世界中の注目が、中東へ集まっていた。

テレビは、連日同じ映像を流している。

M1エイブラムス戦車。

F-117ステルス戦闘機。

トマホーク巡航ミサイル。

パトリオット。

華々しい兵器ばかりが、報道されていた。


だが、その裏側には、もう一つの戦争があった。

水。

燃料。

弾薬。

道路。

戦場を支える、後方の戦争である。

そして、そこに日本も加わっていた。


---


## 派遣


日本は、戦闘部隊を送らなかった。

憲法が、それを許さなかったからだ。

代わりに、後方支援部隊の派遣が決まった。

道路の復旧。

給水施設の整備。

瓦礫の撤去。

それが、北部方面隊施設科大隊の任務である。


ただし、無防備で送り出すわけにはいかなかった。

施設科大隊の護衛として、第110普通科大隊も同行することになる。

任務は護衛だけで、戦闘は想定されていない。


出発前の会議で、ある幕僚が尋ねた。

「82式は、持って行くのですか。」

第110普通科大隊長は、迷わず答えた。

「持って行きます。」

「砂漠で動くのですか。」

「分かりません。ですが、荷物を運ぶ仕事に、場所は関係ないと思っています。」


もう一つ、決まったことがあった。

派遣部隊は、装甲車を持ち込まない。

威圧的に見える装備は避けるべきだと、判断されたのだ。

隊員と荷物の輸送には、新型の73式大型トラックが使われた。

87式は、北海道に残された。


そして、この派遣で、もう一つの変化が起きる。

前年に制式化されたばかりの82式3型が、施設科大隊にも配備されたのである。


---


## 港


サウジアラビア、ダンマーム港。

気温は、四十五度を超えていた。

コンテナの鉄板は、素手で触れないほど熱い。

北海道から来た隊員達は、その暑さに言葉を失った。


73式大型トラックが、次々と荷台を降ろす。

その中から、見慣れた小さな車両が現れた。

82式である。

砂埃の中に整然と並んだ姿は、北海道の雪原と少しも変わらなかった。


港で出迎えた米軍将校が、目を丸くする。

「……本当に、持ってきたのか。」

隣の少佐が、笑った。

「日本軍は、何を持っていくにも、あれが一緒だな。」


施設科の隊員達も、最初は半信半疑だった。

ある曹長が、82式を見下ろして言う。

「これが、俺の荷物持ちですか。」

普通科の隊員が、頷いた。

「はい。送信器を付ければ、後ろをついてきます。」

曹長は、疑わしそうに歩き出した。

振り返ると、82式がちょうど同じ距離で、ついて来ていた。

「……本当だ。」


---


## ASCCの初陣


同じ頃。

米軍にも、新しい機械が到着していた。

ASCCである。


まだ正式採用の前で、実戦評価の段階だった。

ごく少数の試験機が、第10山岳師団と第101空中強襲師団に配備されているだけである。

各部隊には、評価のための装備班が同行していた。

陸軍の装備開発司令部の技術者。

そして、コマツUSAの技術者が一名。

誰も、期待していなかった。

少なくとも、最初のうちは。


砂漠の戦場には、道路がある。

装甲車が走る。

ヘリが飛ぶ。

トラックも、大量にある。

北海道とは、正反対の環境だった。


ある大尉が言った。

「今度こそ、出番は無いだろう。」

周囲も、同意する。

「雪じゃない。」

「山でもない。」

「ただの砂漠だ。」


しかし、戦争が始まると、状況は変わった。

砂漠は、広すぎたのだ。

戦線が突破された後、前進の速度が速すぎた。

補給が、追いつかない。

物資集積所から前線までの、わずか数キロが問題になった。

トラックでは、大げさすぎる。

人力では、遠すぎる。

その中間が、無かった。


---


## 砂漠の分隊


地上戦が始まって、三日目。

第101空中強襲師団の一個歩兵小隊が、ヘリで前進拠点へ降ろされた。

目標は、六キロ先の涸れ川沿いに点在する、イラク軍の陣地群。

ヘリは、そこまで運んではくれない。

着陸地点から先は、徒歩だった。


小隊の後ろには、六台のASCCが並んでいた。

その横に、評価班の技術者が一人、同行している。

コマツUSAの派遣員だった。

迷彩服の上に、あまりに白い肌をした、小柄な男である。


出発前。

小隊長の中尉が、冗談半分で言った。

「その荷車は、砂漠で壊れないのか。」

技術者は、真顔で答えた。

「壊れます。ですが、壊れても、あなた方の荷物が増えるだけです。」

中尉は、一瞬黙った。

そして、笑った。

「正直な機械だ。」


気温は、四十五度。

兵士の背中は、すぐに汗で黒くなった。

本来なら、機関銃弾も、迫撃砲弾も、水も、すべて人間が背負う距離である。

だが、今日は違った。

兵士達の荷物は、小銃と水筒、わずかな装備だけ。

重い物は、すべて後ろの荷車が運んでいた。

空冷エンジンの低い唸りが、砂の上を、規則正しくついてくる。


行軍の途中で、問題が起きた。

一台のASCCが、突然止まったのだ。

技術者が駆け寄り、吸気口を覗き込む。

舞い上がった砂が、フィルターを詰まらせていた。

「フィルターを、洗ってください。」

彼は、水筒の水と、自分のバンダナを差し出した。

兵士が、慣れない手つきで掃除する。

五分後、エンジンが再び唸りを上げた。

「砂は、こいつの一番の敵です。」

技術者は、汗を拭いながら言った。

「日本には、砂漠がありませんから。」


---


涸れ川の手前で、それは起きた。


乾いた破裂音。

先頭の兵士が、地面に伏せる。

続いて、機関銃の連射音。

曳光弾が、砂の上を走った。

前方の岩陰に、イラク軍の陣地があった。


「接敵! 十一時方向!」

小隊は、一斉に散開した。

兵士が止まると、荷車も止まる。

その瞬間、六台のASCCは、兵士の後方二十メートルほどに、整然と停止した。

技術者は、岩陰へ飛び込みながら、その光景を見ていた。

彼がテストコースで何百回も見た動きだった。

ただ、本物の銃声の中で見るのは、初めてだった。


機関銃手が、這うように後退する。

荷車の荷台を開け、弾薬箱を掴む。

再び前進して、射撃位置へ戻る。

中尉は、その動きを、目の端で見ていた。

弾薬手を、呼ぶ必要がなかった。

迫撃砲手も、同じように荷車から砲身を降ろし、砲を据えた。

最初の迫撃砲弾が、前方の陣地へ落ちる。

二発目。

三発目。


「弾が、切れません!」

機関銃手が、叫んだ。

撃っても撃っても、荷車から次の弾薬箱が出てくる。

四十分間、射撃が続いた。


---


戦闘の途中で、一台のASCCが、被弾した。

破片が荷台の側面を叩き、金属音が響く。

エンジンが咳き込み、そのまま停止した。

技術者が、思わず声を上げる。

「やられた!」


だが、中尉は動じなかった。

「荷物を、下ろせ!」

兵士が荷台へ這い寄り、弾薬箱と水を引きずり出す。

分隊が、荷物を分け合う。

壊れた一台は、その場に置いていく。

手順は、事前に決められていた。

壊れたら、荷物を分けて、機械は置いていく。

日本の一佐が、北海道で語った言葉と、同じ方針だった。


「補給は、必要か?」

無線が、後方から入る。

中尉は、首を振った。

「まだ、いらない。」

通信兵が、目を丸くした。

前線の小隊が、補給を断るなど、聞いたことがなかった。


---


一時間後。

前方の陣地から、白い布が振られた。

イラク兵が、両手を挙げて出てくる。

小隊に、被害は出なかった。

戦いが終わると、荷車達は、何事もなかったかのように、兵士の後ろへ戻ってきた。

五台のASCCは、砂埃にまみれ、エンジンを唸らせている。

壊れた一台だけが、遠くの岩陰に、取り残されていた。


中尉は、汗を拭い、技術者へ向き直った。

「報告書に、書いてくれ。」

「何を、ですか。」

「弾が、切れなかったと。」

技術者は、頷いた。

そして、少し笑った。

「一行で、足りますね。」


その夜。

装備班の報告書には、短い一文が記された。


> 荷物を運ぶという任務において、本機は兵士の弾薬手および補給兵を代替し得る。

> 本機を伴う分隊は、通常の分隊より長く、前線に留まることができた。


---


## 戦争の終わり


二月。

クウェートは、解放された。

イラク軍は、撤退した。

多国籍軍は、勝利した。


だが、戦争が終わっても、平和は戻らなかった。

道路は、瓦礫で塞がれている。

水道は、止まっていた。

病院には、薬が無い。

学校も、機能していない。

街には、飲み水が不足していた。


戦闘は、終わった。

そして、ここからが、施設科大隊の仕事だった。


---


## 瓦礫の街


クウェート市。

爆撃の跡が、街の至る所に残っていた。

崩れたビル。

倒れた電柱。

焼け焦げた車。

路地は狭く、大型の重機は入れない。


施設科大隊は、街の南側から作業を始めた。

給水管の修理。

道路の復旧。

瓦礫の撤去。

どれも、人の手に頼る作業だった。


隊員達は、重い工具を携えて、現場を歩く。

ジャッキ。

溶接機。

測量機材。

予備の部品。

水。

本来なら、それを人が運ぶのだ。

だが、今は違った。


隊員の後ろに、82式が並んでいる。

荷台には、工具箱。

予備の部品。

飲料水のタンク。

隊員は、身軽な姿で瓦礫の上を進み、必要な場所で、必要な物を受け取った。


ある施設科の中隊長は、後に語っている。

「普通なら、この路地は、荷物を運ぶだけで半日かかる。それが、半分で済んだ。隊員が疲れないから、作業が最後まで続いたんです。」

隊員の輸送補助という地味な役目が、作業の質そのものを変えていた。


---


## 同じ路地で


ある日の午後。

細い路地で、日米の部隊が鉢合わせた。


米軍の歩兵分隊と、日本の施設科の小隊である。

どちらも、後ろに小型の車両を従えていた。

米軍の後ろには、ASCC。

日本の後ろには、82式。


米軍の軍曹が、足を止める。

日本の曹長も、足を止めた。

二人は、互いの後ろをしばらく見比べた。

ASCCと82式が、路地で向かい合って止まっている。

まるで、二匹の犬が鼻を突き合わせているようだった。


軍曹が、笑い出した。

「兄弟か。」

曹長も、笑った。

言葉は通じなかったが、意味は通じた。

二人は、それぞれの荷車を叩き、肩を叩き合った。

通訳が、後から言った。

「同じ顔をして、同じ仕事をしているなら、確かに兄弟ですね。」


---


## 配給所


街には、配給所が設けられた。

水。

食料。

医薬品。

毛布。

市民が、列を作って受け取りに来る。


だが、すぐに問題が見えた。

受け取りに来られない人がいるのだ。

足の悪い老人。

乳児を抱えた母親。

幼い兄弟だけが残された家。

高層の団地に住む人々は、階段を水の重みで上がれなかった。


ある補給担当の少佐が、日本の隊員に尋ねた。

「82式は、どこまで行ける。」

隊員は、答えた。

「階段以外は、ほとんど。」

少佐は、街の地図を広げた。

「なら、配給所から家までを、頼めるか。」


翌日から、新しい仕組みが始まった。

配給所の裏に、日米の荷車が並ぶ。

82式とASCCの荷台に、水のタンクと食料の箱が積まれた。

隊員と兵士が、その後ろを歩く。

団地の下まで運び、あとは、住人が階段を使って運ぶ。

重い水の運搬を、機械が引き受けた。

住人達には、短い距離だけが残った。


それでも、人々の表情は大きく変わった。

「毎日、水を運ぶだけで一日が終わっていた。」

そう語る老人の言葉を、通訳が日本語に直した。


---


## 小さな隊列


路地の向こうから、小さな隊列が歩いてくる。

兵士が歩き、荷車が続く。

その後ろにも、荷車。

さらに、荷車。

荷台には、飲料水。

医薬品。

食料。

毛布。

子供向けの教材。


武器は、一つも積まれていない。

威圧感もない。

街の人々は、警戒しなかった。

むしろ、近寄ってきた。


子供達が、指差す。

「あれは、何?」

「ロボット?」

兵士が、笑う。

「違う。荷物持ちだ。」


---


## 一枚の写真


ある従軍記者が、一枚の写真を撮った。


瓦礫の残る街。

水のボトルと食料の箱を積んだ、小さな運搬車。

その後ろを歩く、日本の隊員と米兵。

さらにその後ろを、笑いながらついていく子供達。


写真は、翌週には軍内部で回覧された。

ある将軍が見て、呟いた。

「面白いな。」

側近が尋ねる。

「何がですか。」

将軍は、写真を見つめたまま答えた。

「北海道で生まれた機械が、最後は、水を運んでいる。」


---


## 北海道


数か月後。

任務を終えた第110普通科大隊は、北海道へ帰還した。

米軍から、報告書と写真が届いたのは、その後のことだった。


隊長室。

大隊長は、黙って写真を眺めていた。

クウェートの街。

82式とASCC。

子供達。

支援物資。

報告書には、砂漠の小隊が弾を切らさなかった記録も、添えられていた。


副官が、尋ねる。

「どう思われますか。」

大隊長は、苦笑した。

「こんな使い方は、考えなかったな。」


本当だった。

人員不足の対策。

それが、始まりだった。

補給兵が足りない。

弾薬手が足りない。

運搬要員が足りない。

だから、機械を作った。

ただ、それだけだった。


それが、海を渡り、ASCCとなり、戦場で弾薬を運び、そして、子供達へ水を届けている。


大隊長は、写真を机へ置いた。

窓の外には、北海道の雪原が広がっている。

遠くで、82式が隊員の後を追っていた。

静かに。

ただ、黙々と。

荷物を運びながら。


大隊長は、呟いた。

「なるほど。」

少し、笑う。

「兵士の代わりになるなら、人の役にも立つか。」


---


後に、米陸軍はASCCを本格採用し、さらに発展型を開発していく。

だが、その原点は、変わらなかった。

それは、未来兵器の物語ではない。

人員不足に悩む一つの部隊が、どうすれば歩兵を歩かせ続けられるかを考えた結果だった。


そして、彼らが作ったものは、最終的に、弾薬だけでなく、食料だけでなく、物資だけでもなく、

**人々の暮らしを運ぶ機械になった。**


> 我々は、日本が新しい兵器を作ったと思っていた。

> 違った。

> 彼らが作ったのは、新しい歩兵の形だったのである。


---


**第六章「荷車が運んだもの」 完**


---


# おまけ

## 82式自動追尾型運搬機3型


**制式化**:1990年

**開発**:小松製作所

**用途**:普通科部隊の無人運搬・補給支援


| 項目 | 性能 |

|---|---|

| 全長 | 約1.7 m |

| 全幅 | 約0.9 m |

| 全高 | 約1.0 m |

| 車両重量 | 約120 kg |

| 最大積載量 | 100 kg |

| 駆動方式 | 4輪駆動 |

| 原動機 | 空冷4サイクル・ガソリンエンジン |

| 最高速度 | 約12 km/h |

| 実用追尾速度 | 4〜8 km/h |

| 最大追尾距離 | 約30 km |

| 登坂能力 | 約25度 |

| 路外走行 | 草地・砂利道・林道等に対応 |

| 航続 | 約30 km |

| 制御 | 高周波音響標識による自動追尾 |

| 障害物検知 | 超音波センサー+接触センサー |

| 操作 | 追尾/停止/手動操縦 |

| 電源 | 24V系 |


### 解説


3型では、最大積載量を従来の50kgから100kgへ倍増した。

これにより、従来は複数の運搬機に分散していた機関銃、弾薬、迫撃砲部品、無反動砲などを、より少ない車両で運搬できるようになった。


追尾方式は、1型から基本的に変更されていない。

隊員が装着する送信器から発する固有の高周波パルスを、左右の受音器で検出し、信号方向へ自動追尾する。

信号が弱くなれば速度を上げ、接近すれば減速する。

信号を失った場合は、その場で停止して再捕捉を試みる。


3型では、さらに超音波センサーを追加した。

樹木、岩石、車両などの障害物を検知すると、減速、停止、迂回する。

ただし、地図を理解して目的地まで自律走行する能力は持たない。

これは、1990年代初頭の技術水準を考えても、重要な線引きである。

当時の自律移動ロボット研究でも、障害物回避や屋外航法は、研究課題であった。


3型の最大の特徴は、「兵士の荷物を運ぶ車」から、「分隊の火力と兵站を担う無人台車」へ発展したことである。


100kgの積載能力によって、例えば次のような組み合わせが可能になった。


- 62式機関銃と、大量の弾薬

- 84mm無反動砲と、予備弾

- 81mm迫撃砲の分解部品と、迫撃砲弾

- 水、食料、衛生用品

- 工具、予備装備


その結果、兵士自身は15〜20kg程度の個人戦闘装備に抑えながら、分隊全体では数百kg規模の装備を随伴できる。


湾岸戦争期の1990〜91年には、米軍でもパイオニア無人機などの無人システムが実戦投入されていた。

一方、地上無人車両は、まだ発展途上だった。

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