↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
18/18

第18話 任せてもらえない



 ワポーレ侯爵家では、三つの事業の縮小が検討されていた。木工所。保存食加工場。金属加工場。全部を今まで通り維持する金はない。どこかを削らなければならない。ディグセンがそれを知ったのは、決定の前日だった。


「なぜ俺には何も?」


 父の執務室へ入る。ワポーレ侯爵は疲れた顔で息子を見た。


「何の話だ」


「木工所です。六十人減らすと聞きました」


「ああ」


「なぜ俺に相談してくださらなかったんです」


 父の眉が動いた。


「相談?」


「俺も次期当主です」


「その話はするなと言ったはずだ」


「だからこそです!」


 ディグセンは机へ手をついた。


「俺は何も知らなかった。それは認めます。だから知ろうとしています。工房にも行きました。帳簿も見ています」


「それで?」


「俺にも考えさせてください」


「必要ない」


 即答だった。


「父上!」


「これは勉強ではない」


「分かっています」


 父は三つの資料を机へ並べた。


「木工所を六十人減らす。保存食加工場は二つの商品を廃止する。金属加工場は残す」


 ディグセンは資料を見る。


「なぜ木工所を?」


「販売先を失った影響が一番大きいからだ」


「新しい販売先を探せば――」


「誰が探す」


「俺が」


「どこへ売る」


「それは、これから――」


「いつまでに見つける」


「……」


「一月か? 二月か? 半年か?」


「分かりません」


「その間の賃金は誰が払う」


「……」


「また金融商会から借りるのか?」


 ディグセンは何も言えなくなった。


「お前はいつもそうだ」


 父の声は静かだった。


「売ればいい。探せばいい。別の相手を見つければいい」


「……」


「その先に何があるのかを考えない」


 旧炭鉱のことを言われているのだと分かった。高く買う相手を探そうとして、売却の噂だけを広げた。


「もう同じことはしません」


「何をしない?」


「勝手に動きません。分からないことは支配人にも確認します」


「それで任せろと?」


「……はい」


 父はしばらく何も言わなかった。


「無理だ」


「なぜです」


「信用していないからだ」


 はっきりと言われた。


「……息子なのに?」


「息子だから信用しろというのか?」


「そうでは……」


「お前に値段を調べろと任せた結果、どうなった」


「……」


「一つ任せて、それすらまともにできなかった」


 ディグセンは唇を噛んだ。


「ですが、何もさせてもらえなければ、俺はいつまで経っても――」


「知ることは止めていない」


 ディグセンが顔を上げる。


「帳簿を読め。工房へ行け。職人の話を聞け。支配人から学べ」


「では――」


「だが、決めるな」


「……」


「今のお前に、領民の生活を使って失敗する権利はない」


 ディグセンは黙った。


「以前なら何度、失敗してもよかった」


「以前?」


「マドレーヌ家の保証があった頃だ」


 胸の奥が重くなる。


「借りた金ではあったが、事業を動かす資金はあった。信用もあった。失敗しても立て直す時間があった」


「……」


「今は違う」


 父は木工所の資料を指で叩いた。


「判断を一つ間違えれば、ここにいる六十人どころでは済まなくなる」


 ディグセンは資料へ目を落とした。六十人。以前なら、ただの数字にしか見えなかった。今は違う。領地へ行った時に見た男たちの顔が浮かぶ。荷物を抱え、領地を出ていった家族もいた。


「……俺が、保証をなくしたからですか」


 父はすぐには答えなかった。


「お前だけのせいで、ワポーレ家がこうなったわけではない」


「……」


「もともと問題はあった。借金もあった。採算の悪い事業も抱えていた」


 父は息を吐いた。


「だが、お前がマリア嬢との婚約を壊したことで、立て直すための時間を失った」


 ディグセンは何も言えなかった。


「だから今のお前には、失敗して学ばせる余裕がない」


「……はい」


「分かったなら座れ」


「え?」


「明日の会議には出ろ」


 思わず父を見る。


「よろしいのですか?」


「黙って聞いていろ」


「……はい」


「意見は求めん」


「……はい」


「決定にも加えん」


 父が木工所の資料を一つ押し出す。


「読め」


 受け取る。


「明日までに、なぜ六十人なのか考えてこい」


「何のために?」


「私たちが出した結論と、お前の考えがどこで違うのかを見るためだ」


 ディグセンは資料を見た。


「分からなければ?」


「分からないと書け」


「……」


「勝手に答えを作るな。それがお前の最初の勉強だ」


 ディグセンはゆっくり頷いた。


「分かりました」


 扉へ向かったところで、父の声がした。


「ディグセン」


「はい」


「ティリエル嬢のことだ」


 足が止まった。


「アーカイブ子爵から返事が来た」


「何と?」


「ワポーレ家への援助も保証も行わない。それでも娘が望むなら、結婚そのものは止めないそうだ」


「でしたら――」


「こちらは認めん」


 ディグセンが振り返った。


「なぜです!」


「今のお前を結婚させるつもりはない」


「ティリエルは関係ありません!」


「ある」


「彼女は何も――」


「お前はまだ分からんのか」


 父の声が低くなった。


「婚姻は、お前一人の話ではない」


「……」


「マリア嬢との婚約を勝手に壊し、我が家にこれだけの影響を出した。その直後に、今度は別の令嬢との婚姻を認めろ?」


「ですが、俺たちは――」


「愛しているのだろう」


「はい」


「なら待て」


「いつまでですか」


「知らん」


「父上!」


「少なくとも、私がお前を次期当主として扱えるようになるまでだ」


 ディグセンの顔が強張った。


「それは……」


「一年後かもしれん。もっと先かもしれん」


「そんな」


「嫌なら諦めろ」


「そんなことはしません!」


「なら、自分で認めさせろ」


 父はそれ以上、話す気はないようだった。ディグセンは資料を抱えたまま、執務室を出た。


 マリアとの婚約を破棄した日。これで、ティリエルと一緒になれると思った。


 マリアといる時は、いつもどこか息苦しかった。話をしていても、家のこと、領地のこと、商会のことばかりだった。婚約者と会っているのに、なぜ仕事の話ばかりしなければならないのか。もっと楽しい時間を過ごしたかった。


 ティリエルは違った。ディグセンの話を楽しそうに聞いてくれた。嬉しければ笑い、心配すれば顔を曇らせた。彼女といる時は、難しいことを考えずに済んだ。


 けれど、あれから季節が一つ変わった。仕事を任せてもらえない。次期当主としても扱ってもらえない。結婚さえ認めてもらえない。そして、そのすべてに。自分がしたことが返ってきていた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。