第18話 任せてもらえない
ワポーレ侯爵家では、三つの事業の縮小が検討されていた。木工所。保存食加工場。金属加工場。全部を今まで通り維持する金はない。どこかを削らなければならない。ディグセンがそれを知ったのは、決定の前日だった。
「なぜ俺には何も?」
父の執務室へ入る。ワポーレ侯爵は疲れた顔で息子を見た。
「何の話だ」
「木工所です。六十人減らすと聞きました」
「ああ」
「なぜ俺に相談してくださらなかったんです」
父の眉が動いた。
「相談?」
「俺も次期当主です」
「その話はするなと言ったはずだ」
「だからこそです!」
ディグセンは机へ手をついた。
「俺は何も知らなかった。それは認めます。だから知ろうとしています。工房にも行きました。帳簿も見ています」
「それで?」
「俺にも考えさせてください」
「必要ない」
即答だった。
「父上!」
「これは勉強ではない」
「分かっています」
父は三つの資料を机へ並べた。
「木工所を六十人減らす。保存食加工場は二つの商品を廃止する。金属加工場は残す」
ディグセンは資料を見る。
「なぜ木工所を?」
「販売先を失った影響が一番大きいからだ」
「新しい販売先を探せば――」
「誰が探す」
「俺が」
「どこへ売る」
「それは、これから――」
「いつまでに見つける」
「……」
「一月か? 二月か? 半年か?」
「分かりません」
「その間の賃金は誰が払う」
「……」
「また金融商会から借りるのか?」
ディグセンは何も言えなくなった。
「お前はいつもそうだ」
父の声は静かだった。
「売ればいい。探せばいい。別の相手を見つければいい」
「……」
「その先に何があるのかを考えない」
旧炭鉱のことを言われているのだと分かった。高く買う相手を探そうとして、売却の噂だけを広げた。
「もう同じことはしません」
「何をしない?」
「勝手に動きません。分からないことは支配人にも確認します」
「それで任せろと?」
「……はい」
父はしばらく何も言わなかった。
「無理だ」
「なぜです」
「信用していないからだ」
はっきりと言われた。
「……息子なのに?」
「息子だから信用しろというのか?」
「そうでは……」
「お前に値段を調べろと任せた結果、どうなった」
「……」
「一つ任せて、それすらまともにできなかった」
ディグセンは唇を噛んだ。
「ですが、何もさせてもらえなければ、俺はいつまで経っても――」
「知ることは止めていない」
ディグセンが顔を上げる。
「帳簿を読め。工房へ行け。職人の話を聞け。支配人から学べ」
「では――」
「だが、決めるな」
「……」
「今のお前に、領民の生活を使って失敗する権利はない」
ディグセンは黙った。
「以前なら何度、失敗してもよかった」
「以前?」
「マドレーヌ家の保証があった頃だ」
胸の奥が重くなる。
「借りた金ではあったが、事業を動かす資金はあった。信用もあった。失敗しても立て直す時間があった」
「……」
「今は違う」
父は木工所の資料を指で叩いた。
「判断を一つ間違えれば、ここにいる六十人どころでは済まなくなる」
ディグセンは資料へ目を落とした。六十人。以前なら、ただの数字にしか見えなかった。今は違う。領地へ行った時に見た男たちの顔が浮かぶ。荷物を抱え、領地を出ていった家族もいた。
「……俺が、保証をなくしたからですか」
父はすぐには答えなかった。
「お前だけのせいで、ワポーレ家がこうなったわけではない」
「……」
「もともと問題はあった。借金もあった。採算の悪い事業も抱えていた」
父は息を吐いた。
「だが、お前がマリア嬢との婚約を壊したことで、立て直すための時間を失った」
ディグセンは何も言えなかった。
「だから今のお前には、失敗して学ばせる余裕がない」
「……はい」
「分かったなら座れ」
「え?」
「明日の会議には出ろ」
思わず父を見る。
「よろしいのですか?」
「黙って聞いていろ」
「……はい」
「意見は求めん」
「……はい」
「決定にも加えん」
父が木工所の資料を一つ押し出す。
「読め」
受け取る。
「明日までに、なぜ六十人なのか考えてこい」
「何のために?」
「私たちが出した結論と、お前の考えがどこで違うのかを見るためだ」
ディグセンは資料を見た。
「分からなければ?」
「分からないと書け」
「……」
「勝手に答えを作るな。それがお前の最初の勉強だ」
ディグセンはゆっくり頷いた。
「分かりました」
扉へ向かったところで、父の声がした。
「ディグセン」
「はい」
「ティリエル嬢のことだ」
足が止まった。
「アーカイブ子爵から返事が来た」
「何と?」
「ワポーレ家への援助も保証も行わない。それでも娘が望むなら、結婚そのものは止めないそうだ」
「でしたら――」
「こちらは認めん」
ディグセンが振り返った。
「なぜです!」
「今のお前を結婚させるつもりはない」
「ティリエルは関係ありません!」
「ある」
「彼女は何も――」
「お前はまだ分からんのか」
父の声が低くなった。
「婚姻は、お前一人の話ではない」
「……」
「マリア嬢との婚約を勝手に壊し、我が家にこれだけの影響を出した。その直後に、今度は別の令嬢との婚姻を認めろ?」
「ですが、俺たちは――」
「愛しているのだろう」
「はい」
「なら待て」
「いつまでですか」
「知らん」
「父上!」
「少なくとも、私がお前を次期当主として扱えるようになるまでだ」
ディグセンの顔が強張った。
「それは……」
「一年後かもしれん。もっと先かもしれん」
「そんな」
「嫌なら諦めろ」
「そんなことはしません!」
「なら、自分で認めさせろ」
父はそれ以上、話す気はないようだった。ディグセンは資料を抱えたまま、執務室を出た。
マリアとの婚約を破棄した日。これで、ティリエルと一緒になれると思った。
マリアといる時は、いつもどこか息苦しかった。話をしていても、家のこと、領地のこと、商会のことばかりだった。婚約者と会っているのに、なぜ仕事の話ばかりしなければならないのか。もっと楽しい時間を過ごしたかった。
ティリエルは違った。ディグセンの話を楽しそうに聞いてくれた。嬉しければ笑い、心配すれば顔を曇らせた。彼女といる時は、難しいことを考えずに済んだ。
けれど、あれから季節が一つ変わった。仕事を任せてもらえない。次期当主としても扱ってもらえない。結婚さえ認めてもらえない。そして、そのすべてに。自分がしたことが返ってきていた。




