↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀翼のキセキ外伝 もう一人のクロネッカ   作者: 刹那メシ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
31/39

第28話:記憶の欠片

 アルキュオネが玄関を出ると、エルナト以外にもう一人、黒マントを着た人物が立っていた。彼女に向かって頭を下げる。

「おはようございます、お嬢……じゃない、ええと、アーネ様」

 その声に驚く。格好はキタルファ家の黒服集団と同じだったが、中身は女性だった。しかも、かなり若い。

「失礼ですが、どなた?」

 眉を顰めるアルキュオネに、灰色の眼光鋭い彼女は手紙を差し出した。

「オルガといいます。エレクトラお嬢様から、アーネ様の……ええと、用心棒を頼まれました。これをどうぞ」

「用心棒?!」

 受け取った手紙に目を通す。確かにエレクトラの筆跡だった。

「外出の時は、私が付いていきます」

「あなたが?」

「はい。腕っぷしなら男にも負けません」

 オルガは握り拳を見せた。ぎこちなく笑う。若い女性とは思えない、ゴツゴツした、傷だらけの手だった。

「そう……わざわざごめんなさい。ありがとう、ミス・オルガ」

「お出かけでしたら、一緒に乗ってもいいですか?」

「ええ、どうぞ」

 アルキュオネが促して、エルナトが扉を開ける。彼女に続いてオルガが乗り込む際に、彼は顔を顰めた。

「おい! アーネ様ではない。アルキュオネ様だ」

 そう言う彼を、オルガは不機嫌そうに一瞥した。

「あ、そう」


* * *


 テレシアス病院の待合の席に、もう長い時間、アルキュオネは腰掛けていた。時折腰を浮かせては、また座り直す。彼女の後ろの長椅子では、オルガが何度目かの大あくびをしていた。

 ……どうして来てしまったのだろう……彼がいい顔をするはずがないのに……

 自分の幼稚な恋心が嫌になる……

 ボディーガードとして、オルガを紹介してはどうだろう?――一瞬閃いたが、かえって彼の機嫌を損ねるような気がした。オルガには悪いが、彼にとってはどこの誰かも、私とどんな関係かも分からない、ただの若い女性だ。まあ、私にとってもそうか……

 ふと、アルキュオネは背後のオルガを振り返った。あくびの最中の彼女と目が合う。彼女は慌てて口を閉じた。気まずそうに顔を伏せる。アルキュオネは苦笑した。

 ……女性のボディーガードなんて……アマルティア将位みたい……

「ミス・クロネッカ」

 急に声を掛けられて、アルキュオネは飛び上がらんばかりに驚いた。

 そこに立っていたのは、亜麻色の髪を短く刈り上げたアマルティア将位であった。王宮で会った時とは違い、彼女は白の乗馬服に黒いブーツを履いていた。

「将位?!」

 アルキュオネは慌てて立ち上がった。頭を下げる。

「またお会いしましたね」

 涼やかな声で、将位は微笑んだ。

「どうしてこちらに?」

 正装ではないのなら、個人的な用件だろうか?

 アルキュオネの問いに、彼女は脇に抱えた紙袋を示した。

「エッセンニーカ様とご相談がありまして。ミス・クロネッカは? 彼のお見舞いですか?」

 アルキュオネは答えに詰まった。そうだと言えば、一緒に行かなくてはならなくなる!……彼女は必死に考えを巡らした。

「あ……いえ、あの……父の、父の使いで!……」

 その不自然な答え方は、将位の眉を顰めさせるには十分であったが、彼女はそうしなかった。

「そうですか。では、私は失礼します。お大事に」

「あの、ミス・アマルティア!」

 ハッとしてアルキュオネは将位を呼び止めた。

「あー……あの……私と会ったことは、エッセンニーカ様には内密にお願いできますか?」

 自ら状況を悪化させていることを自覚しながらも、堪えられずにアルキュオネは頼んだ。

 将位は微かに眉を動かした。

「わかりました」

 安堵したアルキュオネは、自己嫌悪の息をついた。

 将位は歩きかけ、足を止めると振り向いた。

「ああ、ミス・クロネッカ」

 そこで将位は、彼女らしくない逡巡を見せた。水色の瞳を何度も瞬かせる。

「……弟君の件は、大変残念だったと思います……しかし……あまりご自身を責められませんよう。ミス・クロネッカがご無事であることを、何よりも嬉しく思われている方もいらっしゃいます」

 不意の話題に、アルキュオネは目を瞠った。確かに、王宮で王と謁見した時に、彼女も弟の話を聞いたはずだった。咄嗟に言葉を返すことができず、ただ、視線を床へと落とす。

 将位は一瞬口元を引き締めた。

「申し訳ありません。出過ぎたことを申しました。では」

 そう言うと、彼女は踵を返した。

 『ミス・クロネッカがご無事であることを』――事の経緯を、将位は知っているのだろうか?……

 立ち尽くすアルキュオネの背後で、ゆっくりと立ち上がったオルガは彼女へと歩み寄った。

「あいつ、強いんすか?」

 不意にオルガが聞いた。

「え?」

 何のことか分からず、アルキュオネは眉を顰めた。

「手に握りタコがありました。あいつ、剣士ですよね?」

 そう言うオルガは、微かに微笑んでいるようにも思えた。アルキュオネは苦笑した。

「……ごめんなさい。私には分からないわ……」

 その時だった。背後で喧騒が起こった。

「ごめんなさい! どいて下さい!」

 負傷者を載せた車輪付き簡易寝台が、数人の看護婦に押されながら、アルキュオネのすぐ横を通り過ぎた。

 寝台の上に寝かされていたのは、長い黒髪の若い女性だった。額にバンダナを巻いた彼女の顔は、あちこちが青紫色に腫れ上がり、口角には血の流れた跡が褐色の筋となって残っていた。そして、看護婦が何枚もの白いタオルで押さえている彼女の肩は、鮮血で真っ赤に染まっていた。黒いズボンを履いた彼女の脚も、一方が妙な方向に捻じれているように見えた。アルキュオネは両手で口元を覆った。総毛立つ。

 若い女性があんな怪我を負うなんて……一体何があったの?……

「アーネ……」

 突然の呼び掛けに、彼女は驚いて振り返った。

 待合の長椅子に今しがた座り込んだその男は、白いシャツと灰色のズボンのあちこちが切り裂かれ、沁み込んだ血が乾いて、茶色に染まっていた。両手にもタオルが巻かれていたが、こちらからはまだ真っ赤な血が染み出していた。それがラスティリアードだと気付くまでに、暫く時間がかかった。

「ラスティ?! まあ、何てこと!」

 目を見開いたアルキュオネは青ざめた。余りの惨状に足が竦む。

「……アーネ、ハイスが死んだ……」

 荒い息をつきながら、ラスティリアードは言葉を押し出した。

「死んだ?」

「彼は救世団の一員だったんだ。それで、天誅と称して、僕とさっきの女性を……」

 アルキュオネは、驚いて寝台の走り去った方向に目をやった。

 『救世団』は、世直しを掲げて不信心者を殺害する、狂気じみた主への帰依者集団であった。法廷でザウテルを刺した少年も、その一員だったらしい。あのハイスが『救世団』に?!……そして、あの女性をあんなになるまで?!……

 しかし、彼の標的が生き残っているということは……

「まさか……あなたが……」

 ハイスは、初等院の頃、彼女の亡き母を『塔女』と呼んだ。それ以来、上辺はともかく、心の底から彼を許したことはない。若気の至りだろうが、好意の裏返しだろうが関係ない。うすら笑いを浮かべて、母を『塔女』と呼ぶことは、絶対に許さない。

 しかし、彼の死までを望んだ訳ではない。ラスティが、そのハイスを手にかけたのだとしたら……体が震えた。

「違う。彼は風の龍に……黒鱗(ダグ・アディル)に飲まれた……」

 アルキュオネは目を瞠った。

「……黒鱗に……飲まれた?……」

 ラスティリアードは苦悶に顔を歪めた。

「……目の前にいたのに……『助けてくれ』と叫んでいたのに……届かなかった……」

 血だらけの右手に目を落とす。その手は震えていた。

「ああ、ラスティ!」

 思わず駆け寄ったアルキュオネは、自分の服が彼の血で汚れるのに構わず、ラスティリアードを抱き締めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。