第03話:待機室とサイコロ(上)
当番待機、という日があるのだと、月草は知った。その日は中央棟の待機室という場所で、過ごすらしい。
「今回はまだ月草が慣れてないので、もうひとつ班がいますからね」
織部が教えてくれたけど、なんだか自分のせいで迷惑をかけているみたいで、申し訳なくなってしまう。
*
朝食後にそのまま、待機室へ向かう。集まったのは南一班と南六班、合わせて六人。桔梗もいたのが嬉しかった。
待機室には、大きな机に椅子が六つ。それと、ちょっとふかふかの敷物のあるスペース。壁側にはディスプレイや機械が並んでいて、大人が何人か座って画面を見ながら働いていた。部屋の入口に扉はなくて、大人が入ったり出たりしていた。
月草がウロウロしていると、深緋が隣に来た。鶸はもう、机の奥の方で手まねきしていた。
「ツキ、こっちこっちー」
鶸の周りに、桔梗と桔梗の班の子たちがいる。
「ツキ、キキョウ以外は初めて会うのー?」
「あ、……はい、そうです」
消え入りそうな声しか出ない。初めて会う人は得意じゃない。
「こっちがアラゾメで、これがアンズだよ。で、この子がツキ。カワイイでしょ?」
鶸は得意げに紹介する。月草はまた真っ赤になってしまう。
「これって何よ! でも、かーわいい。キョウと同じくらいかわいい!」
杏が顔を寄せるので、ますますカチコチになって思わず深緋の後ろに隠れてしまう。
「あらあら」
「アンズ、やめてあげて。ツキはちょっとだけ恥ずかしがりなの!」
桔梗が横から口を出す。
深緋がニヤッと笑って「座ろっか」と声をかけた。
月草を始め、立っていた子どもたちはめいめいに椅子に座る。退紅は、どこかへフラッと行ってしまった。
「当番待機初めて?」
「はい」
「あー、じゃあ緊張するのも仕方ないわ」
「……ごめんなさい」
「みんな最初は初めてなのよ、どうせこれから慣れるんだから」
杏は笑った。笑い方が、桔梗と似ていた。じゃなくて、桔梗が杏に似たのかもしれない。
退紅が、薄い箱を抱えてきた。箱の角が少し擦り切れている。
「……ボードゲームあった」
「やったー!」
鶸は杏と桔梗と一緒に中身を出しながら、ゲームの準備をしている。月草は、急に何が何だかわからなくて、ぼんやり見ていると、深緋がそっと教えてくれる。
「当番待機って、待機だからね。呼ばれるまではここにいるだけの任務だよ」
「な、なんにも働かなくて、いいんですか?」
「うん。ただし、呼ばれたらすぐにストップして行かなきゃいけない。できる?」
「できます!」
「じゃ、一緒にゲームしよう」
わくわくした。こんな立派なゲームなんて、見たことがない。ただひとつ、重大な心配ごとがあった。
「僕、このゲーム、どうやったらいいのか知らないです」
「みんなが教えてくれるよ」
くすくす笑う深緋はとっても頼もしかった。
*
大人が一人、待機室に入ってきた。
壁際の机に座って、端末を開いた。画面を覗き込んで、何かを確認している。それから、通信機で短く報告している。「こちら待機、確認。問題なし」とだけ言った。それから端末に戻った。
子どもたちは、その大人を見ていない。誰も話しかけずに、当たり前の光景になっていた。
退紅は、毛布の上に、もう寝そべっていた。膝を抱えて、横になっている。眠っているわけではない。目は開いている。ただ、ぼんやりしている。
「ゾメー、ゲームやるよー」
「うん」
「起きてー」
「うーん」
「起きてないでしょー」
「起きてる」
退紅はそう言いながら、ゆっくり身体を起こした。本当にゆっくりだった。鶸が「ねむそー」と言った。退紅は何も言い返さなかった。
箱を開けると、駒とサイコロ、固くて四角いカードと、薄い盤が出てきた。
桔梗が説明をしてくれた。説明は、思ったより短かった。
「えとね、サイコロ転がして駒を進めて、カード引いて、ゴールに入ったら上がりだよ」
「……それだけ?」
「うん」
「あと、人のじゃま、できる」
「じゃま?」
「うん、コキアめっちゃじゃまするから気をつけて」
深緋は、自分の駒を選びながら、何も言わなかった。否定もしなかった。月草は、それを横目で見た。
「コキア、じゃま、するの?」
「するよ」
深緋は真顔でなんともないように言った。
「するんだ」
「うん」
「……」
言い方が、あんまり当たり前みたいだったので、月草は吹き出した。
*
最初の番は、鶸だった。
サイコロを放る。カラカラ、と盤の端に当たって、五が出た。
「あー! いい数字ー!」
「ヒワうるさいー」と杏。
「うるさくないー」
「うるさいよ、ね、キョウ」
「うるさいねぇ」
「……ふたりとも、うるさい」退紅がぼそっと言う。
杏と桔梗の声が重なって、それが一番うるさかった。
月草は、自分の番が来るまで、盤をじっと見ていた。
サイコロを振って進む。止まったマスの色で、札を引く。札には数字だけじゃなく、戻るとか、入れ替えるとか、そういうことも書いてあるらしい。
駒は六つ並んでいた。赤、黄色、青、白、月草の駒は緑、それから透明。透明なのが深緋の駒だった。
月草の番が回ってきた。
「ツキ、引いてー」
月草はサイコロを持った。どう振ればいいのかわからなくて、一回止まる。
「これ、こうやって投げれば……?」
鶸が「こう!」と横で大きく上から投げる真似をしてみせる。
「ヒワ、それは机で跳ねるからだめ」深緋が呆れる。
「はーい」
月草は、そっとサイコロを転がした。コロコロ転がって、三が出た。
「三だー」
「じゃ、三つ進めて」
桔梗が盤を覗き込みながら言った。
月草は駒を、一つずつ動かした。
「いち、に、さん……」
止まったマスは青だった。
「青のマスは、札が一つ引けるよ」
杏が札の山を指差して教えてくれる。
月草は、椅子から立ち上がって手を伸ばし、固い札を一枚引いた。つるつるしていて、角だけ少し擦れていた。
〈三つ進む〉
「おー、やったね」
「続けて三つ進めるよ」
月草は、言われた通りに、もう三つ駒を動かした。
「いち、に、さん……」
動かしたら、ちょうど、退紅の白い駒の後ろで止まった。
「あー、通せんぼされちゃった」杏が笑う。
「前に誰かいたら、抜くのに〈二〉いるんだよ」桔梗が説明してくれる。
「通せんぼ、してない」
退紅がぼそっと言った。
「してるってー。ゾメそこ居座るもん」
杏が盤を指差す。退紅は、少しだけ考える顔をした。
「……ちょっとするかも」
杏と桔梗が同時に吹き出した。
「ほらー!」
「やっぱりー!」
退紅はそれ以上なにも言わず、また盤を見た。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
続きも読んでみたいと思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけるとうれしいです。
月・木 朝7時過ぎに最新話を更新しています。




