第四章 十二人の理由
第四章 十二人の理由
1987年夏。
再びフォート・アーウィン。
前年のブリュッセル会議で、各国は一つの結論に至っていた。
82式は車両ではない。
分隊そのものを変える発想なのだ、と。
その衝撃を受けた各国は、今年も日本の参加を強く希望した。
第110普通科大隊は、もはや単なる演習参加部隊ではない。
研究対象だった。
荷降ろしが始まると、各国将校達は自衛隊の車列を見て、違和感を覚えた。
「増えている。」
誰かが呟く。
去年までは、82式だけだった。
しかし今年は、その後ろに小型の装甲車が並んでいる。
マルダーほど大きくない。
ブラッドレーほど重武装でもない。
だが、明らかに戦闘車両だった。
隣のドイツ軍中佐が、苦笑する。
「また日本軍か。」
昨年も同じだった。
日本が新しい機械を持ち込み、各国が一年間頭を悩ませた。
今年も、何かを持ってきたのだ。
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翌日の説明会。
スクリーンに、新装備が映し出された。
**87式小型装甲機動車。**
用途は、普通科分隊の輸送および対戦車支援。
米軍准将が眉をひそめた。
「分隊輸送?」
説明する一佐は、今年も平然としていた。
次のスライドが映る。
普通科分隊 八名。
82式 八台。
87式 二両。
乗員 四名。
**総員 十二名。**
会場が、静まり返った。
最初に質問したのは、フランス軍の大佐だった。
「なぜ、十二名なのですか。」
一佐は、スクリーンを切り替える。
大きな数字が一つだけ映った。
**12**
「我々は、最初に人数を決めました。」
会場にどよめきが起きた。
普通は逆なのだ。
火力を決める。
編制を決める。
そして、必要な人数を決める。
だが日本は、人数を決め、その人数で可能な最大の火力を求め、足りない部分を機械で埋めていた。
米軍大佐が、思わず呟く。
「発想が逆だ。」
午後の観察演習で、それは証明された。
前に出てきたのは、一個分隊である。
機関銃。
迫撃砲。
無反動砲。
その間に、87式が別方向へ展開し、車上から対戦車誘導弾を放つ。
仮想敵車両、撃破。
87式はすぐ位置を変え、次の目標を撃つ。
米軍の観測将校は、絶句した。
「対戦車班まで、分隊の中にあるのか。」
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## 弱点の議論
1988年春。
ブリュッセル。
NATO歩兵戦闘研究会議。
三年間にわたる研究が、ここで集約されようとしていた。
誰もが認めていた。
強い。
非常に強い。
だが同時に、こうも思っていた。
本当に、これが理想形なのか。
米軍の司会官が、口を開く。
「今日は、長所ではなく短所を議論したい。」
最初に発言したのは、米軍中佐だった。
「役割が細かすぎる。迫撃砲手が負傷したら、どうなる。」
火力は高い。
だが、特定の要員に依存している。
英国軍の少将が続く。
「この分隊長は、何を管理している。」
隊員。
82式。
火器。
87式。
通信。
補給。
会場から笑いが漏れた。
「小隊長ではないのかね?」
西ドイツ軍は、別の視点だった。
「弾薬が尽きたらどうなる。」
火力が大きい分、失った時の落差も大きい。
最後に、フランス軍の大佐が立ち上がった。
「我々は一年間、再現実験を繰り返した。」
米軍案、十四名。
西ドイツ軍案、十三名。
英国軍案、十六名。
いずれも、日本より人員が多い。
「現代戦は、人手を必要とする。日本軍の十二名は、少なすぎる。」
会議室では、結論が見え始めていた。
優秀だが、特殊な条件でのみ成立する編制ではないか。
そう考える者が、増えていた。
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## 日本側の回答
午後。
日本代表団に、意見が求められた。
会場の多くは、日本側が反論すると考えていた。
ところが、陸上幕僚監部の一佐は、最初の一言で全員を驚かせた。
「ご指摘は、概ね正しいと思います。」
反論しない。
否定もしない。
むしろ認めたのだ。
「ですが、我々は、最強の歩兵部隊を作ろうとしているわけではありません。」
三年間、NATOはこう思っていた。
日本は、未来の歩兵を作ろうとしている、と。
「我々の出発点は、火力ではありません。人員です。」
次のスライドは、陸上自衛隊の充足率だった。
募集状況。
若年人口の推移。
軍事会議だと思っていた参加者達は、戸惑った。
これは、戦術の話ではない。
人事の話だった。
「日本は志願制です。そして自衛隊は、慢性的な人員不足に直面しています。」
一佐の声は、淡々としていた。
「同等の火力を人力だけで維持するには、十六名以上が必要です。確保できるのは、十二名でした。」
会場は、静まり返った。
「だから、人を増やす代わりに、機械を増やしました。」
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米軍准将が、手を挙げた。
「理解はした。だが、一つ分からない。」
「なぜ、機械を歩兵に従わせるのですか。人が足りないなら、車両に積めば済むでしょう。輸送ならトラックがある。機動ならヘリコプターがある。我々は、そうして機械化してきた。」
スクリーンに、ブラッドレーが映る。
「それが、現代戦ではないのか。」
極めて合理的な質問だった。
一佐は、資料の束を取り出した。
「説明の前に、一つ見ていただきたいものがあります。」
スクリーンが切り替わる。
**歩兵携行重量の推移。**
誰も予想していなかった表題だった。
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第二次世界大戦期、約二十五から三十五キログラム。
朝鮮戦争期、約三十から三十五キログラム。
ベトナム戦争期、約三十五から四十五キログラム。
一九八〇年代のNATO軍、約四十から五十キログラム。
長期行動時には、五十キログラム以上。
数字そのものは、珍しくない。
軍人なら誰でも知っている。
だが、グラフにすると異様だった。
一度も減らず、四十年間、ひたすら右肩上がりなのだ。
「理由は明確です。通信機。暗視装置。防弾装備。大型化した対戦車兵器。増えた弾薬。食料。水。」
一佐は、静かに言った。
「全て、必要な装備です。」
軍人達は頷いた。
どれも削れない。
現代戦で必要な物ばかりだった。
次のスライドには、二枚の写真が並んでいた。
一九四四年の歩兵。
一九八八年の歩兵。
どちらも、ただの人間だった。
会場に小さな笑いが起きたが、一佐は真顔だった。
「ここが問題です。人間は、昔と変わっていません。筋力も、体力も、骨格も、四十年前と大差ありません。」
グラフを指差す。
「しかし、荷物は二倍近くになりました。」
誰も反論できなかった。
「我々は、歩兵を強くしました。」
頷く将校達。
「しかし、歩兵を自由に行動できなくしてしまいました。」
何人かの顔色が変わった。
思い当たる節があったのだ。
長距離行軍の後の疲労。
重装備。
補給の要求。
近年の演習で、繰り返し見てきた光景だった。
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「では、車両に積めばいい、というご指摘ですが。」
一佐は、准将へ向き直った。
「その通りです。移動速度も、防護力も、戦略機動も、車両が優れています。我々も、87式を使っています。」
そして、言葉を切った。
「しかし、車両が最後まで行ける場所は、限られます。」
北海道の地図が映る。
森林。
丘陵。
河川。
湿地。
市街地。
「どれほど優秀な装甲車でも、最終的に降車する地点があります。」
会場は、沈黙した。
それは真実だった。
どんな機械化歩兵でも、最後に目標を占領するのは、歩兵なのだ。
「結局のところ、歩兵は、歩くからこそ歩兵です。」
完全な静寂。
「車両が通れない森。車両が登れない尾根。車両が入れない市街地。そこへ行くために、歩兵は存在します。」
一拍置く。
「車両が行けない場所へ、歩兵も行けないのであれば、本末転倒ではないでしょうか。」
誰も反論しなかった。
西ドイツ軍の将軍は、昨年の試験結果を思い出していた。
森林に入った途端、歩兵だけが前へ出て、火力は後ろへ残された。
あれが、まさにそれだった。
「だから我々は、機械を歩兵に従わせました。」
一佐の声は、最後まで淡々としていた。
「人間が機械に合わせるのではなく、機械が人間に合わせるべきだと考えています。」
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会議終了後。
ある米軍大佐が、報告書の表題を書き直した。
「未来の歩兵」を、「人員不足時代の歩兵」へ。
その変更を、誰も否定しなかった。
NATO共同報告書には、新しい結論が加えられた。
> 第110普通科大隊は、最強の歩兵部隊を目指したものではない。
> 人員不足の下で、歩兵の機動力を維持するための編制である。
> 82式は兵站車両ではなく、歩兵から重量を取り除くための装備である。
> 日本側は一貫して、「機械が歩兵に従うべきであり、歩兵が機械に従属してはならない」と主張している。
その夜。
ホテルのバーで、米軍の若い分析官が、報告書を読みながら呟いた。
「ようやく、理解した。」
隣席のドイツ軍将校が、顔を上げる。
「我々は、火力を研究していた。」
分析官は、グラスを置いた。
「日本軍は、ずっと重さを研究していたんだ。」
その言葉に、誰も反論できなかった。
そして、翌年。
北海道の雪原で、この議論は決定的な結論を迎えることになる。
吹雪の中で、歩兵は本当に歩けるのか。
その形で。




