第一葉「ユーサクとカヲル――『サバの塩焼き』」
『白い百合』の登場人物たちを、もっと身近に感じていただくためのイメージアイデアブックです。
本編には収録しなかったエピソードや、人物像を形づくる過程で生まれたアイデアなどをご紹介します。
これを読んで、『白い百合』の登場人物たちのイメージを、少しでも膨らませていただけたら嬉しいです。
まずは、ユーサクと息子カヲルの関係性から。
うちの息子は今二十歳の大学生だ。
けれど献立が「魚」の日になると、決まってお皿を僕の前に押しやる。
何も言わない。
ただ、それが当たり前であるかのように。
堂々としている。
その堂々たるや、見惚れるほどだ。
仕方がないので、毎回、僕はため息をつきながら、身と骨をほぐす。
背骨に沿って箸を入れ、腹骨を外し、小骨を一本ずつ探る。
皿の上を整え、食べやすい形にしてやる。
息子はそれを受け取り、何の迷いもなく、きれいに平らげる。
――もう、こんなことは嫌だ。
そう思いながら、ずいぶん長いこと続けてきた。
そんなある日、息子がぽつりとこぼした。
「解剖の実習が、うまくいかない」
悩んでいた。深刻過ぎるほどに。
白衣の似合う年齢になったはずなのに、その声は、どこか昔のままだった。
そのとき、僕の中で小さく何かが弾けた。
――今だ。
「これから解剖の練習と思って、魚を食べる時、自分で身をほぐして食べてみたら?」
そう提案して、身のほぐし方を教えた。
骨の位置。力を入れすぎないこと。急がないこと。丁寧にやること。
まるで、手術の助手にでも話すように、ひとつひとつ、丁寧に。
それから息子は、魚の身を自分でほぐして食べるようになった。
つい、三、四ヶ月前のことである。
今、目の前で、鯖の塩焼きが静かに“解剖”されていく。
箸先は迷わず、骨はきれいに外され、身は崩れていない。
皿の上に残るのは、きれいに並んだ骨だけだ。
僕の出番は、――もうない。
湯気の向こうで、息子は黙って食べている。
あんな言い方でよかったのだろうか。
器用に鯖の塩焼きを「解剖」しながら食べている息子を前に、思う。
皿の上の骨は、きれいすぎるほどきれいで。
僕は、味噌汁をすすった。
ユーサクとカヲル、二人の何気ない日常のひとコマでした。
この小さなエピソードが、『白い百合』本編を読むうえで、二人の関係性を思い描く手助けになれば嬉しいです。




