第03話:待機室とサイコロ(下)
月草も盤を見た。白い駒が前にいる。つまり、あと二つ多く出さないと抜けないらしい。ちょっと大変そうだった。
次は鶸の番だった。
サイコロを転がす。鶸の出した目は四。
「あー! 通れないー!」
鶸が机に突っ伏した。
前には、透明の駒が置かれている。深緋の駒だった。
「コキアそこ、絶対わざと!」
「そうだよ」
「認めたー!」
鶸が毛布の上でばたばたする。深緋が知らん顔をしている。桔梗と杏が笑っている。退紅は、「……またやってる」とぼそっと言った。
そのあとも、サイコロの音が何度も机に転がった。
鶸は進んだと思ったら戻されて、「なんでー!」と叫んだ。
桔梗は「えー、また〈戻る〉だぁ」と、とうとう机に突っ伏した。
深緋は静かな顔で札を伏せている。絶対、また何かするつもりだ、と月草は思った。
自分の番が来る。
ドキドキしながらサイコロを振る。
札を引くたびに、何が書いてあるんだろうとわくわくする。
それだけなのに、だんだん楽しくなってきた。
「あー! コキアまたそこ!」
「ごめんね」
「ぜんぜん悪いと思ってないでしょ」
「うん」
深緋は否定しなかった。
鶸が机に突っ伏して、「もうやだー、またコキアが邪魔するー」と騒いでいる。
桔梗と杏は、もう笑い転げていた。
*
数巡したあと、月草の駒は、思ったより前にいた。
自分でも、よくわからなかった。気がついたら、前にいた。
「ツキ、強くない?」
杏が言った。
「えっ」
「強いよー」
「……そうなんですか?」
「たまたまでこんなならないよー」
深緋は自分の番のカードを見ながら、「うん、強いね」と言った。
月草は、よくわからないけれど、ちょっと嬉しいような困ったような気持ちになった。
大人がもう一人、入ってきた。
今度は男の人だった。机のところで、さっきの大人と、短く話した。「東三、戻った」「うん」「第七地区沿岸ルート確認」「異常なし」「うん」。それだけだった。それから二人とも、また端末に向かった。
鶸と深緋が、その背中の方を一度ちらっと見た。「また南区?」「だね」と小さい声で会話しているのが聞こえた。でも二人ともすぐ、盤に戻った。
「ヒワの番だよぉ」
「あ、そうだったー」
「遅い」
「遅くないー」
盤面が進むにつれて、桔梗が途中からだんだんムキになってきた。
「えー、なんでぇ」
「はいキョウ、ストップだ」
「いやだぁ、もう一回引きたい」
「だめだよー」
「アンズ、お願い」
「だめー」
「ちぇー」
桔梗はカードを一枚、ぺし、と乱暴に盤の脇に置いた。ムキになっている桔梗が、なんだかちょっと面白かった。
深緋の番のとき、深緋は、ぴたりといいところに駒を置いた。鶸の駒の進路を塞ぐ。
「あー! コキアひどい!」
「ごめんね」
「ぜんぜん悪いと思ってないでしょ」
「うん」
「また、うんって言ったー!」
鶸は足をじたばたした。退紅も、ちょっとだけ口角を上げた。
次の番で、深緋は透明な駒を最後のマスへトントンと進めた。
「はい、あがり」
「あっ」
「コキアまた勝ったー!」
深緋はニヤッと笑って、月草の横に椅子を寄せた。
「じゃ、ぼくはツキのお手伝い」
次に月草の番がきたとき、手に取ろうとしたカードを見て、深緋が耳元で言った。
「ツキ、それ残しときな」
「えっ」
「次で使えるから」
「……うん」
月草はカードを手元に戻した。代わりに、別のカードを出した。駒が一気に三つ進んだ。
「あー! ツキずるい!」
「ずるくないでしょ」
深緋がすました顔で言った。
「ずるくないけど、ずるい!」
「ヒワの言い方、おかしい」
桔梗が言った。鶸は「おかしくないー」と返した。月草は、自分の駒の位置を見た。あと、二マス。
次の番で、月草はサイコロを振った。
コロコロ、と転がって、一が出た。駒は、あともう一つでゴールなのに届かない。
「あっ」
「ツキ、今」
深緋が、囁いた。
月草は、はっとして、さっき残した札を見た。
〈もう一マス進む〉
「あ、これ……!」
「使えるでしょ」
月草は慌てて札を出した。
「あーっ!」鶸が机を叩く。
「コキアまたやったー!」
「やってないよ」
「やったってー!」
桔梗が笑っている。
月草は、おそるおそる駒を進めた。
「いち、に……」
緑の駒が、最後のマスに入る。
「ツキ二番ー!」
「あ……」
月草は、自分の駒を見た。ほんとに、ゴールしていた。
「強いじゃんー!」
「……たまたま」
「たまたまで二番ならないってー」
鶸が机に突っ伏しながら騒ぐ。
深緋は、口元をニヤニヤさせて、札の山を混ぜ直していた。
月草はちょっと照れくさくて「えへへ」と笑った。
*
大人が、また通信機に向かって何か短く言った。「了解」とだけ言った。それから、こちらを一度見て、何も言わずに、また端末に戻った。
鶸が箱を片付け始めた。カードを揃えるのが下手で、全く揃っていなかった。桔梗が「貸して」と言って、代わりに揃えた。手早く綺麗にカードがそろっていく。さっきまでムキになっていたのに、片付けは丁寧だった。
退紅は、また毛布に寝そべっていた。今度は本当に、目を閉じていた。
杏が、毛布を一枚、退紅にかけた。かけて、何も言わずに椅子に戻った。
月草は、毛布の端に座り直した。深緋が、隣で、ふうと息をついた。
「ツキ、おなかすいた?」
「……うん、ちょっと」
「あとで、おむすび出てくるからね」
「うん」
でも、月草はもうとても眠かった。「あとで」まで起きていられるかな、と思いながら毛布に倒れこんでいった。
外で大型車両から荷物を下ろす音、少し慌てた大人の声、何人かの子どもの声がする。でももう眠くて、月草は目を開けていられなかった。
部屋の外で、早足の足音が一度通った。通り過ぎて、戻ってきて、また通り過ぎていった。
(了)
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