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第三章 八人と八台

第三章 八人と八台


1985年8月末。

フォート・アーウィン。


演習の翌日。

天幕の中は、昨日以上の人で埋まっていた。

米軍将校。

NATO各国の視察団。

そして、昨日は笑っていた者達の顔が、今日は一様に真剣だった。


壇上には、昨日と同じ一佐が立っている。

隣には、背広姿の技官が一人。

防衛庁の技術者だった。


「82式自動追尾運搬機について、ご説明します。」

一佐は、それだけ言って頷いた。


---


天幕の外には、実物が用意されていた。

小さな四輪車が、一台。

その横に、隊員が一人立っている。


「ご覧ください。」


隊員が歩き出す。

車は、ほんのわずかに遅れて動き出した。

隊員が曲がる。

車も曲がる。

隊員が止まる。

車も止まった。


見学者の間から、小さなどよめきが起きる。


「隊員の腰に、小型の発信機が付いています。車は、その電波だけを追います。」

技官が、淡々と説明した。

「画像認識も、自律判断もありません。判断するのは、常に人間です。」


米軍の軍曹が、半信半疑のまま進み出た。

発信機を腰に付け、わざと蛇行して歩く。

走る。

急に止まる。

側溝を飛び越える。


車は、すべてに付いてきた。

側溝も、車体を傾けながら乗り越えた。

軍曹は、振り返って呆然としている。

「……犬より従順だ。」

笑いが起きたが、昨日の笑いとは質が違っていた。


---


質疑応答が始まった。


「積載量は?」

「およそ百キログラムです。」


「武装は?」

「ありません。」


「故障したらどうするのですか。」

一佐は、少し考えてから答えた。

「その場で諦めます。」


会場が、ざわついた。

「一台は、一人分の荷物です。壊れたら、荷物を分けて隊員が持ちます。後送はしません。」


「なぜ、トラックを使わないのですか。」

ある中佐の質問だった。

一佐は、一拍置いて答えた。


「トラックは、道を走ります。」


それだけ言って、一佐は続けた。


「我々の戦場には、道がありません。雪原。森林。山岳。人間しか通れない場所で、人間と同じ速度で動く荷物が必要でした。」


静寂が落ちた。


昨日、笑っていた大尉が、小さく呟く。

「……つまり、非常に賢い台車ですね。」


一佐は、わずかに口元を緩めた。

「台車です。それ以上のものではありません。」


「ただし。」

一佐は、付け加えた。

「八人の分隊が、八台持てば、台車ではなくなります。」


---


## 米軍の検討


1985年9月。

米陸軍戦闘研究センターでは、異例の会議が続いていた。


議題は、ソ連軍ではない。

新型戦車でもない。

航空戦力でもない。

ホワイトボードには、大きくこう書かれていた。


**「第110普通科大隊の分析」**


演習統制官が、映像を再生する。

自衛隊分隊の移動。

停止。

機関銃展開。

射撃。

再び移動。

迫撃砲。

無反動砲。

そしてまた射撃。


映像が終わっても、誰も口を開かなかった。


「トラックと同じじゃないか。」

機械化歩兵出身の少佐が、首を振った。

「車両なんだから、当然だろう。」


別の将校が、静かに反論する。

「違う。トラックは、付いて来ない。」


全員が黙った。


「歩兵が止まれば止まる。曲がれば曲がる。丘を越えれば、丘を越える。」

分析官が呟いた。

「まるで補給兵だな。」


---


翌月。

米軍は、結論を出すために再現試験を開始した。

計画名は、

**「第110普通科大隊再現試験」。**


目的は単純である。

同じ編制。

同じ火力。

同じ人数。

これを再現できれば、答えが出る。


機関銃二挺。

迫撃砲一門。

対戦車火器一門。

予備弾薬。

通信機材。

食料。

水。


数字を書き出した瞬間、分析官達は顔を見合わせた。


「無理だ。」


全部で数百キロになる。

八人では、運べない。

弾薬手を足す。

補給兵を足す。

八人は、十二人になり、十四人になった。


ある少佐が、ため息をついた。

「すでに、分隊じゃない。」


---


試験は、続けられた。

人員増加型の編制では、火力は再現できた。

だが、機動力が落ちた。

隊形が伸びる。

指揮も難しくなる。


評価会議で、ある大尉が言った。

「我々は、日本軍を再現したつもりだった。」

一拍置く。

「しかし、出来上がったのは、軽歩兵小隊でした。」


その言葉は、会議記録に残された。


次に、ジープと補給車を付ける案が試された。

舗装路では、理想的だった。

砂漠の平地でも、問題はない。

だが、演習区域の谷や岩場に入ると、車両は進めなくなる。

回り込む。

遅れる。

迫撃砲も、弾薬も、遅れる。

歩兵だけが先行する。

いつの間にか、ただの普通の歩兵分隊に戻っていた。


会議の終わり。

老練な大佐が、82式の写真を見つめて言った。


「これは、賢い台車じゃない。」

誰も話さない。

「補給車でもない。」

大佐は、ゆっくり続けた。

「第九の兵士だ。」


誰も、笑わなかった。


---


## ドイツの検討


西ドイツ連邦軍でも、同じ研究が始まっていた。


ドイツ軍の発想は、アメリカとは違った。

機械化戦の本場である。

人を増やすより、車両を増やす方が合理的だと考えた。


試作された編制は、こうだった。

歩兵八名。

マルダー歩兵戦闘車一両。

支援車両二両。

支援車両には、機関銃、迫撃砲、対戦車火器、大量の弾薬。


会議室では、拍手が起きた。

「完成だ。」


最初の試験は、大成功だった。

平地。

農地。

道路網。

火力も、装甲も、弾薬量も、日本軍方式を上回っている。

まるで、上位互換だった。


しかし、森林地帯で演習した瞬間、全てが崩れた。


歩兵は進める。

だが、支援車両は進めない。

回り道に、十分。

十五分。

二十分。

迫撃砲が来ない。

対戦車火器も来ない。

補給も来ない。

歩兵だけが、前へ出てしまう。


結果、ただの普通の歩兵分隊になった。


試験終了後。

研究主任は、報告書にこう書いた。


> 我々の火力は、道路と共に移動する。

> 日本軍の火力は、歩兵と共に移動する。


この一文は、のちにNATO中へ広がっていく。


---


## フランスの検討


フランス軍は、最も異なる視点を持っていた。

彼らは、編制より先に、82式そのものを調べたのである。


日本へ、技術調査団が派遣される。

そして、技術者達は驚いた。

想像以上に、単純だったのだ。


画像認識なし。

自律判断なし。

ただ、信号を追って歩くだけ。


「これだけなのか?」

フランス軍の技術者が、思わず聞いた。


陸自の技官は、頷いた。

「これだけです。」


そして、静かに付け加える。

「問題は、機械ではありません。」


技術者達が、顔を上げる。

「運用です。」


フランス軍は、その言葉の意味を、のちに理解することになる。

この単純な機械は、自国の技術でも、十分に作れた。

作れなかったのは、八人の分隊に、八台を与えるという発想の方だった。


---


## イギリスの検討


英国陸軍は、さらに極端だった。


「車両を使うから、問題なのだ。」

歩兵至上主義に近い考え方である。

人力だけで、日本軍分隊を再現する。


結果は、悲惨だった。

機関銃。

弾薬。

迫撃砲。

無反動砲。

通信機。

食料。

水。

全てを持たせると、行軍速度が急落した。


結局、火器を削る。

弾薬を削る。

補給を削る。

すると、今度は火力が足りない。


報告書は、極めて簡潔だった。


> 日本軍分隊は、我々の想定する人力運搬能力を超えている。


---


## ブリュッセル


1986年夏。

NATO歩兵戦闘研究会議。


アメリカ。

西ドイツ。

フランス。

イギリス。

カナダ。

ベルギー。

オランダ。

各国が、試験結果を持ち寄った。


そして、驚くべきことが起きる。

全員が、違う方法を試していた。

それなのに、全員が同じ結論へ辿り着いていた。


米軍。

「人員が増える。」


西ドイツ軍。

「車両依存になる。」


フランス軍。

「技術ではなく、運用思想である。」


英国軍。

「人力では、維持できない。」


会場が、静まり返る。

議長を務める米軍少将が、立ち上がった。


「我々は、一年間研究した。」

スクリーンには、82式が映っている。

「当初、我々はこの車両を研究していた。」

少将は、画面を切り替えた。

「しかし、今は違う。研究対象は、車両ではない。」

八名の普通科分隊。

その後ろに並ぶ、八台の82式。


「分隊だ。」


「日本軍は、兵士を増やさなかった。補給兵も、弾薬手も、増やさなかった。」

少将は、静かに言った。

「彼らは、機械を増やしたのだ。」


会場は、完全に静まり返った。

会議記録には、のちに有名になる一文が残された。


> 日本の82式自動追尾運搬機は、無人車両ではない。

> それは、歩兵一人に与えられた専属兵站能力である。

> 我々が再現できなかったのは、車両ではなく、その発想そのものであった。


---


そのころ、日本では。

すでに、次の計画が進んでいた。


82式を前提に再設計された、新型普通科分隊。

そして、分隊を丸ごと運びながら戦うための、新しい装甲車。

87式小型装甲機動車計画である。


NATO各国が、ようやく82式を理解した時。

日本は、すでに次の段階へ進み始めていた。

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