鞠の遊び相手
月城が学校の保健室に立ち寄ったとき、ポケットに小さな紙切れが入れられていた。
[美しい夕陽は用心して見ねば。伝えたいことがある、待ってる。]
それが指し示すのは要人警護社への招集命令。
文化祭期間に入ってからは要人警護社へ行っていない。
それは事前に定められていたことであり、わかりきっていたことである。
つまりは、緊急の事案があるということ。
月城は表情にこそ出さないが、緊迫感を抱いていた。
(焦っているときほど冷静に。感情に波を作らない。)
中学1年の夏頃にこの業界に入って以来、無表情を意識し続けていた。表情は頭で理解してから変化させる。風見に延々と叩き込まれてきたことだ。よって、彼女は無表情がデフォルトとなった。
「すみません、所用があって…。」
月城はクラスの文化祭実行委員に謝罪とともに今日の放課後の仕事ができないことを伝えた。
「いいんだよ。月城さんは、いつも仕事が速いし丁寧だから、そんな恐縮しなくても。工程が予定よりも早く進んでいるから今日休んでも全体に支障は出ないし。むしろ、月城さんの仕事にみんなが追いついてなくて。こちらこそいつもありがとうだよ。」
文化祭実行委員としてクラスの出し物を仕切っている女子に伝えると、快く理解してくれた。日頃の行いはとても大事である。
「そう言ってもらえると、私も気が楽です。ありがとうございます。」
月城は静かにその場を立ち去った。
久々に要人警護社に向かう。
日頃から周囲には気をつけるが、その日は余計に気が立っていてたくさんの気配に敏感になっていた。
(…鳥の数が多い?)
だからこそ、気づく。
いつもよりも空を飛ぶ鳥が多いことに。
(…あぁ、龍崎さんか。彼、『梟』まで動いているとなると…余程の緊急事態か?)
無意識的に殺気だったことにすぐに気づき、殺気を抑える。
(いけない。動揺したときほど冷静に…。)
地下にある隠れ家のような場所で着替え、いつも通りに衣服を変える。
髪型を変え、化粧をし、自らの歩き方すら変えていく。
月城光橘とタチバナは別人なのだから。
「こんにちは。…えっと。」
警護社に入ると、そこはシーンとしていた。
10歳にして社の頭脳である悠が集中しているようで、壁中に貼ってある模造紙に一心不乱に文字を書き連ねている。そして、事務員の遠山がその紙をはったり剥がしたり、加えて資料を悠に提供したりと慌ただしくしていた。遠山は悠の思考の邪魔をしないようにと音を極力立てないように気をつけているようだ。
タチバナもそれに倣って声を潜め、現在の状況を教えてくれる人を探した。
(伊藤さんがいれば早いんだけど…。遠山さんの邪魔はしたくないし、悠さんに話しかけるのも…。)
あまりに人がいない閑散とした事務所で途方に暮れていると、服の裾を引っ張られた。
殺気だっていた私は身構えた。
5つの鎌鼬が私を襲う。
ほぼ反射的に隠し持っている短い短刀2本を使ってそれらを全て捌いた。
そして、気づく。
(5つの鎌鼬…。)
「タチバナ。」
「鞠ちゃん?」
そこには着物を着たおかっぱの少女、鞠がいた。
鞠はとある事情から要人警護社で育てられている5歳か6歳の少女である。
タチバナは他の人の集中を切らしてしまったかと周りを見るが、幸いなことに、悠も遠山も気づいていない様子でホッとした。
「ここは邪魔になるかもしれないから場所を変えてもいいかな。」
鞠と目線を合わせて小さな声で言うと、鞠は鞠を持っていない方の手で親指を立てて応じた。
要人警護社にはいくつかの部屋が存在する。
社長室やコンピュータ関連の部屋、応接室に仮眠室。
その中でも、おそらく誰も使用していないであろう会議室に移動した。
「タチバナ、無事?」
鞠は会議室に入り、声を出しても問題ないと分かった途端にタチバナにそう尋ねた。
「うん、大丈夫。ごめんなさい、ちょっと殺気立ってて。」
無事だよ、と示すために手をひらひらさせてみせた。
「よかった…。」
タチバナは無表情な鞠が少しだけ微笑んだように感じた。
「ここの人たちなら大丈夫って社長にも言われてるでしょ?事務さんや悠さんとか、まぁ他にもいるけど、そういう人たちは敵意なんて向けないから。」
「うん…。」
(鞠に対して敵意を向ける人なんてここにはいない。仕事終わりに殺気立ってると無意識に向けちゃうかもしれないけど、現場で仕事している時点で鞠のアレに遅れをとるはずがない。たとえ、鞠のアレを受けたとしても、気味悪がったり、攻めたりなんて誰もしない。)
「で、鞠ちゃんは今の状況わかる?」
「状況?」
鞠はきょとんとして首を傾げた。
「うん、悠さんが思考中。他には人が全然いなかった。」
タチバナは丁寧に現在の状況をなぞってみせる。
「タチバナに遊んでもらえって、風見に。」
「風見さん?嘘、え?あの師匠、私で遊んでいるの?それとも…」
(…鞠は私を期待して見てるし、緊急事態に変なことを頼むなんて、いくら風見さんでもやらない、よね?いや、やるかも。だって、本当にヤバかったら学校早退というか、引っ張られているのにそれがなかったなら、そこそこの緊急事態。それなら風見さんも私で遊ぶかも…。)
「タチバナ。」
鞠は目を輝かせて上目遣いでタチバナを見つめる。
「っぐぅ…」
「あそぼ?」
(この目線に弱いの知ってて…、絶対に許さない。風見さん。)
「何して遊びます?鞠ちゃん?」
「鞠で遊ぶの。」
鞠はいつも手放さない鞠をタチバナに差し出した。
「うん、いつものね。わかった。」
鞠とタチバナはゆったりと過ごすのであった。
鞠[人名]と鞠[ボール]がわかりにくくてすみません。




