国会よりも大きな権力を手に
「何の権限があって此方にこの要望を突きつけているんだ?」
張り詰めた空気の中眼鏡を掛けた七三分けの男は脚を組み肘をついて相手方を睨みつけて言った。官僚のような平凡なスーツを着ながらそのスーツに似合わない横柄で偉そうな態度を取っている。
その男の名は氷室息吹、齢二十三にして特殊夜間諜報情報局の参謀を任されている一流の交渉人だ。
彼は豪華な椅子に座り、窓のない閉め切った空間で交渉を行っていた。シャンデリアと大きく豪華な机は政治家が自身の金と権力をアピールするかの如く威張っている。彼の椅子の傍の床、絨毯の上に氷室が捨てた何枚もの書類が散乱している。
氷室の交渉相手は冷や汗をかき怒りを露わにする中、彼の後ろで二人の人間が直立不動で構えている。
ひとりは身長の高い男だ。名前を日向浩輔という。痩せ型だがスーツを自然に着こなしている。氷室と違い堅苦しい雰囲気はせず、どちらかというと軽く見える。髪は茶色っぽいが決して品の悪い茶色ではなく落ち着きがある。軽そうなのに細い目をグッと細めて見つめるとちょっと怖い印象がある。
もう一人は長身の女性だ。その名を清水玲という。黒髪を細く一つに束ねて長く伸ばしていて凛とした姿が美しい。ハイヒールではなく革靴を履き、白いワイシャツに黒いジャケットが特徴のパンツスーツを着ている。動きやすさやデザインに凝ったパンツスーツはありきたりなリクルートスーツには見えない。何より腰からぶら下げる一本の日本刀がやはり彼女がただのOLではないことを示している。無表情でただただ見つめる彼女は普段に増して迫力がある。
彼らは氷室の護衛だ。氷室自身も弱くはないし、強い方とも言えないこともないが、彼らの技術力には遠く及ばない。
そんな玲と浩輔は政治家に睨みを効かせながら、脳内では全く関係のないことを考えていた。
(あーあ。紙がもったいない。いい加減、紙なんてやめたらいいのに。)
(これ、書類が紙じゃなかったら、こんな演出できないよな。データを消すか?いや、派手さが足りない。)
彼らの謎の現実逃避は三人の政治家たちへの怒りを逸らすためである。フラストレーションが溜まって仕方がない会議だが、冷静さを崩した方が負けの勝負でもある。彼らは全く関係のないことを考えることによって怒りを逃がしているのだ。
尚、特諜局は最新の設備を取り入れており、とっくの昔にデジタル化がなされている。たった一つのプリンターは未だ紙から脱していない政府向きに印刷するときのみで殆ど使われていない。好みで紙のノートを使っているものもいるが、あくまで思考回路を整えるためのもので全体のものはデータとして別に管理している。
氷室は苛立っているように演技しながら、冷静に彼らを見ていた。
「この件に関して我々が動く必要性などない。もう、いいだろう?」
政治家たちはその態度に苛立ちを隠せないようで、椅子を適当に引いて、会議室を出るつもりらしい。
「そちらが、その態度でしたら、会議は終了ということでよろしいですね。」
氷室は会議を打ち切った。その言葉すらも無視して政治家は氷室たちの背後の扉へ向かう。
退出の間際、政治家たちは、玲に向かって、聞こえるような大声で呟いた。
「そんなことをしておったら、嫁に行き遅れるわ。そもそも、色気のカケラもない奴を貰う奇特な奴などおるまい。」
「今からでも遅くはない、そんな事などやめて、花嫁修行でもしたらどうかね?少しは見れるようになるのではないか?」
「違いありませんな。ここは軟弱な女ごときが来る場所ではないですしな。」
加齢臭を漂わせながら、玲の肩に手をかけて、高笑いした。余程、会議の内容に苛立っていたのか、そもそもの男尊女卑の考えが抜けないのか、玲をなんとかしたいらしい。
その言葉を受けて、浩輔は眉間の皺を一層深め、動こうとした。
しかし、彼女は手で軽く彼を制し、彼が言い返すのを止めた。
「ご心配、ありがとうございます。」
彼女は相手を正面から見据えて無表情のまま、感慨もなくそういった。
「可愛げのない女だ。」
彼らは舌打ちをして、踵を返した。彼らが退出したあと、三人もまたその場所を去った。
<次回>「国民の成り損ない」10月1日投稿予定




