第七章錯誤 第三節「夕暮れの食卓」
夕暮れの食卓には、温かな湯気と、それぞれの優しさが静かに集い始める。
何気ない日常のひとときは、やがて忘れられない思い出へと変わっていく。
「ねえ、ユーサクさん。今日は、何が食べたい?」
アンナの声が、やけに甘く響いた。
その声音の奥に、微かな熱を感じる。
けれど僕は、その意味を深く考えようとはしなかった。
「そうだねえ……。昨日の残り、食べてしまおうか?」
「えー、やだ。あたし、ユーサクさんに、なんか、作ってあげたい。ねえ、お母さん」
アンナが、猫のように首を傾げてアナスタシアを見る。
その声は、絹糸のように柔らかいが、どこか底が見えない。
「そうねえ……。でも、やっぱり、今日は、ゆうちゃんの言う通り、昨日の残りもの、食べてしまいましょう」
「えー。じゃあ、お味噌汁は、作ってもいい?」
「いいわよ」
「ご飯も炊いていい?」
「いいわよ」
「うん」
アンナは、嬉しくて、飛び跳ねるようにキッチンへ向かった。
「ユーサクさん、楽しみにしていてね。あたしのお味噌汁、おいしいんだから。ご飯もお鍋で上手に炊けるのよ」
僕は苦笑いを浮かべた。
アンナは、料理をするのが好きなのだろう。
白ご飯にお味噌汁。
この組み合わせが、ジョージアの家庭で出てくるという不思議さも、今の僕には心地よかった。
この家では、時間も国境も、どこか曖昧になる。
夕暮れの食卓には、温かな笑顔と、言葉にならない想いが並んでいた。
その穏やかな時間は、誰にも気づかれないまま、少しずつ未来を変えていく。




