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第8篇 「神達の宴」(「昼夜混濁」より)

最後の短篇です。

今回の舞台は様々変化しますが、中心人物の塩屋沙良は本編では登場していません。

概要や舞台設定については第2篇と同じになってしまうので割愛させていただきます。

2016年12月31日@特諜局


 徐々に暗くなってくる頃、部屋にはひとりでパソコンのキーボードをカタカタと叩く音が響く。


 「お疲れさま。」

 

 仕事をする氷室の机に缶コーヒーがひとつ置かれて、彼は驚いて目を見開いて、缶コーヒーを置いた張本人を見た。


 「…塩屋さん、帰っていたんですか?」


 その人物は、ツナギに前髪のないロングヘアをしている。姉御のような雰囲気の女性だ。


 「まあね。…年末には流石に顔を出さなくちゃ。」


 塩屋は笑って、自分の缶コーヒーを飲んだ。

 彼女は抱えていた缶コーヒーの入った段ボールを既に休憩スペースに置いていて、他の面々はそこからコーヒーを受け取っているようだった。


 「先輩からの贈り物だよ。」


 「……ありがとうございます。」


 氷室はパソコンから目線を外して、眼鏡を拭いて、缶コーヒーを飲んで一息ついた。


 「今年は落ち着いて年越しを迎えられそうかな。」


 「はい……昨年のようなことはなく、とはいえ、休みはないのですが。通常営業で。」


 氷室は苦笑いをしたが、塩屋は笑わなかった。

 どこか、悲しい顔をして、息を吐いた。


 「……広い世界からしたら、君らなんて砂粒と変わらないよ。だから、誰が死のうと消えようと、大したことはないんだ。私にとっても同じだよ。けど、君らが無理して笑う必要なんてないと思う。その小さな砂粒が君らにとっての全てなんだ。…正直、昨年話を聞いたとき人間としての感情は揺さぶられたよ。人間、知り合いの命は重いもんだよ。」


 その瞳に悲しみはなく、その瞳に誰も映らない。心は冷たいまま動かない。


 「…⁉︎沙良さま…いらしていたのですね。」


 「玲ちゃんに浩輔くん、他のみんなも久しぶり。あとは、初めましての人、今年はいるのかな?」


 休憩室から何人かが戻ってきて、清水玲が声を掛けた。


 「そうだ、浩輔くん……まだなの?」


 ニヤニヤして小指を立てて尋ねると、まだですと不貞腐れて浩輔が答えた。

 不貞腐れた口調で言われても、塩屋は大して機嫌は損ねずに残念と笑った。


 「あんまり居ても意味ないし、挨拶もしたから、そろそろ行くね。」


 塩屋はそう言って笑って付け加えた。


 「あぁ、忙しいのは分かってるけどさ、大祓え…掃除くらいはしておいてよ。」


 宙に手を伸ばすと、その手には神楽鈴のようなものが握られていて、塩屋はそれを一閃して、にこりと得意げに笑うと、「今年もお疲れさま」と言って、もう一閃した。静かな室内に鈴の音が響いてしばらく、最後にシャンと鳴って、塩屋の姿は消えた。


 氷室、玲、浩輔などの既知の面々は静かに彼女が居たほうに頭を下げ、そうでない新人はそれに倣った。


 塩屋の姿が掻き消えてしばらくして、彼らは頭を上げた。


 「そういえば、ミミさんの紅白って何時からでしたっけ?」


 「空、それって順番は分かってるけど時間は公表されていないんじゃなかった?」


 日向空斗に玲はそう返した。


 「……公表はされてませんが、ミミさんが非公表のタイムテーブルを置いていったはずです、確か…」


 環は資料を探し始めた。


 「あいつ、俺らが忙しいって分かってて、そのくせ、見なきゃ文句言ってくるもんな。」


 「美兎さんだけじゃありませんよ。…工房チームの機嫌を損ねたくはないでしょう。」


 彼らは、忙殺されながらも、人気女性アイドルであるミミのパフォーマンスを真剣に試聴し、感想をレポートにまとめることになるのだった…。


2016年12月31日@国立機密図書館


 シャン…


 鈴の音が静寂の図書館に響いて、


 「こんにちは。……宴会場へ一緒に行きませんか?」


 塩屋の誘う声がまた静かに響いた。


 「………ウズメか。」


 だだっ広い図書館の大きな部屋でひとり、机に突っ伏していた人影は、緩慢に顔を上げた。


 「いま、その呼び方はやめてくださいな?それに、向こうでも芸名使っているのですから、本名呼びはNGですよ?」


 「細かいことをよく気にする……」


 「重大ですよ?全く、ちゃんと理解してくださいな。それで…これは工房の方へのお土産なのですが、どうしましょう?」


 「……そこらへんに投げときゃ良いんじゃねえの?」


 「そうですね。まぁ、誰かが気づくでしょう、ね?」


 彼女は笑った。


 「では参りましょうか。」


 シャン


 鈴の音が鳴って、図書館から2つの人影が消えた。

 図書館に残されたのは、工房への土産だけ。


 それ以外は何もなく、人のいない静寂に耐えられないものはない。


2016年12月31日@神界


 2人が、否、2柱の神が神界に降り立った。


 「……そんな逃げるように避けずとも良いでしょう?」


 そのうち、派手な着物で着飾っている方が不満そうにそう言った。


 「……お前の夫が怖いだけだ。それに、お前とて不倫だと騒がれたくはないだろう。」


 鬱陶しそうにもう1柱がそう答えて、人混みに紛れていった。


 「猿くんはそんなことで……いや、微妙だなぁ。猿くんってばよく分かんないことで怒るんだもん。まあ、逃げておくことにしましょう。」


 ここでは既に宴会が始まっていた。

 日本が太陽暦を導入してから、太陽暦の1月1日に初詣に訪れる人が増えて、正月業務の日程がずれたことから、こちらの宴会も日にちをずらすことになっていた。というのは建前で…


 (どうせ旧正月だって宴会するのに。)


 単純に宴会の回数を増やすのが目的だったらしい。


"NOMIZUTOKOUMENOAME"

 神界で圧倒的なカリスマを誇るエンターテイナーである。

 そのとき、そのとき、表現したいものに応じて名義は変わっていくため、この印が彼女のトレードマークである。


 「アメノちゃーん!」

 「ウズメちゃーん!」


 彼女の姿を見つけると、既に酔っ払っている神たちが手を振る。


 (本名で呼ぶなと何度言ったら…!!)


 彼女は内心ご立腹であったが、笑顔で手を振りかえした。


 「皆さん楽しんでいますかー??」


 「「イェーイ!!」」


 コールアンドレスポンスを取り入れながら、宴会の中央へ移動していく。


 「今日はどんな舞を見せてくれんだろうな?」

 「別嬪さんだから、何を踊っても素敵だってばよ。」


 「ありがと♡今日はねぇ〜この間行ってきた世界での舞を踊ろうと思ってるんだ。」


 彼女はそう言うと、魔法なのかなんなのか、衣装チェンジをした。


 「ふふっ♡みんな、見てくれてるかな?」


 無邪気な笑顔で手を振って、注目が集まったことを確認すると、「はじめるよぉ〜」と言って構えをとった瞬間、表情が抜け落ちて、空気がガラリと変わった。


 手に持つのはいつもの鈴ではなく、謎のスティック。


 重苦しい雰囲気が一気に解放されて、世界に色がつくように微笑んだ。


 それに魅せられて会話が途切れ、静寂が包む。


 最後のポーズをとって、舞が終わったとき、誰ともなく拍手が湧き立った。


 「ありがとう。…この後はいつも通り踊るね。」


 真剣な表情で、新しい構えをすると、衣装が変わり、手に持つのは神楽で使う鈴。

 雰囲気は先ほどと違って柔らかで、神たちはそれを見ながら談笑を始めた。


 舞が創り出す雰囲気が、酒を煽る手を促し、笑いを誘い、不思議と楽しくなってくる。

 会話が進み、酒が進み、食事が進む。

 見てなくても、感じる、それが彼女の舞の真骨頂。


 年が明けるまで踊り明かす。

 笑顔が彼女の力の源であり、彼女の欲望。


 踊り舞えば、空間ごと浄化されていく。


 日本列島全てを包んで、彼女の舞が空気を軽くしていく。


 始まりの踊り子でエンターテイメントの始祖ともいえる。

 いつだって貪欲に新たな知識と…何もかもを求めて。


 何度目かの転生で塩屋沙良として生きて、彼女のエンタメはまたアップデートされて昇華される。


 いつまでも最先端を駆け抜ける、芸能の神様。


 今年の失敗も後悔も全てを笑いとばして、来年もっと笑いたい。

 そう、信じて疑わない。


 来年もいい年になりますように…

<塩屋沙良の神界でのコンセプトネームについて>

NOMIZUTOKOUMENOAME

ノミズトコウメノアメ

野水と小梅の雨

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