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銀髪の猫はなにを願う  作者: 熊猫
第三部

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第八十九章『神の家にて』

挿絵(By みてみん)

朝の光が、緩やかに石造りの宿舎に差し込んでいた。

 

ここは教団の敷地内にある神殿の附属施設──巡礼者や客人のための、簡素な宿舎だった。

鳥のさえずりが聞こえる庭先で、セレーナはファニャンを追いかけて遊んでいた。

ころころと笑い声が転がるたび、黒猫はしなやかに逃げ回り、ときに振り返っては誘うように尻尾を揺らす。

 

その様子を、洗濯物を干しながら眺めていたファナとリュシアの口元にも、自然と笑みが浮かんだ。

「……ずっとこんな日が続けばいいのにね」

ファナがぽつりとこぼすと、リュシアはやわらかくうなずいた。

「きっと、そう遠くない未来に……そんな日々が来ますよ」

 

***

 

昼前になって、庭から帰ってきたセレーナが、両手で何かを大事そうに抱えていた。

それは一枚の布──端の少しほつれた、教団の掲示板から剥がれたらしいポスターだった。

「おかーしゃん!」

 

元気な声とともに、セレーナがその布を掲げる。

「この“はだかのえ”、おかーしゃんなの? なんで裸なの? 寒くないのー?」

 

布に描かれていたのは、銀髪の獣人の少女だった。

白と薄青の衣装をまとったその姿には、見覚えがある。

 

「……へっ?」

ファナは固まった。顔が、みるみる赤くなる。

「えっ……あ、え、えっと……ち、ちがっ……いや、ちがうっていうか……そ、そういうわけじゃなくて……!」

 

耳まで真っ赤に染まり、両手をばたばたと振るファナの横で、リュシアがやわらかく笑った。

「セレーナちゃん、ちょっとこっちにおいで」

しゃがんで、セレーナの目線に合わせる。

「これはね、昔の人たちが“大事な人”を忘れないように描いた絵なのよ。だから、大丈夫。寒くないのよ」

「ふーん……じゃあ、だいじなひとだったんだ」

「うん、そう。とっても、ね」

「でも……おかーしゃんのほうが、かわいいもん!」

ファナは肩を落とし、それから小さく笑った。

「……ありがと。うん、ありがと、セレーナ」

 

***

 

午後、ユリウスが宿舎に戻ってきた。

外套には砂埃がつき、少し疲れた顔だったが、表情は落ち着いていた。

「教団との話がまとまりました。少なくとも、当面はここに滞在できます」

「本当……?」

 

ファナが少し驚いたように問い返す。

「はい。少なくとも、王宮のようにファナさんを“信仰の象徴”として扱うつもりはないそうです。ただ……この状態が長く続くとは限りませんが」

「……そっか。でも、少しだけでも、安心して眠れる場所があるのは、ありがたいね」

ファナの声は静かだった。

 

「……これからは、どうしますか?」

ユリウスの問いに、ファナは一度だけ目を伏せ、それから顔を上げる。

「教団の名前を借りて、身分を偽りながら、少しずつ動く。次の移動先……別の国も視野に入れなきゃね」

「了解です。私も調査と準備を始めます」

「私も、必要な荷造りを進めますね」

リュシアが穏やかに応じた。

 

***

 

夜。

小さな灯火のそばで、セレーナが膝にファニャンを乗せながら、昼間の布をまたじっと見つめていた。

「……おかーしゃん、たくさんの人に見られてたんだね」

「……そうだね」

ファナは少し驚いたように返し、けれどすぐに微笑んだ。

その横で、リュシアがそっと膝掛けをセレーナの肩にかけた。

 

小さな灯のゆらめきが、壁に揺れていた。

外では風がそっと吹き抜け、神の家の一夜が、静かに更けていった。

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