第七章錯誤 第四節「埋まる二十八年」
穏やかに流れる日常は、二十八年の空白を少しずつ埋めていく。
その温もりの中で、それぞれの想いは静かに明日へと歩み始めていた。
「ただいま」
エリナが、学校から帰ってきた。
「お帰り」
三人で、エリナを迎える。
「もぉ、パパ。なんで今日、朝、起きてくれなかったの?」
エリナが、ふくれっ面で僕のもとへ駆け寄ってきた。
「ごめん」
「一緒に朝ごはん食べたかったのに!」
「ごめん、ごめん」
「パパ、まだ、旅の疲れが残っているのよ。だって、二十七時間もかけて、日本からジョージアまで、一万二千キロも移動したのよ」
アナスタシアが、やさしく宥めるように言う。
「えー。日本って、そんなに遠いの?」
エリナが目を丸くする。
「そうよ。さあ、早く、荷物を部屋に置いて手を洗っておいで。おやつをあげるから」
その晩、僕たちは、昨日の残りもののジョージア料理と、アンナが作ってくれた、お茄子のお味噌汁に炊き立ての白ご飯を食べながら、たくさんおしゃべりをした。
テーブルの上から立ちのぼる湯気が、まるで薄い靄のように三人を包む。
「どう? おいしい?」
アンナが、期待に満ちた瞳で僕を見つめる。
「うん、おいしいよ。すごくおいしい」
僕がそう言うと、アンナの頬が紅く染まった。
その表情が、どこか危うく、どこか神聖だった。
ああ、この子は、料理が本当に好きなんだな。
エリナは、僕が、今朝、起きてこなかったことをずっと怒っていた。
明日は、必ず、朝起きて、一緒にご飯を食べよう。
そして、僕とアナスタシアは、共にする夜を重ねていく。
どこかで鳴く、犬の遠吠えを聞きながら。
二十八年の時を埋めるように……。
昨日よりも、更に深く……。
埋められなかった二十八年の時は、ようやく静かに動き始めた。
けれど運命は、その幸せが永遠ではないことを、まだ誰にも告げてはいなかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
第七章錯誤は、これで終わりです。
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