↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白い百合  作者: 森本有介
【特別収録】「白い百合」登場人物イメージアイデアブック
PR
44/44

第二葉『アヤメのいないカヲルの成人式』

『白い百合』の登場人物たちをもっと身近に感じていただくためのイメージアイデアブックです。

本編には収録しなかった小さなエピソードを通して、登場人物たちの素顔や、その関係性をご紹介します。

これを読んで、『白い百合』の登場人物たちのイメージを少しでも膨らませていただけたら嬉しいです。

今回は、ユーサク、アヤメ、カヲル。


アヤメが亡くなって、今年の四月で九(く)年になる。


あのとき、11歳だったカヲルは二十歳(はたち)になった。


随分辛かっただろうに、道に背(そむ)くこともせず、今のところ何とか順調に育っている。

ありがたいことである。


そして今日、無事に成人式を迎えることができた。


本当なら、この日をいちばん楽しみにしていたのは、アヤメだったはずだ。




カヲルがまだ小さかった頃、アヤメはよく言っていた。


「カヲルの成人式のスーツは、ゆうちゃんがいつも行ってるお店がいいよね」


こういう話をするときのアヤメは、すこぶる機嫌がいい。

僕が背広を新調しようとする時とは大違いだ。


「そうね。でもアヤメさあ」


「何?」


アヤメが僅(わず)かに嫌な顔になる。


「僕がスーツ買うとき、絶対、『買い過ぎ。もったいない、まだ着れるでしょ』とか言うよね」


「当たり前でしょ。ゆうちゃん、塾の先生だけど、いつもセーターとジーンズで教えてるよね。そのくせ、『古くなったら、かっこ悪い』とか言って、三年ごとに買い替えるよね。二、三回しか着てないくせに」


アヤメが、今だと思わんばかりに僕に抗議してくる。

ずるい。

でも、間違ってはいない。


「だって、しょうがないやん、洋服買うことが唯一の楽しみなのに」


僕は、気まずい顔になる。


「えっ?もう一回言ってごらん」


「だから……、洋服買うのが唯一の趣味」


「嘘つき。ソアラは?」


「あれは……、うーん……。……ほら、そう、車は必要やん」


僕は痛いとこを突かれて、身体(からだ)が熱くなる。汗ばむ。


「ふーん」


アヤメは見透かしたような、上手い言い訳考えたよね、みたいな顔をする。


「あたしって、優しいよね」


「何が?」


「なんだかんだ、文句は言うけど、ちゃんとソアラ買うことも、スーツ買うことも許してあげてるよね」


「もう、ごめんって」


アヤメは勝ち誇ったような顔をして嬉しそうだ。


「アヤメだって、インゲボルグのワンピ、しょっちゅう買ってるやん……」


僕は、弱々しく言い返してみる。


「あっそ。じゃあ、ゆうちゃんが大好きな日航ホテルのフレンチに行くとき、スーパーで買ったワンピで行ってあげようか。あたしは平気よ。だって恥をかくのはゆうちゃんだもん」


うーん。くやしい……。そうだ。


「でも、ジャガー買うの我慢したやん」


僕はそう言った瞬間、しまったと思った。


「当たり前でしょ。調子に乗らないでよ。カヲルもまだ小さいんだし。ちょっとは、先のことも考えてるの? あたしが貯金しなきゃ、ゆうちゃんできないでしょ。もー、本当(ほんと)だらしないよね。……だったら、今の二倍稼げるようになったら、許してあげてもいいわよ」




思えば、アヤメにはいつも怒られていた気がする。


でも、不思議と腹は立たなかった。

嫌ではなかった。

むしろ、わざと怒らせることを言っていたのかもしれない……。


楽しかった。

嬉しかった。

幸せだった。


アヤメと話すといつも心の中が暖かくなった。




遠い、遠い、遠い、もう、靄(もや)がかかってしまった昔の記憶だ。




ただ、まさかカヲルの成人式にアヤメがいないとは思ってもみなかった。


だから僕にとってもカヲルの成人式は一大イベントで、一年くらい前からかなり盛り上がっていた。長いことあれこれコーディネート考えたり、スーツ注文したり、ネクタイや靴など小物買ったり、前撮りしたり、当日美容院に連れて行ったり、おもいっきり堪能した。



でも……、どれもこれも、本当はアヤメとやるはずだった……。


息子の隣に立ちながら、心のどこかで思っていた。


……アヤメ。……見てる?


写真の中のカヲルは、もう子どもではなかった。肩幅も広くなり、僕よりかなり背が高くなっていた。


アヤメが知っているのは、まだ小学生の頃の姿だけだ。


これほど成長した姿を、アヤメは知らない。


それが悔しかった……。



成人式の案内状には書いてあった。


「会場内、保護者立ち入り禁止」


七五三も入学式も卒業式も、僕はいつも隣にいた。


だが、成人式だけは違った。


会場の中には入れない。


朝、息子と友達を白いメルセデスEクラスクーペで送った。


会場に着いてカヲルと友達がメルセデスから降りるとき、僕が、帰りも迎えに来るねと言おうとした瞬間、


「帰りは、一人で帰るから。……迎えに来(こ)んでいいよ」


カヲルはそう言って、友達と成人式の雑踏の中に消えていった。

僕には見せない、嬉しそうな顔をして。



会場前の広場には、何人かの保護者がいて、我が子の写真を撮っていた。


アヤメがいたら……、そばに行けたのに……。


でも、僕は車を降りなかった。


カヲルのいる広場へ行けば、アヤメのいないことを余計に思い知らされるから……。



僕は、たくさんの友達と楽しそうに写真を撮っているカヲルを尻目に、白いメルセデスを出した……。




夕方、カヲルは何事もなかったかのように帰ってきた。


「どうだった?」


僕は、カヲルが言うことを知っていたのに、聞いてしまった。


「普通」


ただ、それだけ……。

いつも通り、そっけない。


「友達と撮った写真、見せて」


僕がそう言うと、カヲルはスマホの画面をちらりと見せて、すぐに戻した。


カヲルも、友達も、いや、それどころかその会場にいる誰もが楽しそうに笑っていた。



きらきらと輝いていた。



たぶん、僕はカヲルがスマホの画面をじっくり見せてくれたとしても、すぐに目を背(そむ)けてしまっていただろう。



今の僕には、あまりにも眩(まぶ)しすぎた。



カヲルの成長は喜ばしいことである。


でも……、

僕の手から巣立っていき、寂しくもある。



アヤメがいなくても、カヲルは立派に育った。

それだけは、胸を張ってアヤメに報告できる。

だけど……。

その役目を終えた僕の隣には、もう誰もいなかった。




アヤメ……。




返事は……ない。




僕は孤独だ……。




僕はスマホを開き、アヤメとカヲルと三人で撮った最後の写真を見た。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
純文学として読ませていただきました。面白くて最新話まで一気読みでした。 特に対比の描き方が巧みな作者様だと感じました。 冒頭の一分一秒を争うトレーディングの場面から始まり、ジョージアへ渡ってからは二…
昨日今日と第44話まで、投稿済の全話を読ませて頂きました。ページをめくる手が止まらなかったです。優しく丁寧な文章で綴られた一話一話がとても読みやすく、主人公の心にシンクロして胸の奥がゆったりと熱く火照…
『白い百合』読ませてもらいました! まず、二十八年ぶりに再会するという設定がすごくいいですね。若い頃に愛し合いながら別れてしまった二人が、長い年月を経てもう一度出会う。単純な恋愛というより、「あのと…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。